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焦がれた色よ。  作者: 劣
5/9

友人の大切なもの。


「まず、お互いの目的を確認しよう。」


あの後2人が全力で絳樺(こうか)に謝罪したのは言うまでもない。

夜は宿をとった。金額面から同部屋となった。

浅葱(あさぎ)は野宿でも平気だったが、絳樺(こうか)が強引に泊めさせた。


宿に泊まる方が何倍も安全な事は確かな為、大人しく従う。

浅葱(あさぎ)より反抗しそうな2人は怒られた事が効いているのか、

怪訝そうな顔をしたものの何も言わなかった。


部屋は値段の割に広く、ベットも2つある。

浅葱(あさぎ)絳樺(こうか)はそれぞれのベットに座り、向かい合った。

2人はというと床に座って絳樺(こうか)にしがみついていた。

もちろん、浅葱(あさぎ)を睨む事は忘れていない。


「僕は知ってる通り、身を隠しながら旅をしてる。

1箇所に留まると、狙われる危険が高い。


移動しながらの方がずっと安全なんだ。」


「なるほど。他に目的とかってあったりする?」


「特には…。」


絳樺こうかは一瞬の、浅葱あさぎの違和感を見逃さなかった。

本当に一瞬、微かに目が泳いだ。

絳樺こうかは言葉を続けようとしたが、すぐに口をつぐむ。

浅葱あさぎの目は、真っ直ぐ絳樺こうかを映していた。


「ある、と言えばあるんだけど。


…昔、少しの間行動を共にしていた人が居たんだ。」


その日もまた今日の様に、浅葱あさぎは逃げていた。

当時これ以上逃げ続けてもキリがないと思い、迎え撃とうとした。

腰に差してある短剣に手を伸ばす。

意を決してそれを引き抜き、構える。


「腕に自信があった訳じゃない。

けどいくら怪我をしようが、僕には関係ないからね。」


相手は3人、倒そうなんて思わない。

隙をついて逃げられればと考えていた。

内の1人が浅葱あさぎに掴みかかる。


「そしたらもう1人が、ナイフを持っている事に気付いた。

両手は塞がっていたから、受けるしかなかった。」


ろくな抵抗も出来ず、腕に突き立てられた。

溢れる血液と、激痛。だが"こんな事で"、怯む訳にはいかない。

どうせどれだけ怪我しようと、治るのだから。


浅葱(あさぎ)は掴み合いになっていた1人を突き飛ばし転倒させ、

ナイフを突き刺したもう1人の腕を掴む。

そいつが驚く一瞬に、顔面めがけて自分の頭を打ち付けた。

見事に額がヒットし、倒れ込む。視界がチカチカする。


あと1人はここまで抵抗されると思っていなかったのか、

浅葱(あさぎ)の動きに警戒して戸惑っている様だった。

その隙に一気に走り出し、距離をとる。


『こっちだ!!』


「無我夢中で、聞こえた声の方へ走った。

声の主は、僕を物陰に隠して表に出て行った。


何がなんだか分からなくて、

ただ黙って隠れてる事しか出来なかった。」


『邪魔だ、クソガキ!』


「まずいと思った。けどそこから少しだけ物音がして、

一切何も聞こえなくなった。」


静まった所で物陰から出ると、声の主が目の前に現れた。

声の主はフードを被っていて、顔はよく見えなかった。

浅葱(あさぎ)を見ると微笑み、腕を掴んで路地裏に進んで行く。

何となく、振り向く事は出来なかった。


会話もなくただついて行くと、行き止まりにたどり着く。

そこでようやく腕を離し、積んである木材の上に座る声の主。

浅葱(あさぎ)に向き合うと、にこっと笑いフードをとった。

緑味を帯びた薄い青の、綺麗な髪に目を奪われた。


『はじめまして、俺は千草(ちぐさ)


君の名前を聞いてもいい?』


「それが千草(ちぐさ)と初めて会った時の事。」


今より少しだけ世間知らずだった浅葱(あさぎ)

