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第35話 摂関家の争い②─藤原忠実・頼長父子─


   1


 為義が去った後、忠通は六波羅の平家屋敷に保護された。

「清盛、どうして関白殿下をここに?」

 忠盛は声を震わせながら清盛に聞いた。

「あー、今日関白殿下から東三条殿に来るようにと言われたのですけど、話の途中で為義に襲われてしまって、ここに来ることになったと」

 清盛は東三条殿であったことと忠通が来た経緯を説明した。

「なるほど」

「でも、為義は摂関家直属の武士だったはず。なのにどうして忠通を襲ったのか?」

 清盛は摂関家に仕える為義がなぜ、主君の家を襲ったのかが謎だった。

「おそらくは、私の父と頼長の報復でしょう」

「報復?」

 清盛は首をかしげた。物腰柔らかな態度で人に接する忠通が、人に恨まれることをするはずがないと感じたからだ。自分の家族であればなおさらだ。

「ええ、これから詳しい話をしましょう」

 忠通は語り始めた。


 ──今年の2月に、私の娘多子を入内させました。まだ12の帝は、1歳年下の多子のことを大そう気に入ってくれています。

 仲睦まじい様子を見た私は、ほっとしました。そして皇子が生まれてくれれば、もう望むことはありません。

 ですが、ここに至るまで、父と頼長は、頼長の養女多子を入内させようと必死になっていました。ですが、父と頼長を嫌う院と美福門院さまのご意向で、その話は立ち消えてしまいました。

 そこに、帝と多子の仲がとてもいい、と風の噂で聞き及んだのでしょう。それに嫉妬した二人が、私の幸せを奪おうとして、あのような凶行に及んだのでしょう。


「やっぱあのジジイろくなこと考えてないな」

「またあいつらか」

 清盛と忠盛は毒づいた。親子揃って嫌がらせをされた経験があるので、藤原親子がどれだけ性格が悪いかよく知っている。

「今日は私が貴方をもてなすつもりが、逆に保護されてしまって、申し訳ない」

 忠通は忠盛と清盛の二人に頭を下げた。

「いえいえ。こちらは善意でやっていることなのでお気になさらず。それよりも、三日間でできることを考えましょうよ」

「そうしよう」

「まずは院にこのことを話し、解決を図ってもらいましょう」

「でも、そうすると余計にこじれそうな気が……」

 忠通は小さな声で言った。

「院には私から言っておきます。関白殿下の身辺しんぺんが安全になるまで、ここでゆっくりされていってください。ただ、野郎どもがうるさいところはご寛恕あそばせ」

 そう言って忠盛は頭を下げる。

「ありがとうございます! みんな私と囚われた家族のために……」

 忠通は自分たちのために力を貸してくれる忠盛親子に感動し、涙を流した。

「涙を流すくらい嬉しいのはわかりますが、衣の袖が濡れてしまいますよ」

 清盛は慌てて布の端切れを忠通に渡した。

「ありがとう、ありがとう」

 忠通は清盛からもらった端切れで涙を拭く。


   2


 翌日。忠盛は忠通と一緒に、鳥羽院に昨日の出来事を報告しに院へと向かった。

「忠盛に忠通。二人そろってどうしたのだ?」

 白い直衣を着、冠をつけた鳥羽院は目を見開きながら何があったのかを二人に聞いてきた。

「実は先日、関白殿下が六波羅の自邸に居候をしているのです」

「ほうほう。何ゆえにそのような事態になったのじゃ?」

「実は先日、客人をもてなしていたときに、為義がやってきて、関白の職と藤氏氏長者の位を頼長に譲れと脅してきたのです。おまけに妻子を人質に取られてしまいました。このようなこともあり、屋敷にいるのも危険だろう、ということで、清盛さまの屋敷に保護された所存」

「これは由々しき事態ぞ。明日ここに来るように命令しておく」

 鳥羽院は急いで祐筆に書状を書かせた。


 29日。宇治の平等院にいる父忠実と頼長が鳥羽殿に呼び出された。

「院、突然親子そろってのお呼び出しとは、いかがなさいましたかな?」 とぼけた笑顔で、忠実は鳥羽院に話しかける。面の皮が厚いとはこのことだ。

「実は忠通から、お前たちに脅されたという報告を受けたのだ」

「脅された? 嘘をおっしゃい。どうせ盗賊にでも入られたのでしょう? なあ、頼長よ」

「父上のおっしゃる通りです。兄上の不孝は事実ですが、私たちが為義を使って兄上を襲った根拠は、どこにもございません。為義は検非違使として、立派に都の治安を守っているではありませんか。そんな人が兄の自宅を襲うなど」

