第37話 平家の棟梁②─遺言─
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冷たい冬風から春の風に変わり始めた翌年2月10日。清盛は泰親の屋敷へやってきた。
棟梁となったことで忙しくなったことや、泰親の多忙さを考慮した結果、特にこれといった宮中行事もなく、暇な2月を選んだ。
九尾の狐についての情報交換をしていた当時と変わらず、庭には枯れすすきなどの雑草が所せましと生え、音を立てながら冬の冷たい風に揺られている。
「久しぶりだな、清盛」
ねずみ色の狩衣を着た泰親が、出迎えてくれた。
「お久しぶりです」
「まあ中に入れ。話は書状で聞いている」
泰親は清盛を母屋へと招き入れる。
「で、お前が何者なのか知りたいと」
泰親は高坏に盛られた煎り豆を食べながら聞いてきた。
「ええ」
「親父から聞いてなかったのか?」
「はい。父上は半年少し前から病身で」
「なるほど」
「それで、私の乳父にも聞いてみたのですが、聞いたことはあるけど思い出せない、と答えまして」
清盛からの大方の説明が終わったとき、泰親は突然大きな笑い声を出して、
「ほうほう。みんな知らないさ」
と言った。
「どうして?」
「俺がお前と関わりのある人間の記憶を、少しいじくってやったからな。あ、お前の親父と義理の母、叔母、実の父白河院には改ざんはしてないが。家盛には俺から言ってやった。死ぬとわかっていたから」
「ほう。いつの時代の権力者も臆病なものだな」
「そして今出てるのは、平清盛ではないだろう?」
「正解」
口調が変わった清盛はうなずいた。
目つきも忠正との修業や異母弟崇徳院と話したときと同じ、酷く冷めた目つきだ。
泰親はすぐさま半妖狐の形態へと変わる。
「久しぶりだな、私を封じた陰陽師よ」
そう言って清盛は腰に差した小烏丸を抜き、
「あのときの続きでも始めるつもりか?」
切っ先を突きつけた。日本刀と剣を足して2で割ったような先端から、赤い稲妻が走る。
「いや、用があるのは、お前ではない。先ほどまで話していた『平清盛』という男だ。そしてお前は、肉体の持ち主が8つのときに封じたはずだが、どうしてこのように出て来れる?」
「知りたいか? それはな──」
清盛の中に棲む別人は小烏丸を大上段に構え、
「一つは、貴様があのとき情に負けて、この餓鬼を殺さなかったからだ」
唐竹に斬りつけた。
「おっと危ない」
放たれた斬撃を、紙一重で避ける泰親。
飛んだ斬撃は床板と地面を真っ二つに切り裂く。
「お返しだ」
泰親は鋭い爪を出し、狐火をまとった斬撃を放った。
「狐火か。そのような児戯、私には効かん」
清盛の中に棲むものは、手のひらを出した。
「掌を出して何をする気だ?」
「決まっていよう。こうしてやるのだ」
狐火をまとった斬撃が、清盛の手のひらに当たろうとしたとき、突然跳ね返り、泰親にの方へと跳ね返ってきた。
「結界か」
「いかにも」
泰親は清盛の中に棲むもののカウンターを避けようとしたが、右手に掠ってしまった。
5本並んだ傷口からは、真っ赤な血がとくとくと流れる。
(傷が一つ、または浅ければ、すぐに回復するのだが、右手の傷は5つ。なかなか再生が追いつかない。それより、右の袖がが熱い)
傷に気を取られていた泰親は、狩衣の右袖を見てみる。炎と煙を上げて燃える右袖。これでは火傷もしてしまい、再生がさらに追いつかなくなると考えた泰親は、燃える狩衣を脱ぎ捨て、白い着物2枚の状態になった。
「そしてもう一つは、貴様に封印されてから私は、この平清盛という男の意識の奥底から、いつも見ていた。この男が少年だったころ、反乱を起こすときに見ていた夢と同じものを抱くようになった。私は器の持ち主の願いを叶えるため、封印を解こうとしたが、できなかった。だがあるとき、肉体の持ち主が死にかけ、封印が解けてしまったことがあった。以来私は、怪しまれないよう、普段は『平清盛』として生き、この男が必要としているとき、そして私が出たいときに、出ることにしたのだ」
清盛の中に棲むものは念力を発し、泰親を吹き飛ばした。
築地に激突しそうになったが、空中で回転して衝撃を弱め、何とか着地する。
「今から封印した貴様を殺す」
「いいだろう」
清盛の中に棲むものと泰親は互いににらみ合い、出方を窺う。
そこへひどく慌てた様子の盛国が、
「殿! 殿!」
と叫びながらやってきた。
(誰か来たか。勝負の途中であるが仕方ない)
清盛の中に棲むものは、清盛の意識の奥底へと帰る。
「どうした、盛国。こんなに慌てて?」
中の怪物から解放された清盛は、盛国に用件を聞いた。
盛国はひざまずき、答える。
「殿、急いでください!」
「大殿が、危篤です!」
「本当か⁉」
「はい。大殿は殿を呼んでいます」
「わかった」
清盛はうなずき、右手を負傷した泰親に、
「答えを聞きに、また来る」
と言い残し、盛国と一緒に土御門の屋敷を出た。
「床弁償してもらうからな!」
去り行く清盛と盛国に向かって、泰親は叫ぶ。
2
六波羅泉殿の北対。
危篤状態の忠盛は、妻の池禅尼、弟忠正、そして頼盛を筆頭とした息子たちとその妻に見守られていた。
「清盛はまだか」
体中が痛む中、忠盛はつぶやいた。
「あの親不孝者、育ての親が危篤だというのに、何をしてるのだ」
忠正は毒づいたときに、
「ただいま戻りました」
盛国に連れられ、一門の集う場所へ、清盛はやってきた。
「おい、お前何してたんだよ! この親不孝者が!」
遅れてやってきた清盛を、忠正は責める。
「来たか、清盛」
忠盛は弟のヤジを無視し、清盛の手を握って続ける。
「この前の話の続きをしよう。お前は亡き白河院の息子だが、なぜ、お前が、ここに、来たか、考えたことは、あるか?」
「特に──」
ない。清盛は12歳になるまで、自分は忠盛の子だと信じていた。真実を明かされてからは、そうなんだ程度に考えていたので、なぜ恩賞として忠盛に送られたのかまでは、考えが及ばなかった。
「お前は、本当は、皇位を継ぐことが、できる。だが、陰陽頭さまが、占ったとき、お腹の皇子はいずれ皇室に仇をなす、と言われたからだ。だから、お前は、恩賞として、この義父に、下された。これは、若いときに、白河院から、聞いたことだ」
「そうなのですか?」
「あぁ。そして、お前に小烏丸を、頼盛に抜丸を渡したのは、清盛に、公家の平氏を、頼盛に、武家の平氏を、任せたかった、それだけだ」
「わかりました」
「そして、お前の中に棲んでいる者の名は、たいらのまさ──」
忠盛は、清盛の中に棲むものの正体を口にしようとしたとき、強すぎる痛みのあまり、絶叫して亡くなった。
平忠盛。享年58歳。貧しくとも、伊勢平氏を大きくするために命を懸けた生涯だった。
そして平家の棟梁は、名実ともにその嫡男平清盛となったのであった。




