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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
追憶編 鳥よ、鳥よ、いずこへ墜ちる
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1. 陽のあたる世界

【あらすじ】

時は遡って千年ほど前。女神の眷属コトリは、巨人族の友人ゴノムと穏やかな日常を送っていた。光に溢れた優しい世界。しかし、昏い地の底では、今まさに異変が起きようとしているのだった――。

 追憶編 鳥よ、鳥よ、いずこへちる



 千と二十年と少し前


 原初の時代、世界には広大な大陸が一つあるだけだった。

 しかしある時、強大な力が大地を四つに割る。その割れ目に大量の海水が流れ込み、それぞれの大地は完全に分断された。

 中央大陸、西大陸、南東大陸、そして北大陸だ。

 その四つの大陸と海、大小様々な無数の島からなるのが、女神エルプトラが生み出した世界アル・エトの現在の姿である。


 まだ海にも陸にも名前はない。アル・エトに暮らす人々は、世界の形を知らない。知っているのは自分たちの縄張りの範囲と種族としての生き方、そして敵の名前だけ。

 そう、彼らには敵がいた。

 異種族という敵が。


 その頃、女神によって創造された人間種は五十を越えていた。森にも丘にも、山にも海にも平地にも、異なる種族の人間が溢れかえっていたのだ。更に、各々独自の文化を持ち、特徴を兼ね備えていた。

 たとえば、天人族は世界で唯一の有翼人だ。生まれてくる子のほとんどが魔法の才を持っている。

 火蛇カジャ族は火袋という器官を持ち、強烈な炎を自前で吹く。

 他には、女しかいない妖姫族、自由に骨を出し入れし、武器にもできる奇怪な羅骨族など。


 厄介なことに、一部を除いて、優れた能力を持つ種族ほど好戦的な傾向にあった。これは、彼らを創った女神の趣味だろう。強い者同士を競わせて楽しむ、といった趣向にのめり込んでいた時期があったのは、残念ながら事実である。

 彼女の期待通り、天人族や火蛇族などの強者は、常に敵を作り戦った。

 争いは争いを呼び、大陸全土へ広がっていく。大人しく戦いを好まない気質の種族は、ひっそりと息を潜めて暮らすしかない。

 種族間の衝突はいつまで経ってもなくならず、各種族はますます閉鎖的になっていった。


 これは、人間たちが繁栄を謳歌した、最後の時代の物語である。


 +++


 北大陸――後に禁断のクラカと呼ばれ恐れられることになるその大地は、中央に広がる山地が面積のほとんどを占める、大きな島といった規模の大陸だ。

 そこでは、三つの種族が縄張りを作って暮らしている。

 巨人族、妖精族、獣人族である。


 巨人族は険しい断崖が迷宮のように連なる東の山岳地帯に、妖精族は西一帯に広がる森に、獣人族は幾筋もの川が流れる肥沃な南平野に集落を築いていた。


 最も広い縄張りを持つのは妖精族だが、最も数が多いのは獣人族だ。彼らは南平野を中心としつつ、少しずつ領土を拡大している。最近では、巨人族との境界線である南東の断崖近くにも狩場を作った。

 新しい火種の予感がした。


 +++


 ここは、北大陸と中央大陸の間に広がる海の上。水平線の向こうに大きな入道雲を眺めながら、一羽の小鳥が疾風はやてのような速さで大空を駆け抜けていく。

 ビュウビュウと唸る風以外、何も聞こえない。天上高くに坐す太陽、キラキラと無数の光を反射する青い海原、何もかもが心地よく、小鳥は目を細めてクルリと回る。


 海面すれすれに翼を付けると、白い水飛沫が舞い上がった。小鳥を仲間だと思ったのか、トビウオが水中から飛び出して真横に並ぶ。思いがけない旅の供に、嬉しくなった小鳥はピィと甲高い声で鳴く。けれどトビウオの姿はすぐに水中に没し、楽しかった共連れはあっという間に終わってしまった。


