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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
追憶編 鳥よ、鳥よ、いずこへ墜ちる
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17. 千年の陽が落ちる

 ――勇世歴1000年、8月末。


 カーァ、カーァ。


 朱に染まった空を、数羽の黒いカラスがゆく。風にたなびく雲が、夕日を追うように西へと流れていく。

 木陰になった塀の上で涼風に当たりながら、コトリはすやすやと寝息を立てていた。

 日没を知らせる鐘が王都に鳴り響く間も、向かいの店先では店主と常連客が世間話をしている。それらの音は三角の耳が拾うも、もはや日常の一コマと化しているので全然気にならない。いやむしろ、いつもと変わらない情景はコトリの心を落ち着かせる。

 危険なことなど何一つ起こらず、このまま永遠に穏やかな時が過ぎればいい――。


 ゆったりと平穏な時に身を委ねていると、不意にコトリの鼻がムズムズと動いた。耳がピクリと神経質に跳ね、尻尾が鞭のようにしなる。ピリピリと髭に電気のような刺激が走る。

 これは……危険の予兆だ!

 慌てて飛び起きたコトリだったが、災難は既にすぐそこまでやってきていた。


「あーっ、ちっちゃいねこちゃん! 今日こそさわらせてー!」

「へへっ、おもしろいから石なげようぜ!」


 好奇心いっぱいの女の子と、悪ガキ一名。

 冗談じゃない。乱暴に撫でられるのは御免だし、石なんて当たったら怪我してしまう。

 コトリは急いで塀の向こうに飛び降りると、一目散に裏庭へ向かって駆け出した。背後から残念そうな子供たちの声が聞こえてくるが、無視して走り去る。

 生け垣の中にズボッと飛び込むと、塀と本邸の間の暗くて細い通路を駆け抜ける。その先にあるのは、野菜や花がたくさん植わっている広い菜園。

 中庭だ。

 中庭を挟んだ本邸の反対側には、仲間の一人が作業場にしている離れがある。低木がずらりと壁のように並んでいて、もはや別の敷地だ。


 コトリは中庭を横切らず、本邸の壁際に生えた樺の木にわしっと飛びつき、勢いをつけて二階の高さまで駆け登った。

 うまい具合に伸びた枝を伝い、開いたままの窓からフォルスの部屋へ侵入する。

 音もなく机の上に降り立つと、部屋の主はコトリに気づいた様子もなく誰かからの手紙を読んでいた。


「…………」


 わざと足音を立ててみたり、手紙をつついたりするけれど、一瞬たりともこちらを見ない。無視しているのかと思うほどに無反応だ。

 ムッとしたコトリは机から飛び降りると、ぐるりと椅子を回り込んでフォルスの膝に飛び乗った。そして、思いっきり後ろ足のバネを伸ばして――決死の頭突き。


「あだっ!?」


 ゴチンと鈍い音を立てて、脳天に衝撃が突き抜ける。こちらも相応のダメージを負ったが、顎に頭突きを食らった敵もまた目から火花を散らして大きく仰け反った。


「痛いではないか! 何をする!」


 フォルスは目にうっすらと涙を浮かべて、牙を剥いた。

 しかしコトリは知らん顔。机に座ってぺろぺろと前足を舐めている。それを見たフォルスは、途端に情けなく眉を下げて消沈した。こういう時のコトリには、いくら怒っても無駄だと知っているのだ。

 悔しさを堪えた様子で立ち上がると、机横の窓際へ移動する。その際、横目で妹を睨むのは忘れない。


 南に面した窓からは、中庭の様子がよく見える。菜園と花壇が半々といったところ。斜めに蛇行する小道が境界になっている。

 景観に拘らないフォルスの代わりに中庭を手入れするのは、森人族のグリモロジェだ。彼女は中庭の奥の離れも管理――というか専有しており、様々な薬品や魔術道具を製作している。作られた道具の数々は、たまに魔物討伐において活躍する。食費を節約するだけの要員ではないのだ。