何よりずっと1人で心細かった浅葱(あさぎ)が、

同じ歳の千草(ちぐさ)と親しくなるのは自然だった。

それから行動を共にする様になる。


多くの話をした。今まで見てきたもの、これから見たいもの。

浅葱(あさぎ)が知らない世界を、千草(ちぐさ)は沢山知っていた。

そしてお互いの生い立ちについても、打ち明けた。


千草(ちぐさ)には両親と、妹が居て家族で店を持っている事。

でも千草(ちぐさ)は自分の目で世界を見たかった事。

その事を理解して貰えず、家を飛び出してしまった事。

そうして浅葱(あさぎ)に出会えたのだと千草(ちぐさ)は笑った。


ちなみに浅葱(あさぎ)が自身の過去を語ったのは千草(ちぐさ)だけ。

きっかけは千草(ちぐさ)浅葱(あさぎ)の体質を知ってからも、

何も変わらなかったから。

浅葱(あさぎ)はその事がどうしようもなく嬉しくて、

涙を流すとまた笑われた。


千草(ちぐさ)と居る時間はとても楽しくて、幸せだった。

追っ手が来ても、怖くなかった。


千草(ちぐさ)は頭の回転が早くて、追っ手なんて敵じゃなかった。」


「その、千草(ちぐさ)さんは今どう…」


そこで気付き、言うのをやめる絳樺(こうか)

浅葱(あさぎ)は苦しそうに微笑む。

無意識に手に力が入り、組んでいる両手の甲に爪が食い込む。


それ以来、浅葱(あさぎ)は他人との接触を徹底的に避けた。

自分のせいで命を落とす人たちを、増やさない為に。


「…1つ、しなくちゃいけない事がある。」


浅葱(あさぎ)は自身の荷物から小さめの袋を取り出す。

紐を解いて出てきたのは

手のひらサイズのナイフと、金色のペンダント。


ナイフは綺麗な銀色で装飾が施されており、

ワンタッチ式で刃が出てくるん仕組みのもの。

ペンダントは年季が入っていて一層、特別さを感じさせた。


ペンダントについている小さなボタンを押すと、ゆっくりと開く。

映っているのは、楽しそうに笑う家族らしき人たち。

両親にそれぞれ抱えられている男の子1人と、更に幼い女の子1人。

本当に、幸せそうに笑っている。

絳樺こうかは写真を見て、ある事に気付く。


「あれ、この男の子の首元にあるのって…」


「あぁ。このペンダントだね。

店先で一目惚れして、無理言って買って貰ったらしい。


この後にペンダントに写真を入れて貰ったんだと。

千草ちぐさのものだ。」


浅葱あさぎは丁寧にペンダントを閉じる。

これらを見る度に、胸が刺される様に痛む。


「ナイフは…貰ったものなんだけど。


ペンダントは、託されたんだ。届けて欲しいって。」


浅葱(あさぎ)の表情は悲しそうで、それでも大切なのだと語る。

どこにいるかも分からない。生きているのかすら。

千草(ちぐさ)は家族の話をしたが、好んでしていた訳じゃない。

本当に時折、ふと溢れた様に話すだけ。

聞いた当時から時も流れ、浅葱(あさぎ)の記憶も朧げになってしまった。


千草(ちぐさ)は左耳だけ、ピアスを付けてた。

どうして片耳なのかと聞いたら、家族とお揃いなんだと笑った。


お父さんと千草(ちぐさ)が左耳、お母さんと妹さんは右耳に。

4人で同じものを付けているらしい。」


鏡の様に輝く白色の円状の薄い石と、

同じ大きさの金色の枠の装飾がついたピアス。

明るく笑う千草(ちぐさ)によく似合っていた。

動く度に揺れるピアスは、千草(ちぐさ)の身体の一部に見えた。


「……。千草(ちぐさ)は、俺を庇った。

追って来た奴の中に、能力保持者が居たらしい。

逃げてる最中、その能力保持者が僕に飛びかかってきた。


逃げていて背中を向けてたから、咄嗟に反応出来なくて。

振り向いた時にはもう目の前まで来てた。」


しかし次の瞬間、浅葱(あさぎ)の身体は突き飛ばされた。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

その後の自分の行動も、上手く思い出せない。

気付けば胸部を抑えた千草(ちぐさ)を抱えている自分が居た。

血は止まらない、自分の心音が早くなっていくのが分かる。


「怖かった。…血の、生温かさが、今も消えない。」


追っ手の奴らは倒れていて、何が起こったのか分からなかった。

浅葱(あさぎ)以外は全員、意識がない。

浅葱(あさぎ)がやった事は確かだった。浅葱(あさぎ)自身に、記憶がないが。


「目の前で僕を庇って重傷を負った千草(ちぐさ)に、

頭が真っ白になって身体が勝手に動いてた。


腕の中で浅く短く息をする千草(ちぐさ)が、

"俺"を見て、笑って、」


『あぁ、浅葱(あさぎ)。けがしてないか…?

