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ひとへに風の前の塵に同じ・起  作者: 佐竹健


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第49話 御代変わり⑥─失脚─


   1


 清盛たちは義広の軍勢から無事忠通の邸宅を取り戻すことに成功した。

 一方為義は引き上げた後に検非違使と滝口に捕まった。

 為義と義朝、忠通と頼長の争い。そして義朝に関与した第三勢力平家。都の中で起きた武士同士の軍事衝突は、きな臭い京都情勢をさらに混沌としたものにしてしまったのであった……。


 平家軍と義朝たちが、源氏の侍たちと戦っているころ。牢獄の中で動きがあった。

 後白河帝の暗殺未遂で捕まっていた助安が、1ヶ月という長い拷問の末に、指示した人物が頼長だと答えたのだ。

 また、出頭してきた御殿医は、自身の犯行と頼長による買収を肯定。

 この報告を聞いた鳥羽院は、使者を出すと同時に、頼長を院庁に呼び出した。

「私は何もやっていない! やったのは、噂通り私の兄ではないのか?」

 頼長は反論する。

「先帝を亡くして悲しんでおられるのは、私も重々承知しております。ですが、御殿医が殺した、と判断するのは、あまりにも早計なのではないでしょうか? 熊野から呼び出した巫女が、院に忖度して嘘をついていることだってあり得るのに」

「うぅ……」

 鳥羽院が答えに窮したとき、

「院、頼長に仕えていた御典医を連れて参りました」

 信西は検非違使の役人と、近衛帝の毒殺を謀った御典医、そして後白河帝の暗殺を謀った助安を連れて入ってきた。

 縄に縛られた実行犯の2人は、庭に敷かれたむしろに座らされた後、御殿医は語り始める。

「私は左府殿に、先帝を殺せ、と脅されました。そのことを聞いたとき、私は、無理です、と言いました。帝の身辺を守るのが武者の役目だとするならば、健康をお守りするのが、我々御殿医のお役目。そのようなことはできません。ですが、左府殿は懐から小刀を取り出して、私にこう申されたのです。『やらなければ、お前だけでなく、家族も殺すぞ』と。帝の命も尊いが、家族の命も同じくらい尊い。でも、やらなければ、私を含めた家族全員が殺される。どうすればいいかわからなくなった私は、先帝を毒殺することにしたのです。毒殺は無事成功し、それまでの間に、左府殿からは、たくさんのお金を頂きました。ですが、先帝を殺した罪にさいなまれ、自ら検非違使に出頭したのです」

「と、申されております」

 信西は言った。

「どうなのだ?」

 鳥羽院は頼長を睨み付けながら聞いた。

 脂汗を流しながら、頼長は首を横に振る。

「そうか」

 鳥羽院は続ける。

「では、秦助安の話も聞くとしようか」

「はい」

「左府殿は私に、新帝を殺せ、とご命じになられました。私はご命令に従って、殺そうとしたまで」

 淡々とした口調で答える助安。

「なるほど。頼長、本当か?」

 静かだが、どこか殺気と怒気を半分ずつ含んだ声で、鳥羽院は尋ねた。

 頼長は顔を真っ青にして、

「ち、違います。私はやっていません」

 と答えた。

 鳥羽院は真っ赤になった顔に涙を流し、持っていた扇子を頼長に投げつけて、

「嘘をつけ!」

 と怒鳴り、頼長の襟裾をつかんで殴り付けた。

「院、落ち着いてください。私はやっていません」

 頼長は必死に弁解しようとするが、怒りのボルテージがマックスに達した鳥羽院には一切届いていない。

「これだけの証拠があるのに、よくやってないと言えるな、この人殺しが!!」

 怒りで頭が真っ白になっている鳥羽院は、頼長の顔を何度も何度も、蹴りつける。

「院、お止めください!」

 信西と忠実は、今にも頼長を殺しにかかりそうな鳥羽院を制止した。

 この日、左大臣藤原頼長は、陰謀渦巻く京都政界から退場させられたのであった。


   2


 白河北殿。

 崇徳院は縁側で一人、登ってきた月を眺めていた。

「もう冬か……」

 日が沈み、紅色から藍色に変わった空の上には、熱した鉄のように真っ赤に輝く月。そして庭に植えられている枯れススキは、秋風に揺られ、細やかな音を立てながら揺れ動いている。