 するはすがない、と頼長が言おうとしたところで、

「では、証言者がいるとしたらどうする?」

 鳥羽院は手を叩いた。

 院と摂関家の3人の前で礼をした後、清盛はことの顛末を全て話した。

「おのれ白河院の御落胤め!」

「貴様、どういう縁で兄上と会った?」

「左府殿。今はそのようなことは一切聞いていません。あなたたちが、関白殿下の妻子を捕えて人質に──」

「さっきも言ったが、それは賊の仕業だ! それよりも院、このような虚言を話す輩の言うことは一切無視されてください」

 頼長は清盛の言うことを遮るように言った。

「これは脅迫ではありません。忠言ですぞ。そして忠通」

 忠実は忠通の方を向いて続ける。

「さっさと氏長者の位と東三条殿、関白の位を頼長に渡すんだな」

「父上、それは妻子を返さない限りはできません」

 忠通は父の要求をきっぱりとはねた。

 忠実は忠通の耳元に近づき、囁く。


「そうかそうか。なら、私のかわいい孫の命がどうなってもいいとな」

「それは……」

「たとえ憎きお前の子といえども、私にとってはかわいい孫だ。それを殺すのはあまりにしのびない。どちらにとっても、かわいい子を失いたくないだろう? それでもと言うのなら、為義を使って、お前のことも消すからな」

「忠実、これ以上吹き込むのは辞めよ」

 鳥羽院は怒鳴った。

「これは失礼いたしました。この子は親の言うことを不孝者でね。それと、もしも頼長に関白と氏長者の座を明け渡すということができないのなら、帝も人質に取り、院を幽閉しますが、それでもよろしくて?」

 忠実は、うやうやしい口調で要求した。

 脂汗を流しながらしばらく黙り込んだあと、鳥羽院は、

「それだけは辞めてくれ! 頼む。あ、そうだ、こうしよう! お前たちが奪いたがっている氏長者の座は、頼長に譲ることはできても、関白の座までは明け渡すことはできない。その代わり、頼長を内覧の地位にすることはできる。それならばどうだ?」

 突然の妥協案を出した。先ほどまでの強気はどこへ行ったのやら。

「頼長を関白にできないことは口惜しいが、これでも構わない」

 忠実は条件を飲んだあと、忠通の方を向いて続ける。

「院も認めた。さあ認めるんだ」

「うぅ……」

 忠通は頭を抱えた。自分の官位を守るか、それとも愛する家族を守るか。自分の保身をすれば鳥羽院は幽閉され、近衛帝、多子も人質になる。そして家族は為義に殺されてしまうことに。愛する家族を守れば、彼らの命と引き換えに、住む場所と氏長者の座を失ってしまうことになる。自分の位や財産と家族の命。天秤に測ってみれば、家族の命の方が重い。

 覚悟を決めた忠通は、

「摂関家に伝わる宝と氏長者の座は頼長に譲ります。ですから、妻と子どもたちを放してあげてください。お願いします」

 父と弟に頭を下げた。

「それでいい。お前の子どもは解放してやる。ただし、もう二度と我々藤原摂関家とは関わらないでもらいたい」

「わかりました……」

 藤原親子が脅したことで、忠通は家族の命こそは助けられたものの、住む場所や財産を失うことになってしまった。


   3


 六波羅の平家屋敷を出るとき、一門総出で忠通の見送りをした。

「本当に申し訳ない。親子で私と家族のために頑張ってもらったのに」

 忠通は頭を下げる。

「いえいえ。こちらは善意でしたことなので、お気になさらず」

 忠盛は謙遜した。

「そうですか」

 忠通は清盛の方を向き、

「父上や頼長は平氏の敵でも、私は味方です。何かあったときは、いつでも力になります」

「そのときは、よろしくお願いします」

「しばらくの間は、帝と娘のお世話になることになりましたので、私はこれにて」

 忠通は牛車に乗って、仮住まいのある娘の屋敷へと向かっていった

「お元気で」

 清盛は手を振って、平家屋敷にいた居候の関白を見送った。

 牛車の影は道を進むごとに小さくなり、次から次へ行き交う往来の中へ消えていく。

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