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第7話 忠正の試練②─何者─


   1


 翌日、清盛は義朝に会うため、京都六条の源氏屋敷へ出向いた。

「頼もう」

 清盛は2、3回ほど門を叩いた。

 しばらくしないうちに、茶褐色の木刀を持った義朝が出てくる。

 義朝は手招きをして、

「清盛か。寄ってけ

 と清盛の手を引っ張り、屋敷の中へ入れた。

 夏ということもあってか、六条堀川の源氏屋敷の庭に生い茂る若草色の雑草は、天を目がけるように伸びている。

「お前は本当に幸せ者だよなぁ。12のときに官位をもらって、15で院北面に選ばれ、親父が院から海賊退治を任される。俺なんか今年で14になるけど、官位ももらえない。親父が女遊びと酒にうつつを抜かして、真面目に仕事なんてしてないからな。おまけに、同族の下野の足利と上野の新田、郎党の佐々木は争ってばかりだ」

 大きなため息をつきながら、義朝は言った。

「それは大変だ。でも、父上が出来過ぎているのも大変だ。過剰な期待を背負わされるし、いつかは親父を越えなければいけない、と考えると、目の前に広がっている道のりが本当に果てしないから、ため息しか出ないよ」

「お互い大変だな」

「そうだ、忘れてた! 義朝、頼みがあるんだ」

「頼み、って?」

 義朝は首をかしげる。

「いいから、さっき持ってた木刀を持ってきて」

 本来の目的であった武芸の練習をするため、清盛はせかすようにうながす。

「お前が武芸に積極的だなんて、珍しいな。いいだろう。付き合ってやる」

 義朝は後ろに置いていた木刀を手に取った。


   2


 清盛は義朝と一緒に、六条河原へと向かった。

 昨夜の雨もあってか、地面がぬかるんでいて、足取りが悪い。

 二人は、木刀を平晴眼に構え、清盛をにらみつける。

 清盛は掛け声を上げ、義朝の右手を狙おうとする。

 義朝は、清盛が手を使えなくしようと考えていたことを見抜いたのか、頭部に木刀を打ち込む。

「痛ってぇ!」

 手に持っていた木刀を落とした清盛は、後ろの水たまりへ転がり込む。

「相変わらず弱いな。初めて会ったときと、全然変わってない」

 義朝は大笑いした。

「変わってないって……」

 泥まみれになった清盛は、少しムッとした。

「でも、弱いことも強さだと思う」

「どうして?」

「戦っているとき、相手に認知されない、そして、誰かに頼ることができるから。何より、周囲の動きに敏感だから」

「そうなのか」

 義朝はうなずく。

「だから、自信もって、海賊退治に行って来い。絶対、生きて帰って来るんだぞ。死んだら許さないからな!」

「おう」

 清盛と義朝は、互いの拳を突き合わせた。


   3


 鳥辺野。平家屋敷の近くにある風葬地だ。

 蛆が湧いた腐りかけのしかばねや白骨化したドクロが至るところに転がっていて、死体から発せられるガスのせいか、きつい腐乱臭が漂っている。腐乱して蛆の湧いた死体のもとへたくさんのカラスたちが集まり、余った肉という肉を食いついばんでいる。地獄絵図にある鳥地獄さながらの光景だ。

「いつ見ても、気味の悪い場所だな」

 清盛は鼻をつまみながら、顔をしかめる。

「そうだね」

 家盛はうなずいた。

「来たか。お前ら」

 約束通り、忠正は現れた。腰には黒鞘の太刀一本のみを帯びている。

 忠正は腰に帯びていた太刀を抜いた。

 鏡のように周りの風景を映す太刀は、太陽の光を反射し、白く輝いている。

「お前ら、太刀を抜け」

 清盛と家盛は、忠正の指示通り、腰に差していた刀を抜いた。

「今から、俺を倒してもらう。どちらかが倒れるまでな。一対一か、二人がかりでかかってくるかは、お前らに任せる」

 太刀を大上段に構え、忠正は家盛目がけて一太刀浴びせようとした。

 家盛は忠正の一閃を受け止めた。受け止めたときの手がプルプルと震え、苦しそうな表情で押し返そうする。

 体勢を崩したところを狙おうとしていると見抜いた家盛は、組むのをやめ、一歩引き、攻勢に転じた。

 真剣同士の激しい打ち合いになった。

 刀と刀がぶつかり合う音。

 攻撃するときに出すかけ声。

 この二つが、現世の鳥地獄に響き渡る。

「家盛、お前をこの場所に呼んだ理由はわかるか?」

「武士たるもの、戦以外のときでも、常に〈死〉を意識しなければいけないからでしょう?」

「ご名答。さすがは我が平家の嫡男!」

 忠正と家盛は語り合いながら、剣を交える。


(ムリムリ。俺、こんなのと戦ってたら、命がいくつあっても足りない!)