 日はほとんど沈み、川底のような暗闇が空に蓋をしている。その下に横たわる、オレンジ色の空。

 紺とオレンジとに上下二分された空は、まさに天地の蓋が閉じられようとしているかのようだった。


「千年経ったなぁ」


 何とはなしにフォルスが呟いたのを聞きつけ、三角の耳がぴくりとそよぐ。

 彼の一言は、コトリの心に小石を投げた。

 寂莫とした思いが波紋のように広がる。心が負の感情に支配されていたのは、もう遠い昔のこと。傷は癒えたとは言えないが、あの頃のことを思い出しても激しく苦しむことはない。

 けれど、友を手に掛けた罪の意識は変わらずに燻り続けている。


 あれから一度も北には足を運んでいない。現在クラカ大陸と呼ばれる元北大陸は、凶悪な魔物たちが蠢く魔境と化しているという。

 人間の生き残りなどとうにいない。しかし、なぜか魔物たちは北に集まる。

 獣人族の里は蔦に覆われてしまっただろうか。プーケたちの墓は荒らされていないか。巨人族の岩山は、今もなお氷に閉ざされたままなのか。

 フォルスの力を借りれば、それらの疑問は解決する。しかしコトリは尋ねないし、彼も何も言わない。

 確かめるなら、自分の目で。

 ありえないくらい時間がかかってしまったが、ようやく過去に向き合う決心がつきそうなのだ。その前にやらなければならないこともある。

 ――遅くなったこと、怒っていなければいいけれど。

 心の中で呟くと、コトリは丸くなって目を瞑った。



 +++



「おおい、ロジェ。こっちの萵苣チシャも採りたい。カゴを持ってきてくれ」

「えええ、またですかぁ? 何回往復させるのです。ちょっとロジェ使いが荒いですよ、マカロフ!」

「すまんすまん、これで最後じゃ」

「もー……しょうがないですねぇ」


 呆れた溜め息と共に、こんもりとした茂みのような生き物がモッサモッサと歩いてくる。籠を掲げた三匹の小人が後ろからトテトテとついてくるのが、何とも言えず愛らしい。

 菜園の萵苣エリア前に屈んだマカロフの隣までやってくると、小人たちはそれぞれの籠を地面に下ろす。

 マカロフが刈り取った萵苣を籠に移すのをじーっと見守っていたロジェだったが、突然ハッと背筋を伸ばした。


「はっ。もしかしてこれ、わたしが移動する意味ないのでは!?」

「そう言えばそうじゃな。わっはっは!」

「がーん……」


 大げさに沈み込むロジェを見下ろしたマカロフは、籠の一つに目を向けて「おっ」と嬉しそうな声を上げた。

 その籠には、鈴なりに生った青い実が枝ごと入っている。


「ブルーベリーか。色付きがよく美味そうじゃ」

「これは食べちゃダメですよ。お供え物なのですから」

「お供え物? 一体誰へのじゃ?」


 枝に伸ばそうとした手が、ロジェの一言で引っ込む。

 訝しげな爺の顔を見上げて、ロジェは大きく胸を張った。


「それはもちろん、我ら森人族の祖先、スピカ様ですよ」

「森人族の祖先?」


 聞いたことのない話だ。

 ロジェの祖先、ならまだ分かるが、種族の祖先なんて考えたこともない。人間はみな女神に創られた生き物であり、祖というものがあるならば、それは女神以外にないはずだ。

 マカロフの疑問を感じ取ったロジェは、誇らしげに語りはじめる。


「スピカ様は、千年前に実在した妖精族最後の生き残りなのです。当時、わたしたち森人族は樹人族と呼ばれ、暗く深い森の木に混じって生きていました。樹人族とは、文字通り木と人の特徴を併せ持った種族ですが、実態はほとんど木に近かったそうです。大地に根を張り、少ない日光を取り合いながら、ただただ生きるだけの毎日……。想像するだけでつまらないのです」


 声を低くして、子供のように土を蹴る。

 しかし一転、ぱっと顔を上げると明るい調子で話し続けた。


「けれど、スピカ様が一族に迎えられてから、今のわたしのような姿をした者たち――森人族がポツポツと生まれはじめたのです。魔法を使える者も増え、また、植物を育てる魔術を得ました。樹人族は生まれた場所から一歩も動くことができませんでしたが、森人族は自らの意思で歩くことができます。スピカ様のおかげなのです!」

