「やっぱりチョコレートかなって」 67.8 kg
やや眠気が残る中にも変わらず朝は訪れる。今日からは葵の管理週だ。昨夜、廊下で軽口を叩きあう前に見せた表情が『体質』のルールに関係することであるならば、今週はきっとただ太らされるだけではないだろう。
だが、昨夜、彼女の洞察力を信じて従うと決めたのだ。口では太らせて一獲千金だの、出荷して大儲けだの言っている葵だが、誰よりも俺のことを思ってくれているのは言葉なくして伝わってくる。俺を太らすための茶番は泣く泣くやっているに違いない。ういやつめ。
そんなことを考えながら着いたダイニングで、はやくもその意思が崩れそうになる。朝食という名目でテーブルの真ん中に鎮座しているのはやたら派手なチョコ細工が施されたチョコレートケーキ。
「グラム当たりのカロリーを考えるとやっぱりチョコレートかなって。栄養素はトータルで調整するので安心して食べてくださいね」
微動だにしない仮面のような笑顔を作る葵に抗議の視線を送るも、その笑顔の奥には通じないらしい。やっぱり一獲千金しか狙ってないように見えてきた。眠そうな顔で月をぼぅっと眺めていたらそれだけで物憂げな表情に見えるものだ。昨夜もきっとそうだった。
凝った細工には目もくれず、ただ黙々と口に運ぶ。スポンジ層もシロップでしっかり甘くしてあるようでカロリーを高める工夫が随所にみられる。先週の肉、魚、プロテインも大概だったが、落差が激しすぎる。ストレスで胃に穴が開いたら逆に痩せてしまうぞと恨み節を吐きながら、一食目を無事完食した。
朝食を終えて、やはり葵には任せていられないと思いなおす。本家にばれないよう対策を施したのちに『体質』を打ち明ければ、きっと真面目な楓なら葵を止める協力をしてくれるだろう。
協力を仰ぐためにも、やはり正確なルールの把握が必要だ。それと、本家に報告させないために上手いこと言いくるめる方法も。
それらを探すため、当面は『体質』について黙ったまま協力してもらうことにしよう。
コンコンとノックの音が鳴る。丁度良いタイミングで楓が部屋に入ってきた。
「お勉強の時間ですよ。ご主人」
「あぁ、そのことなんだけど。今日は我が国の経済史について学びたいんだ。特にここ15年ぐらいの成長の推移についてしっかり振り返っていきたいんだけど、いいかな」
「ご主人のご用命とあらば、なんでもお教えいたしましょう」
家庭教師モードの楓には一分の隙も無い。特に、こちらが学びたいと言った事象に対してはことさら真剣に答えてくれる。葵とは違う信頼が形成されている。
「15年前、我が国の経済はバブルといわれた好景気の崩壊から立ち直れずにいました。長い間、経済は停滞し国家全体から活気が失われている状態で、成長するビジョンがほとんど描けなかったと聞いています。この期間を失われた15年だなんて言ったりします」
そして、俺が生まれた。ここからは俺の体重と経済が連動して動く。
「ですが、領土内の死んだと思われていたガス田が突如再噴出し、状況が一変します。このガス田は純度が極めて高く、化学品への加工にも非常に扱いやすいものでした。さらに、副産物として得られたヘリウムガスが超伝導技術の盛り上がりにより大高騰することで、これの加工、輸出が驚異的に伸びることとなります」
こうして歴史を振り返るとやはり不可解な点が多い。
天然資源が急に得られたり、技術革新が起こったり。前者は惑星規模で数億年単位の操作が、後者は人間の知恵への介入が必要となる。
だのに、連動範囲は人間が勝手に作った国という単位だ。考えれば考えるほど異様に映る。考え込む俺に気づいていないのか、楓は話を続ける。
「化学にけん引された経済はとどまるところを知らず、関連である自動車や鉄鋼、その先は建築とありとあらゆる分野に影響が波及していきました。こうして、失われた15年からさらに12年の時を経て、約15倍の経済成長を成し遂げました。これは戦後から20年くらいの立ち直りとほぼ同等の伸び率であり、経済が成熟した国の中では信じられない数値として記録されています」
さて、問題はここからだ。ここから歯車が狂いだす。
「しかし、およそ3年前から圧倒的な経済成長は陰りだしました。上昇傾向は続くものの、全体としてはごくわずか。国際情勢などの悪化もあり、国外への輸出が滞っていることが原因だと考えられていますが、明確にペースが落ちた理由については説明することができません。これが経済指標の月別データになります」
当初、俺はこの経済成長の鈍化を体重変化の鈍化が原因だととらえていた。しかし、こうしてきちんと数値を比較すれば、丁度3年前に連動が切れていることがわかる。
これが、俺に『体質』を与えた何者か側の要因なのか、それともこちら側の要因なのかを見極めていかなければならない。
もし、俺が原因なのだとしたら。思い当たる節が一つ存在する。
6/10 "今日からは"彼女の洞察力を信じて従"お"うと決めた。→"昨夜"、彼女の洞察力を信じて従うと決めた"のだ"。表現重複部の変更