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第60話 保元の乱・破⑤─覚醒─


   1


 大炊殿の北では、頼政軍と崇徳院方の激しい争いが繰り広げられていた。

「しっかし、数が多い」

 あまり血の付いていない刀を振り回し、襲い掛かる兵士たち一人一人を斬ってゆく盛遠。

「そうか?」

「どう見ても多いだろ、この数」

「それはどうだろうな?」

 援護射撃をしていた渡は、矢をつがえながら、一瞬下の方を見た。

「どれ?」

 渡に言われた通り、足元を見てみる盛遠。

 そこには血しぶきで濡れ、斬られたように引き裂かれた紙人形があった。

「なんだ、これは?」

「これは陰陽師が使う人型だな。きっと、あの女は、陰陽師だったに違いない」

「でも、なぜ人型を?」

「わからない。おそらく、陰陽師の手を借りなければいけないほど、新院方は兵力の面で困窮してるのだろうな」

「なるほどな。頭の悪い俺にはさっぱりようわからんが、焼き払った方が早い言うことでええか?」

「そういうことだな」

 うなずいたあと、渡は襲い掛かってきた兵士を射がけた。

 撃たれた兵士は、頭の部分に矢が刺さった紙人形の姿になり、先ほどから吹く強風に吹かれ、どこかへ飛んでゆく。

「肝心の大将代理はどうしてる?」

「渡、盛遠、助けて!」

 そこへ、たくさんの兵士に追われた現在大将代理を務めている仲綱がやってきた。

「俺たちよりも年上なうえに総大将なのに情けないな」

「こら、盛遠、笑うな」

 泣き面に蜂状態の仲綱を笑おうとした盛遠の頭を叩き、渡は、ここで立ち止まるように促した。

「助けないのか、この不忠者」

 文句を垂らしつつも、渡の言うとおりに立ち止まる仲綱。

 大将首を狙う敵たちは、刀や薙刀の矛先をきらめかせながら機会を伺っている。

「よし、盛遠。火打ち石を持ってこい。早く。敵方の兵士は俺と大将代理が引き付けておく」

「わかった」

 盛遠は松明を探しに、門前へと走った。

「そこの者、お命を頂戴する」 だが、走る盛遠の前に、薙刀を持った二人組の武者たちが襲い掛かってきた。

「ワイは急いどるんや。どけ!」

 そう言って二人組の武者に立ち向かおうとしたとき、

「そこの二人、おれが相手だ!」

 肥満体ではあるが、腕には力士のような立派な上腕二頭筋を持った青年工藤茂光くどうしげみつが、棍棒を振り回しながら、襲い掛かってきた武者二人を撃退した。

「盛遠、ここはおれが食い止める」

「ありがとう、茂光」

 そう言って盛遠は、再び走る。

 門の前へ到達したとき、立派な鎧を着た騎馬武者とその仲間数十人が通り道を遮った。

「我こそは大炊殿の北門の守護を仰せつかっている平家弘。ここは通さん」

 名乗りを上げたあと、家弘は薙刀の先端を盛遠に向ける。

「ワイは摂津渡辺党の遠藤盛遠ってモンや。文句あるなら、さっさとかかって来い」

 そう言って盛遠は、持っていた抜身の刀を構えた。

 数十人対一人。戦うべき大将は、薙刀を持ち、馬にも乗っている。おまけに部下も従えているのだから、たまったものではない。

 覚悟を決めた盛遠は、雄たけびを上げながら、家弘に向かっていった。

「矢を放て」

 家弘は郎党たちに、矢を放つように命じた。

 盛遠を狙った矢の雨が、今にも放たれようとしている。

(まずい。ワイももうここまでか。思い残すことはほとんどないけど、心残りと言ったら、渡の妻になった袈裟御前と駆け落ちできなかったことやな。まあええ。この状況は、放った矢が全て跳ね返るような奇跡が起きんと生きられなそうや。普段神様とか仏様とか信じんけど、もし本当に念ずれば奇跡が起きるなら、願ごうてみるのもええかもな)