突き飛ばしてごめんな…。』


力なく笑う千草(ちぐさ)、胸部の血は止まらない。

どうすればいいのか分からなくて、怖かった。

浅葱(あさぎ)よりずっと、千草(ちぐさ)の方が痛くて辛いのに。

手の震えが、冷たい汗が、止まらない。


「僕なんて放っておけば良かったんだ。

回数すら、忘れるくらい刺されてきた。そもそも死なない。


なのに、なのにあいつは………。」


血で濡れる左手で、腰に提げていた荷物を漁り始める。

そこから取り出したのは、あのペンダントとナイフ。

そっと浅葱(あさぎ)の手のひらに乗せて、握らせる。

こんな時ですら、千草(ちぐさ)の笑顔は眩しくて。


『これ、宝物なんだ。…俺の、家族に、渡して欲しい。

ごめん、こんな事言うべきじゃ、ない。


けど、浅葱(あさぎ)にしか、頼めなくて…。』


『いい、もういい。喋るな、頼むから、』


『このナイフな、これは浅葱(あさぎ)にやるよ。

俺がはじめて、父さんの手を借りずに、作った。


少し不格好だけど、良く出来てるだろ、?

俺の家さ、銀製品を扱う店なんだ、小さな、店だけど、』


『もう黙れって、早く傷口を、血を止めないと、』


『楽しかった、ちゃんと。家族で店をやるの、楽しかった。

でも、それ以上に外の世界に憧れて。

反対されたからって、ろくに話もしないで…。』


千草(ちぐさ)は話すのをやめない。

血は止まる事を知らず、浅葱(あさぎ)の両手も真っ赤に染まっていく。

浅葱(あさぎ)は無言のまま、ナイフの刃を開く。

曇りなく輝く、綺麗な刃に自分の姿が映った景色を思い出す。


「僕の…"不老不死の血液"の特徴って知ってる?」


「あぁ確か…」


「治癒の力があると、昔から言われています。


どんな怪我や病気も治ると言われていますが、

不老不死、存在自体が幻の様なもの。


所詮は噂止まりで、真相は明らかでないとされています。」


紅珠(こうしゅ)は寝てしまった様だが、朱洸(しゅこう)は聞いていたらしい。

浅葱(あさぎ)を見はしないものの、すらすらと説明した。

絳樺(こうか)は静かに頷く。


「実際、治癒の力はある。

ただし条件が揃わないと、切ったところでただの血液。


恥ずかしい話、千草(ちぐさ)にその時聞くまで

治癒の力がある事も条件の事も知らなかった。

作り話だとずっと思ってた。だから試しもしなかった。」


『俺がはじめて、父さんの仕事を間近で

見せてもらった時に教えてくれた。


銀製品を作る者なら、知っておきなさいって。』


千草(ちぐさ)のお父さんも昔、不老不死の体質者に出会った事があった。

そこで仲良くなり、色んな話をして貰ったそう。

千草(ちぐさ)のお父さんは旅をしていた訳ではなかった為、

途中で別れその後どうしているのかは知らないらしい。


『いいか千草(ちぐさ)。父さんやお前、

他の人たちはいずれ死ぬ。当たり前にその日はやって来る。


不老不死にだったとして。

必ずしも良い事ばかりじゃないと知りなさい。


一見羨ましく思うかもしれない。

けれど彼等の苦痛に、終わりは訪れない。

どれだけ苦しくもがこうが、彼等にそれを逃れる術はない。


逃げ場のない、誰が敵かも分からない世界で生きる事は、

とても大変で、辛くて、恐ろしい。


人は終わりがあって、そこを目指して生きていく。

だからこそ時に、無茶をする事が出来るのかもしれない。

…じゃあ彼等は何をもって生き、何処を目指すか。』


千草(ちぐさ)のお父さんは作業する手を止めずにそう言ったらしい。

最後の方は呟くように小さな声だったそう。

絳樺(こうか)は自身の胸の辺りをぎゅっと掴んだ。

浅葱(あさぎ)と行動を共にしたからこそ、痛い程理解出来た。