 清盛は及び腰で、家盛と忠正の戦いを見ていた。

 刀を持つ手は、刃を交える前からわなわなと震えていて。

「落ち着け、落ち着け、落ち着け」

 清盛は心の中でつぶやき続ける。だが、「死」への恐怖感が勝っているのか、立っていられるのがやっとなくらいだった。

 一方家盛と忠正は剣を交え続けていた。

「坊主が倒れたか。手間が省けた。残るはお前だけだ!」

 忠正は太刀を交えながら、家盛の間合いに踏み込み、右袈裟に斬りかかろうとする。

「やばい」

 家盛は、忠正の一撃を鞘で防ごうとしたとき、忠正目がけて太刀が飛んできた。

 太刀は放物線を描いて、餌を求めている鳥たちが集まる屍に突き刺さった。

 二人は太刀が飛んできた方角を見る。

 そこには、清盛が立っていた。

 ただ、顔に生気がなく、いつも輝きを含み、どこか温かさを感じる目からは、冷たさと殺気を感じる。

「お前、坊主じゃないだろう?」

 様子の違う清盛に、忠正は声をかける。

 虚ろな表情をした清盛は首を横に振る。

「俺には同じ人間には見えない。目を醒ませ!」

 忠正は、清盛の顔面に思いっきり蹴りを入れた。

 蹴られた清盛は数メートルほど吹き飛んだ。

「痛いな! って、あれ? 俺、さっきまで震えてたんじゃ……。あと、勝負はどうなった?」

 ぶつけた部分を撫でながら、清盛は勝負の行方を家盛と忠正に聞く。

 家盛は答える。

「兄上、勝負はもうつきました。僕の、負けです」

「そうか」

 人差し指を動かしながら、忠正は清盛の意識がしっかりしているかを問いかける。

「この指見えるか?」

「見える」

「よかった。あと、勝負については、負けじゃなくて、引き分けということにしてやる。家盛、強くなったな」

 忠正は家盛の頭をなでる。

「ありがとうございます、叔父上」

 家盛は軽く頭を下げた。

「叔父上、俺のことは無視かよ」

「お前はもっと修業しろ!」

 忠正は清盛の頭を軽く叩く。

「痛いな、謝れ!」

「誰が雑魚に謝るか!」

「まあまあ、喧嘩はやめて」

 家盛は二人の喧嘩の仲裁に入る。


   4


 夜、忠正は兄忠盛と酒を酌み交わしながら、鳥辺野での腕試しのときに起きた、清盛の異変について話した。

「そうか、お前もあいつが何者なのか、少し気づいたようだな」

「兄上、何か知っているのか? 教えてもらいたい」

「もちろん知っている。ただ、このことを知るのは、俺と家貞、陰陽頭(おんみょうのかみ)であらせられる泰親殿ぐらいか」

 忠盛はそう言って、盃に入った酒を飲み干す。

「知らない方がいい、ってやつか?」

「そうだな。世の中には知ってはいけないことも、あるもんだからな」

「へぇ」

 白い徳利を手に取り、忠正は空になった土器かわらけの中へ注ぐ。


 気がつくと清盛は、何もない真っ暗な場所にいた。

「ここは、どこだ?」

 辺りを見回してみるが、何もない。ただ暗い闇が続いている。

「お前に、力を貸してやろう」

 後ろから声がした。

「誰だ!」

 清盛は叫んで振り返る。

 そこには、牢のように囲う光る梵字の中に、自分の姿があった。

 だが、清盛と違うのは、左目に瞳がもう一つある。

「お前自身だ」

 円の中にいた清盛そっくりの人物は、そう答える。

「俺は、俺一人だ!」

「ふん、それはどうかな? そう言っていられるのも、俺がお前の(からだ)を喰らいつくすまでだ」

 もう一人の清盛は、梵字の牢の中で、余裕そうな笑みを浮かべ、消えていった。


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