第72話 源為義②─仇の息子─
1
叔父上の四十九日法要が終わった次の日のことだった。
喪主という大任を終えた俺は、喪服を脱いで休もうとしていたときに、甲冑を着た通清に呼び出された。
目の前には甲冑を着、弓や薙刀を持った武者たちで埋め尽くされていた。
あまりに突然のことに、俺は、
「お前たち、何をやってるんだ?」
と聞いた。
俺の問いかけに、俺と同い年くらいの、弓矢を持った小柄な少年は答える。
「為義、やってしまおうぜ。お前のことを育ててくれた叔父さん、殺されたんだろう? 敵討ちの」
少年に続くように、25歳ぐらいの体中傷だらけの強面の大男は、
「叔父上の敵討ちなら、俺も協力してやるから、さっさと準備しろ」
と言って床板を思いっきり叩いた。
「お前たち誰なんだ?」
小柄な少年の方は、
「おれは相模国三浦に住んでいる三浦義明」
と答えた。
25歳ぐらいの大柄で体中傷だらけの強面の男は、
「おらぁ、上総国の住人上総常澄だ。支度が遅ぇぞコラ。もっと早くできんのか?」
とドスの聞いた声で答えた。
戸惑っている俺に、通清は困惑した表情で事実を伝える。
「黙っていて申し訳ございません。実は院から、源義綱追討の院宣をいただいておりまして」
「なるほど。そういうことか」
叔父上は祖父さんほど嫌いではなかった。
「お前たち、行くぞ!」
この日俺は初めて戦場に出た。
敵は甲賀にいる大叔父源義綱とその親子。
このとき、俺はどこから湧いてくるのかわからない不思議な力に押されながら、東山道の道のりをかけた。今になって思えば、この力は郎党たちの力だったのかもしれない。
常澄や義明といった東国の武士たちの力もあり、なんとか叔父上の仇を討つことができた。そして朝廷から恩賞として官位をもらったのだった。
2
官位をもらったと同時に、俺は北面の武士となった。
初めて北面へ出仕した日。まあ散々だった。
自己紹介をした後、左目に傷のある少年に、
「お前が新入りか。源氏を倒したって聞いてるが、お前弱そうだな? 本当に倒したのか?」
と疑いのまなざしを向けてきた。この少年こそが、この前の乱で共に戦った忠正だ。
「お、おう。俺が倒したのさ」
「俺にはどうもそうは見えないがな。あと忠告しておくが、あまり調子に乗らない方がいいぜ。そういう奴は──」
忠正が何かを言おうとしたところで、
「忠正、新入りをいじめるのも大概にしてやってくれ」
と背の高い寄り目が特徴的な俺と同い年ぐらいの男が辞めさせた。
「こいつ、何でここにいるんだよ」
「忠正。そういう事を人前で言うな。これも院の御計らいだ」
「ちっ」
兄に止められ、不満そうな表情で忠正は俺の方をにらみつけた。
(この兄弟の雰囲気、どこかで見覚えがある)
より目の男に、俺は見覚えがあった。自分の記憶を総動員してみたが、この男の雰囲気に近いのは、父の仇平正盛だった。
「いきなり弟が突っかかってきて申し訳ない。私は平正盛の息子忠盛。そして、隣にいるのは俺の一つ下の弟忠正だ。よろしくな」
そう言って忠盛は俺に右手を差し伸べてきた。
差し伸べてきた忠盛の右手を、俺は思いっきり叩いて、
「誰がお前と手をつなぐものか」
「お前、兄上に何てことを!」
抜刀しようとしていた忠正の右手を忠盛は触り、静止する。
「辞めろ、忠正」
「兄上、こいつはいきなり手を叩いてきた無礼者だぞ」
「これも因果というどうにもならないやつさ。俺たち平家が繁栄していても、陰では怨みを買うこともある。だから、そっとしておくのがいい」
余裕に満ちた忠盛のこの言葉を聞いたとき、屈辱を感じた。
3
北面の武士となってからは、毎日のように忠盛を殺すことを考えていた。