 今度は、力強く羽ばたいてぐんぐんとスピードを上げる。

 風が後方へ流れていく。

 どんどんどんどん、流れていく。


 雲が途切れ、大陸の影が見えてくる。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、砕いた氷のように尖った山々。頂上付近の雪は夏でも解けることがなく、大陸のどこにいても目印になる。


 山地の南に広がるのは、青々としただだっ広い草原。西部を覆う森と同じく、山の水がここまで育んだのだ。

 草原を縄張りとするのは獣人族。草原の間を流れる幾筋もの川のそばに、彼らはいくつかの集落を作っている。数の多い彼らは部族を分け、それぞれの集落を狩場の近くに建てた。

 建物は木と乾燥させた草を組み合わせただけの、とても簡素な造りだ。寒さに強い獣人族にとって、断熱はそれほど重要ではない。集会所など、太い支柱に屋根を被せたに過ぎないが、いっそのこと大胆で清々しい。


 里には獣人たちの姿もあった。里の中でも弓や槍を担いでいるのは、狩りを誇りとする彼らならではの習慣だ。

 獣人族は狩猟民族であると同時に戦闘民族でもあり、罠を張らずに自分の技量で獲物を狩ることを信条としている。そこに年齢や男女の別はない。

 彼らは頭上を横切る小鳥の姿に気がつくと、思い思いに手を振るのだった。



 次に、小鳥は西へ飛んだ。

 妖精族の縄張りだ。

 獣人族の縄張りとの境界は、傷跡のように深く大地に刻まれた渓谷。若緑の木々が谷を覆い、白い飛沫を上げて滝が落ちる。水面に浮かんだ落ち葉がすいすいと渓流を下っていく様を見ていると、清らかな水音が上空まで聞こえてくるようだった。


 谷の向こうはガラリと景色が変わる。

 一面、鬱蒼と茂った暗い森が広がっている。この森全体が、妖精族の棲み家だ。

 森の中央には、一本の巨木を中心とした"大樹の庭"がある。

 妖精族は集落を持たないが、大樹が家の代わりのようなものだ。普段は木のうろで寝起きし、好きな時間に好きなだけ木の実や果実を採って食べる。


 彼らは、植物をあっという間に成長させる儀式を代々受け継いできた。それは魔術と呼ばれ、魔法とはまた別の技術なのだが、本人たちはそのことを知らない。細かいことが分からなくても、美味しい果物が食べられたらそれでいい。自由気ままな種族である。


 もうひとつ、森の西には人魚の入り江と呼ばれる特別な場所がある。その名の通り、人魚メロウ族が遊びにやってくる入り江だ。

 この時代にあって珍しく、妖精族と人魚族は仲が良い。双方とも争いを好まず、また、棲み家が陸と海とにハッキリと分かれているため干渉し過ぎることがないからだろう。それに、海は海龍が掌握しているおかげで、陸に比べれば随分平和だ。火種がないから、精神的にも寛大でいられるのだ。


 今日は三人の若い人魚が入り江を訪れており、森の果物を抱えた妖精族と何やら楽しげに会話をしていた。

 彼女たちは空を飛ぶ小鳥には気づかず、小鳥もまた地上には降りず、そのまま北へ飛び去った。


 山の北側には何もない。低木がポツポツ、蒼く荒涼とした原野が横たわるのみ。何となくからっ風が渦を巻いているような気のする、寂しい土地である。

 だが、そこから望む中央の山々――通称真ん中山は、南側から見た時とは異なる壮大な息吹を吹かせていた。


 例えるなら、巨大な獣の背骨。無骨だが芸術的な美をも感じさせる尾根が、西から東へ連なっている。その下に古代の生き物が眠っていると言われたら信じてしまいそうな、神秘的な眺めだった。