「なんだか、切ない気持ちだな」

 ため息を一つついて、崇徳院はつぶやいた。

 思い返してみれば、自分の人生は何一つ思い通りにならなかった。

 系図上は鳥羽院の第一皇子として生まれながらも、実は白河院の隠し子だっただけで嫌われ、しまいには院政も執れなくされた。

 人生はこんなものなんだ、と自分に言い聞かせながら、趣味である和歌の世界に逃避してみる。だが、現実というものは非情で、自分の異母兄や弟ばかりが皇位に就き、自分の息子重仁親王は就けない。自分と同じ「白河院の御落胤」で、異母兄にあたる清盛は、家族や仲間にも恵まれ、人生を楽しく謳歌している。

 このことを考えると、普段こらえている怒りや憎しみが、どっと噴き出しそうになる。

「白河院の御落胤」というだけで、どうしてこのような扱いをされなければいけないのだろうか。

 あまりに理不尽だ。理不尽だ。

 発狂した崇徳院は、庭に植えられたすすきを、鳥羽院や信西に見立て、根っこを抜いた後、引きちぎり、

「死んでしまえ、死んでしまえ、みんな死ねばいいんだ」

 呪詛を吐きながら、何度も何度も踏みつけた。

「新院、お辞めください、庭が荒れてしまいます。それに、皇族の方々の中で、誰よりも風雅を愛する貴方が、なぜすすきの根を抜くのです」

 癇癪を起している崇徳院を見た忠正は、暴れる崇徳院を押さえつける。

「放せ、忠正、お前も私の人生を阻むのか?」

「違います。いつもと様子が違ったので止めているのみ」

「いいから放せ」

 崇徳院と忠正が押し問答をしているときに、ボロボロになった束帯姿の貴族が、おぼつかない足取りで目の前に現れた。腫れあがった顔には青あざが複数あり、頭からは血が出ている。その貴族は、

「新院、私は、一院に、あらぬ疑いをかけられ、顔を、何度も、打擲されました」

 といって倒れ込んだ。

「大丈夫か」

 我に返った崇徳院。最初は誰だかわからなかったが、頼長だとわかった。

「はい、大丈夫です。新院は、一院のことが、お嫌いですか?」

「あぁ、嫌いさ」

「そうでしたか。ならば、一院、そして帝を、殺しましょう」

「殺す──」

 崇徳院は、鳥羽院にされた数々のことを思い浮かべた。

 白河院の御落胤というだけで不当な扱いをされたこと。

 養子の件をいきなり反故にされたこと。

 重仁親王を皇位に就けなかったこと。

 思い返してみると、恨みの炎が火柱を上げて燃え上がってゆく。

「わかった。頼長の仇は、私が打つ。怪我が治るまで、ここでゆっくりしていっておくれ」

 崇徳院がそう言ったあと、頼長は、

「ありがとう」

 と小さな声で言って気を失った。


   3


 検非違使の本部にある牢獄。その奥に為朝は幽閉されていた。

「あの野郎……」

 義朝、忠清、広常、教盛の顔を思い出すたびに、煮えたぎった怒りが心の奥底から湧き出てくる。湧いてくるのはそれだけではない。今までに感じたことのないほどの悔しさも感じる。

(何とかしてここを出て、やつらに勝つための修業をしなければ)

 そう思った為朝は、鉄製の手錠を破壊しようとした。だが、手足に負った傷のせいか、思ったように力が出ない。

(もうここまでか……)

 諦めかけたそのとき、

「為朝殿。今からここを脱出しましょう」

 目の前に、黒い衣服に身を包んだ少年が立っていた。声の質感からして、まだ元服したばかりなのだろう。

「誰だ。お前は?」

「私の名は秦信安はたのぶやす。この前帝の暗殺を請け負って捕まった助安の弟です。兄の始末をするついでに、左府殿の命で、貴方を助けに来ました」

「そうか。ならば頼む」

「わかりました」

 そう言ったあと、信安は指を鳴らした。

 音が鳴り響くと同時に、黒い水干を着た禿頭かむろあたま(おかっぱ頭のこと)と長い髪を後ろで束ねた9歳ぐらいの子どもが、手をつないだ状態で突如現れた。

「では、行きましょうか」

 信安がそう言うと、禿頭の少年は為朝と稚児風の髷を結った子どもに触れた。

 信安は禿頭の少年の肩に触れている。

 為朝、そして稚児風の髷の少年、そして信安がいるのを確認した禿頭の少年は、

「オン マリシエイ ソワカ」

 と唱え、消えていった。

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