 盛遠は心の中で、「南無観世音菩薩」と唱えながら、破れかぶれで家弘に突撃した。

 矢が放たれる。

 盛遠めがけ、矢はまっすぐ速く突き進む。

 雄たけびを上げながら、盛遠は家弘めがけて切りかかる。

 盛遠の首に矢が刺さる直前。刺さろうとしていた矢が、一斉に撃った相手の方を向き、跳ね返った。

「お、お前、何をした⁉」

 突然起きた不可解な現象に、家弘は漠然とするばかり。

「知らんがな。どうやら観音様の加護が働いたみたいや。オッサン、そこどいてもらおか」

 そういって盛遠は腰を抜かし、動けなくなった家弘を蹴り倒して味方のいる場所へと向かう。


   2


「ここは、どこだ?」

 目を覚ました清盛は、辺りを見回した。

 目の前には真っ暗な暗闇が広がっている。

「さっきまで叔父上と戦っていたはずじゃ?」

「さっきまでは、な」

 後ろから返事がした。

 声がした方向を清盛は振り返る。

 そこには面長な顔に右目にある二つの虹彩、そして長い髪が特徴的な、鎧を着た青年の姿があった。鎧は挂甲けいこうと大鎧を足して2で割ったような形をしている。

「お前はだれた?」

 清盛の質問に、鎧姿の青年は、

「私は平将門たいらのまさかど。お前の遠いご先祖様と言った方がいいか」

 と答えた。

「なぜ、お前は俺を知っている?」

「決まっているだろう。お前は私自身なのだからな」

「お前は何が目的なんだ」

「お前を助けようとしただけだ。ここで私に変われば、傷も瞬時に治るし、武芸に優れているだけの貴様の叔父程度ならば、手を出すことすらなく倒せる。どうだ? 悪い話ではないだろう?」

「断るよ。これは男と男の戦い。だから、邪魔しないでおくれ」

「わかった。私もその経験があるから、今回だけは手出しはしないでおこう。だが、次に貴様の器を乗っ取る機会があるときは、必ずや──」

 続きを話そうとしたときに、清盛の後ろから強く、眩しい光が射しこむ。

「誰だ、この光を放ったのは? 畜生、首と胴体がつながれば……」

 そう言い残して、将門は闇の彼方へと消えていった。


「俺は死んだんじゃ……」

 清盛は目を覚ました。目の前には、手を握り、泣いている重盛の姿があった。

「父上、生きていてよかったです」

「おう。俺もだよ」

 優しく握る重盛の手を、清盛はぎゅっと握り、おそるおそる立ち上がろうとする。

「あれ、全然痛くない」

 不思議に思った清盛は、忠正から受けた傷を触ってみる。鉄臭い血の臭いや湿った感じもしないし、痛みも感じない。どうやら傷そのものが治ってしまったようだ。

「どうして、治ってるんだ?」

「わかりません。ただ、僕が父上の手を触ったとき、突然傷が塞がっていったのです」

「本当か?」

「ええ。この重盛、父上に嘘はつきません。おそらく、薬師如来さまが父上を憐れんで助けてくれたのでしょう」

「そうか」

 清盛は急いで忠正のところへ走った。

「斬っても斬ってもしつこくかかってきやがる」

 忠正は次々と襲い掛かる清盛の兵士たちを斬り倒してゆく。

 そこへ立派な鎧を着た男が、雄たけびを上げて忠正に斬りかかってきた。清盛だ。

「貴様、まだ生きてたか。悪運の強いやつめ」

 呆れた表情で、忠正は清盛の一撃を受け止める。

「叔父上、もう一度戦う」

「そうか。見た感じじゃあ、どうやら奇跡が起きた感じみたいだな。まあいい。小僧が何度挑もうが、結果はお前の負けと決まっている。それをわかってやろうってんだろうな?」

「何度負けても立ち上がって、叔父上を倒して見せるさ」

「ほう。そういう心意気、俺は嫌いじゃないぜ」

 忠正は再び腰に差した太刀を抜いて構えた。


   3


「遊びをせんとや生まれけむ……」

 戦火の届かない高松殿では、後白河帝は今様の練習をしていた。徹夜で軍議をしていたとは思えない美声が、御殿の中に響き渡る。数百メートル先で大規模な殺し合いが行われていることがまるで嘘のようだ。

「遊ぶ 子供の声聞けば」

 と続きを歌おうとしていたときに、

「帝、今は今様の練習をなさっている場合ですか!」

 回廊を走って信西がやってきた。

「信西どうした? こんなに慌てて。私は今、今様の練習で忙しいのだ」

「帝は自身の立場をお分かりなのですか? 貴方は、この国の頂点に立たれるお方。皇位に就いて1年も経つのですから、いい加減ご自覚してくだされ」

「うるさいな。何の用だ?」

 鬱陶しそうに後白河帝は聞いた。

(やはりこのお方には、何を言っても無駄だ……)

 ため息を一つついたあと、信西は要件を話す。

「泰親殿がお見えです」

「そうか。ここに呼んでくれ」

「はい」

 合図として、信西は手を叩いた。

 黒い直衣を着た泰親は、後白河帝の御前に座り、恭しく礼をして、要件を伝えた。

「どうやら、私が先ほど放った式神の話によれば、戦場で二人の能力が覚醒したようです。一人は頼政の郎党の一人と思われる青年、そしてもう一人は、清盛の息子平重盛」

「そうか。となると、残るは、末法の世が始まってから100年後に生まれる弥勒菩薩だけか……早くこの憂き世を終わらせて欲しい」

 浮かない表情で後白河帝はつぶやき、再び今様の練習へと戻る。

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