盗賊退治のときに、ドサクサに紛れて殺そうとしたり、一人になったところを狙って密かに殺そうとしたり。だが、忠盛はそれを涼しげな、それもどこか余裕のある表情で、俺の一太刀を交わしていた。
毎日危ない目に遭っていても、院に報告することもない。わかっていても、あえて見逃す忠盛の態度が不気味に思えた。
同時に嫉妬もした。
俺と忠盛は同じ年で、同じ皇室から出て姓をもらった家柄。それに同じ嫡男。立場的には家を継いでいる俺の方が偉いのに、いざ忠盛の前に立つと逆のように感じてしまう。おまけに文武両道と来たものだから、両方とも努力してもからっきしな自分が恥ずかしく感じてしまう。
父の仇討ちの決心が揺らぎ始めたころ。同じ北面の武士であった竹内から、
「為義殿、忠盛と家貞がお呼びです」
と声をかけられた。
「ほう」
「土蔵の前に来てほしいとのこと」
「わかった」
とうとうバレてしまったか。俺は覚悟を決めた。
いつも殺そうとしていると、さすがにバレる。ならばいっそのこと、開き直って忠盛を殺してしまった方がいい。親父の正盛を殺せないのは口惜しいが。
約束通り、俺は土蔵の前に来た。
目の前に忠盛、そして隣には広常と同じ年ぐらいの、ずんぐりもっくりとした体型の男が隣にいる。
ずんぐりもっくりとした体型の男は、穏やかな声で、
「少年、上手くやってるか?」
と語りかけてきた。
背負っていた鬼切丸に、俺は手をかける。
相手にその気はなくても、どこに刺客を潜ませているかわからない。
いつ殺しにかかってきてもおかしくない俺を恐れることなく、家貞は自己紹介を始める。
「見知らぬ人に話しかけられるのは、緊張しますよね。私は平家貞。平家に仕えるしがない侍兼北面の武士の一人です」
青年の素性を知ったとき、俺は鬼切丸の柄を強くつかんで言う。
「平家だと、親の仇からの施しなんて、受けるものか⁉」
「そう殺気立たないでくださいよ」
「お前だって、俺の父上を殺したやつの一味なんだろ⁉」
俺はそう聞いたとき、家貞は平然とした表情で、
「そうですよ」
と答えた。
「なら、ここで死ね!」
背中に背負っていた鬼切丸を抜いた俺は、力一杯家貞に斬りかかった。
家貞は太刀筋を器用に避けながら説得する。
「太刀をしまってください。私の殿は、貴方にやられてもいつも涼しげにしています。ですが殿は、言葉や表情に出さない分いろいろと気に病みやすい人です」
「わかっていたのか」
「だから、辞めてもらえませんか。殿を殺すのは」
「辞めるか」
重く、長い鬼切丸を、忠盛の仲間である家貞を殺すため、俺はひたすら振り回した。
だが、家貞は先ほどと同じように器用に俺の剣をよける。
そこへ抜刀した忠盛が出てきて、
「家貞、ここは俺に代わってもらう」
と言って、俺の一撃を受け止めた。
「ありがとうございます」
「この男に用があるのはお前じゃない。俺だからな」
家貞にそう言ったあと、俺の方を向いて言う。
「俺を殺したい、か。殺すといい」
「望むところだ」
俺は忠盛に袈裟に斬りかかった。
余裕のあるしなやかな動きで、忠盛は太刀筋をよけ、俺の喉元に太刀の切っ先を突き付けた。
切っ先から伝わる刃の冷気と一点に集められた殺気。喉元と切っ先の間を伝って、それが流れ出てくるのが感覚的にわかる。恐れをなした俺は、
「この男には勝てない」
と今になってやっと悟った。
怯える俺に忠盛は、
「お前が俺に勝てるわけがない。もう辞めるんだな、仇討ちなんて」
そう言って突き付けていた太刀を鞘にしまった。
「畜生、畜生……」
持っていた鬼切丸を落とし、地面に突っ伏した俺は、泣いた。
仇を討てなくてゴメン、弱くてゴメン、臆病でゴメン。仇討ちを取った俺は、これからはどうやって生きていけばいい。
この日ほど自分の非力さを、弱さを恨んだ日はない。そしてこの日ほど泣いた日も。