「ほうほう、お前たちにそのような歴史があったとは」


 マカロフは髭を撫でながら感心する。その足元では、小人たちが手持ち無沙汰なのかブドウの蔓であやとりをして遊んでいる。一人がダイヤモンドを作ってみせると、他の二人がパチパチと小さな拍手をした。


「けれど、森人族の多くは生まれた森を離れることはありません。残念なのです。せっかく、世界へ自由に出ていける足を手に入れたのに。ぷぷ! 足なのに手って! ぷぷぷー!」

「そこ、笑うところかのう?」

「はー、面白かった。ところでマカロフ、森人族がどのように死ぬか知っていますか?」

「は? 死ぬ?」

「わたしたちだって死にますよ。人族に比べると長生きですけれども」


 もちろんマカロフはそこに驚いたのではなかった。突拍子もない質問に戸惑ったのだ。


「寿命が近づくと、地に根を下ろして木となるのです。樹人族だったかつてのように。そして、死んだ後も周囲を見守り続けるのですよ。今度は木としての寿命が尽きるまで」

「…………」

「わたしはそうなる前に、外に出ようと思ったのです。そして、どこか別の場所で死のうと思ったのです」


 ロジェは朱い空を見上げた。その顔は、木の葉の影に隠れて見えない。しかし、心は感傷で満たされているのが手にとるように分かる。

 気づけば、小人たちもロジェの言葉に耳を傾けている。


「スピカ様は生まれ故郷を離れて、海を渡り、遠い大陸へ旅しました。妖精族は森と共に生きた種族。それが海を渡るだなんて……。きっと、大変辛い思いをしたことでしょう。何度も帰りたいと願ったはずです。ひとりぼっちで寂しかったでしょうね。故郷や仲間を失ったスピカ様のお気持ちを考えると、涙が出そうになるのです」


 小人たちがしくしくとすすり泣く。ロジェも涙を堪えるように俯き、肩を震わせる。だが、キリッと顔を上げた。


「でも泣かないのです。スピカ様は勇気を奮われました。その勇気が結実し、わたしたち森人族が生まれました。スピカ様は、森人族にとって第二の女神様と言うべきお方。ですから、わたしも勇気を出して旅に出たのです。スピカ様がなさったように、生まれ故郷ではない別の地で、わたしもわたしの花を咲かせるのです」


 そう言って、決意を示すようにぐっと拳を握りしめる。


「いつか、王都一帯を森に変えてみせるのですよ。それが、ロジェのささやかな陰謀なのです!」

「ロジェ……」


 ロジェの横顔は、見えないもののキラキラと輝いていた。

 強靭な生命力を持つ植物は、時に固い岩盤さえも割り、太陽の下で花を咲かせる。その花はいつか朽ち果てようとも、決して儚くなどない。新たな種が、やがて再び芽を出すからだ。

 マカロフは皺の刻まれた顔を綻ばせ、目を細めて笑った。


「ふぁっふぁっ、森と化した王都か。見てみたいのぅ」

「マカロフはもうお年なのです。残念ですが……」

「容赦ないな、お主」


 厳しい展開に、ついマカロフも真顔に戻る。

 確かに、今年でもう65歳。森人族と違い、いつお迎えがきてもおかしくない年だ。だが、彼にはまだ心残りがある。すでに望みはないに等しいけれど、どうしても諦めきれないことが。だから、叶え難い目的がもう一つくらい増えたって、どうということはない。


「いいや、この目でしかと見てやるわい。お主の森を。いつか必ず、な」

「……はいです! 必ずお見せしましょう!」


 マカロフとロジェは、互いに目を合わせて笑いあう。


 今日も王都は何事もなく平和に過ぎ行き、美しい月が顔を出す。

 千年前、五人の勇者たちが人間の復権を打ち立てた年を、勇世歴の一年目と定めた。

 今年は勇世歴1000年の節目。

 このまま何事もなく過ぎ去って行くことを、誰もが心の底で願っていた――。



 追憶編 鳥よ、鳥よ、いずこへ墜ちる (終)

追憶編、完了です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

次回更新までまた日が空きますが、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

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