普通に生きたいだけなのに、たったそれだけが何より難しい。

千草(ちぐさ)は浅く浅く息を吐きながら、話を続ける。


浅葱(あさぎ)と出会うなんて、本当に偶然なのかって思った。

仲良くなれて、嬉しくて楽しくて仕方なかった。


それから、浅葱(あさぎ)を守ろうって決めた。

体質なんて関係ない、浅葱(あさぎ)が傷付いていい理由はない。

浅葱(あさぎ)と出会って過ごして、改めて教えて貰った。』


当時の記憶は、涙で霞んでよく前が見えない。

そんな事思ってたのかとか、馬鹿じゃないのかとか。

言葉にならない気持ちが涙としてしか表現出来なくて。


気付けば浅葱(あさぎ)は手にあるナイフを自分に向けていた。

本能的に、救おうとしたのだ。


「でも千草(ちぐさ)は笑って、馬鹿かって言われた。

せっかく助けたのに、傷付けちゃだめだろって。」


『俺が助けた、大事な人を傷付けないでよ。』


「…多分、千草(ちぐさ)は、自分が助からないって分かってた。


僕の血の治癒効果には、限界がある。」


血液に治癒効果を持たせるには、銀製の刃物でないといけない。

それに加え、本人が心からその人を救いたいと思う事。

そうする事で初めて、治癒効果のある血液になる。


しかしあらゆる病気や怪我に効くと言われるが、

そうなると矛盾が生じてしまう。


「…ただひとつ、“死”だけは、治せない。

これが僕たちが持つ治癒効果の限界。」


刺された場所が悪かった。

心臓のすぐ近くを掠めており、心臓自体も傷付いていた。

本来なら、即死だっておかしくなかった。

どれだけの激痛が、千草ちぐさを襲っただろう。

どれ程、怖い思いをしただろう。


「心配、させたくなかったのか。馬鹿なんだよ。

自分はもう、死ぬって時に、痛いくせに、怖い、はず…。」


浅葱あさぎは頭を抱え、下唇を強く噛んだ。

千草ちぐさは微笑みながら、震える手で浅葱あさぎの頬を撫でた。


浅葱あさぎ、1人にしてごめん。』


「それが、最期の言葉だった。」


頬に添えた千草ちぐさの手を掴もうと手を伸ばすと、

手の間をするりと通り抜けていった。

千草ちぐさは静かに目を閉じた。


「お、俺が、もっと早く自分の能力に気付けてたら…


そもそも俺、僕に出会わなかったら死な…」


「だめだよ浅葱あさぎ。それは言っちゃだめ。」


「…。」


「それを浅葱あさぎが言ったら、楽しいって嬉しいって言ってくれた

千草ちぐささんの気持ちは誰が受け取るの。


厳しい事を言う様だけど、浅葱あさぎだけは、

千草ちぐささんの気持ちを見て見ぬふりしないで。


ご両親に同意して貰えなかった旅を、

浅葱あさぎが居たから間違ってないと思えたんでしょ。

ご両親の真意は、分からないけどさ。


最後まで責任持って、肯定し続けてなよ。

浅葱あさぎには、それが出来るでしょう?」


絳樺こうかの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

もう浅葱あさぎの涙は、止まらなかった。

心の底の方にあった霧が、晴れた気がした。


「探そう、千草ちぐささんのご家族。

ちゃんと伝えよう、思い出と託されたものを。」


「うん、うん…。」


思ったより話していたらしく、随分遅い時間になっていた。

そろそろ寝ようと、お互いベットに入る。

浅葱あさぎは備つきのタオルで顔を拭いて、横になる。


絳樺こうかは自分の胸辺りを握り締め、険しい表情で眠りにつく。

その事に気付いた朱洸しゅこうは、黙って目を閉じた。


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