 そのロマン溢れる自然を右に流し、ぐるりと山脈を回り込めば、目的地である巨人族の縄張りが見えてくる。

 天辺をハンマーで叩かれたみたいに平らに均された絶壁の岩山が、幾層にも積み重なっている。一見すると台地のように見えなくもないが、巨大な山の群れなのだ。

 この岩山が、巨人族の集落だ。

 裂け目から中に入ると、道が迷路のような複雑に分かれており、巨人族以外だとすぐ迷子になってしまう。

 だが、空を飛ぶ小鳥には無縁である。悠々と高度を上げて上空を飛び去ると、岩山の南西にこんもりと茂る森に向かった。


 巨人族の縄張りでは、何もかもが大きい。木も花も動物も、普通の四、五倍まで成長する。まさに巨人族のためにあるような土地だ。


 しかし、今日の森は荒れていた。というのも、根本からスッパリと伐られ、丸太にされた木が点々と転がっているのだ。どう見ても人間の仕業に違いない。

 転がった丸太を辿っていくと、人族の五倍はある大きな生き物が、真新しい切り株に膝を揃えて座っているのに出くわした。別の切り株には、斧の刃が食い込んでいる。どうやら木こり仕事の休憩中らしい。もしゃもしゃと食べているのは、串に刺した焼きキノコ。当然のようにキノコも大きい。

 彼は小さな追跡者に気がつくと、ぱかっと開けた口を串から離して、ニッコリと笑った。


「こんにちは、コトリ。今日は一人なんだねぇ」


 呼ばれたコトリは空中で幻術を解くと、人族でいう十歳くらいの少女に戻って、巨人の肩にすたっと降り立った。

 雪のような少女である。

 真っ白な肌に、真っ白な髪。サラサラとした髪を青い組紐で二つに縛り、肩から前へ垂らしている。湖のように澄んだ薄青の瞳に、小さな鼻と口。完成された陶器人形のような美しさだが、同時に儚げでもあった。

 が、口を開いた途端、そんな印象は淡雪のように解け失せる。


「ラーナとは絶交したの。もう許さないんだから。ゴノムもラーナと口きいちゃ、だめだからね」」


 慣れた様子で巨人の肩に腰かけながら、コトリは唇を尖らせる。それに対するゴノムは、完全に呆れ顔だ。


「またそんなこと言って……。子供だなぁ、コトリは」

「子供じゃないもん」

「はいはい」


 ぷっくりと膨らんだ頬には、これでもかと不機嫌さが詰まっている。しかし珍しいことではない。コトリと来たら、笑っているか怒っているかのどちらかなのだから。

 呆れた口調とは裏腹に、ゴノムはくすりと笑みを零す。彼にとって彼女は、年の離れた妹のような存在。ご立腹モードも可愛いものだ。

 第一、コトリとラーナはしょっちゅう喧嘩をしているので、今回だってきっと何度目かの絶交に違いないと彼は推察した。事実そのとおりで、彼女らはゴノムの知らないところで百回以上絶交しているのだった。


