「私が他人に細マッチョを強要する変態だと思われちゃいます!」67.7 kg
3年前、俺は本家を出て、この屋敷にやってきた。俺が純血でなくなったのを嫌った本家の一部の人間から縁切りを迫られたからだ。本家から出る2カ月前、小隊不明の血液難病に侵された俺は骨髄の移植を余儀なくされた。このとき、第3者から骨髄提供を受けたことが純血主義に反するのだという。
縁切り代として別荘として本家が所有していた屋敷をもらい住まうことになったが、実際のところは軟禁に近い。元華族で本家から追放された人間という肩書は何かと使いやすく、政争の道具として担ぎ出される可能性を考えているのだろう。
本家は縁を切った上で、さらに監視役2人を付けてきた。それが、明華葵と伊吹楓という使用人の正体だ。この2人の事情は若干異なる。
俺が本家を出る理由になったのは純血でなくなったからだが、本家にも純血主義者とそうでない者がおり、それぞれの派閥が1人ずつの監視者を送ってきたということらしい。お互い報告先が異なるのだ。
どちらがどちらの監視者なのかは知らないが、本家に対する従順な態度から純血側は楓だろうか。
ともかく、『体質』の連動が3年前から弱くなっていることが俺側の問題であるならば、本家との諸問題が影響していると考えるのが自然だ。本質にたどり着くためには、いずれあそこにも顔を出すなり忍び込むなりしなければならない。今の俺にはそれはとても気が重い。
経済指標データを見て長いこと考え事をしている俺に、楓が声をかけてくる。
「ご主人。そんな近くで数値とにらめっこしていると目が悪くなっちゃいますよ」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事をしていて。3年前って丁度こっちに来た頃だなって」
「そういえばそうですね。あの頃はご主人も手術明けでリハビリの最中でしたね。ずいぶん元気になられて、嬉しい限りです」
「とんでもない食生活で元気を失っている最中だけどね」
雑談もほどほどに今日の勉強時間が終わる。関連データを預かり、自室でさらなる解析を進めることにしよう。
そういえば、先日の破廉恥勘違い騒ぎの件では、楓は本家に報告していないと言っていたはず。今はどの程度の粒度で報告しているのだろうか。
「そういえば、楓さんは本家に最近のこと報告しているのかな。細マッチョ願望実現のために主人を増量させました。とか」
「そ、そんなこと報告できるわけないじゃないですか!私が他人に細マッチョを強要する変態だと思われちゃいます!」
あの細マッチョ発言はだいぶん破廉恥で変態的だったような気がするが、黙っておく。
「それに、最近は本家もそこまで報告を求めてこないんです。あの方たちも本当は優しいのでリハビリが順調に行っているか心配で報告させていたのかもしれませんよ。ご主人は監視だと思っているようですが」
そんな楓の言葉に心が揺れる。自分ではどうしようもない理由で追い出された俺にとって、本家の純血側を擁護するような発言はかなり堪えた。
どうやら俺は、俺が思っている以上に根に持つタイプなのかもしれない。