「私は食べても太らないので」 61.9 kg
「葵さん?直径30 cm は2人で食べる量じゃないのだけれども」
一応聞いてみた。直径30 cm 、10号のホールケーキは少なくとも10人以上向きのサイズ。見ているだけで胃から何かが上がってきそうな生クリーム量に怖気づく。明らかに俺を太らせようとしている。張り付いたような笑顔が、すべて食せと無言の圧力を送ってくる。
しかし、これでも量は減ったほうなのだ。約2週間前、誰も知らない世界の秘密を探り当てた彼女は当初、私に黙ったまま太らせようと画策した。だが、突然ウエディングケーキのような3段重ねのデカブツを目の前に出されたら誰だって異変に気付くだろう。
明華葵という生き物は知恵が回る部分とそうでない部分の差が激しすぎる。
「ご主人さまにはたくさん食べていただいて、肉付きよくなってもらわないと困るのです。私の先月までのお給料はすべて株に突っ込んでしまっているので」
「インサイダー取引として通報してもよろしいか」
「そんな!私が更生するためにご主人さまが国のモルモットになってくださるなんて!なんという心意気。御見逸れしました。それでは自首してまいりますので」
うぐぅ、痛いところを突かれた。不正の露見はすなわち、根拠となる事象を明かさなければならない。才色兼備な我が家のメイドは口も上手く、大体の場合言い負かされてしまう。
インサイダーなんてばれやしない。せふせふ。
言葉に詰まる俺の顔を見てにやにや笑っている様子がなんとも屈辱的だ。言い負かされたままでは悔しいので別の方向から攻めてみよう。
「主人に付き合って甘いものを食べまくっている可憐なメイドさんもいずれマシュマロボディーになる日が来るのでは?その服着られなくなって新しいサイズ発注することになったら管理責任として給料から引いちゃおうかなー。それでもいいのかなー」
いたずらっぽくからかう。レディーに体重の話題は厳禁だが仕方あるまい。俺の体重だって絶対に防衛しなければならないラインが存在するのだ。
「体質ってあるじゃないですか。日に弱いとか、汗っかきとか。あとは、体重が国の経済と連動したりだとか。私は食べても太らないので」
聞いた相手次第では殴られかねないパワーワードが飛び出る。葵はさらに口角を上げ、満面の笑みで言葉を続ける。
「もしかしてご主人さまは私の作ったケーキを丸ごと独占したいがゆえに、食べさせまいとしているのでしょうか。いや~、メイド葵としては愛情を感じますが、甘いもの好きな乙女葵としては複雑ですね~」
「お願いします乙女葵さん。一緒に食べていただけないでしょうか」
間髪を入れずに許しを請う。2つ目の黒星を付けられ、今日はもう従順な子犬モード。飼い主の命令には従わざるを得ない。
「はい!愛情とカロリー込めてますので、味わってゆっくり食べましょう。紅茶を入れるので、座っていてください」
食べ終えたのは2時間後。さすがに夕飯は控えめだったが、心と身体がほんのわずかに丸くなってしまった。