「で、原因は何なんだい?」

「…………」


 コトリはむくれたまま、目をふいっと明後日の方向に向けた。それを横目で確認したゴノムは、ははぁと心の中で予想をつける。

 理由をハッキリ言わない時は、決まって"あれ"が原因の時だ。


「さてはまた"兄様"の取り合いだね?」

「ちがうもん。今日のはちがう」

「じゃまたどうして?」

「…………」


 珍しく難しい顔で黙ってしまった。

 ゴノムはよっこらせと立ち上がると、切り株に突き立てた斧を抜く。かなり深く突き刺さっていたのだが、巨人族の膂力にかかればリンゴに刺さった針を抜くようなものだ。

 さて、仕事の再開である。休憩はもう終わりだ。時計などないので大体の感覚で測るしかないけれど、昼食も食べ終えたし、そろそろ午後の仕事に取り掛かる頃合いだろう。


「よいしょ」


 カコーンと音を高鳴らせ、巨人の腕で一抱えはある大木に斧を振り下ろす。

 何度も何度も振り下ろす。その度にパキンパキンと、小気味の良い音が響く。

 ゴノムが斧を振るうと、コトリの体が宙に浮く。そしてまた元の位置に着地する。

 その繰り返し。


 木は順調に削れていくが、コトリは次第に疲れていった。

 黙ってしまったのは、今朝起きたことをどうやって説明すればいいのか分からなかったからだ。

 ゴノムに理解してもらうには、彼の知らないことが多すぎる。その全てを説明するなんて、話すことが得意でないコトリにはかなり難易度の高いミッションである。

 結局、完璧に説明することを諦めたコトリは、巨人の頬を小さな手のひらでグニグニと押しはじめた。


「ねえ、聞いてよ。ゴノム」

「はいはい、聞くよ。このままでいいならね」

「このままでいいよ。だから聞いて」

「うんうん。なんだい?」


 また子供扱いされているような気がする……。

 一抹の不安が頭をよぎるコトリだったが、気を取り直すと、ラーナへの怒りもあらわに眉をきゅっと上げるのだった。


「あのね、ラーナがね、わたしをキトラのいけにえにしたの」

「生贄だって!?」


 驚いた拍子に、ゴノムの手から斧がすっぽ抜けた。斧は勢いよく真ん中山の方角へ飛んでいき、あっという間に見えなくなる。

 二人してぽかんと西の空を見つめていたが、どちらからともなく顔を見合わせた。


「危ないよ、ゴノム」

「うん……そうだね」


 コトリがいきなり変なことを言い出したからなのだが。

 仕方がない、すぐに探しに行かないと。


「それで、キトラって誰?」


 生贄という不穏な発言が気になりすぎたゴノムは、ゆっくりと歩きながらコトリに尋ねた。


「キトラは、わたしたちの仲間。おんなじ母様の子」

「じゃあコトリのお姉さんなのかい? それとも妹?」

「うーん……? 姉様じゃ、ないかな」

「え? 親が同じなの姉妹じゃないの?」

「うん……」

「でも兄様はいるんでしょう?」


 首を捻っていたコトリは、その質問でゴノムの疑問が理解できた。


「あのね。そんなんじゃないの。兄様とマグナ様は、わたしたちとはちょっと違うの」

「マグナ様って?」

「マグナ様は光神族。わたしたちとおんなじ、母様の子」

「光神族? あれ、でもコトリは……。えっと、やっぱり意味が分からない。わたし"たち"って誰のこと? 母親が同じで、一人は兄で、二人は兄妹じゃない? いや、どうなんだっけ? あれ……?」


 謎は絡まる。

 コトリはもはや何も考えていないのが、ちらりと見えた表情から丸分かりだった。

 真面目に解こうとしている自分が馬鹿みたいだ。

 急速にテンションが下がっていく。


「まあ、いいや。で、キトラの生贄ってどういうこと? その人は生贄を欲するのかい?」


 半ば投げやりになってしまったゴノムには気付かず、コトリは今朝のことを思い返した。


 とある町の路地裏でスヤスヤと寝ていると、突然キトラとラーナが襲ってきた。正確に言うと、キトラに追いかけられたラーナが、コトリの下へ逃げ込んできたのだ。

 キトラはたまにそういう暴挙に出る。鬱憤が溜まると、お気に入りの女の子を撫でくり回してストレス発散するのだ。キトラはいいかもしれないが、被害に遭う方は堪まったもんじゃない。

 暑いし、疲れるし、髪はボサボサになるし。

 間の悪いことにコトリは目が覚めたばっかりで、何が何やら分からないうちにキトラの前に差し出されてしまった――ラーナの手によって。足掻いたけれど結局逃げられず、そのまま犠牲となったのだった。

 だから、いけにえで合っているはず。

 コトリは自信を持って頷いた。


「そんな感じ」

「そうなんだ……。怖いね」

「うん」


 と、上機嫌に足をぶらぶらさせる。

 コトリはすっかり上手に説明した気分だが、もちろんゴノムは何も分かっちゃいない。キトラは何者なのか。なぜコトリを生贄にしたのか。生贄にされたはずのコトリは、今自分と話している。そのことに気付いた瞬間、なんかもうどうでもよくなった。


 どうでもよくなったが、意味のないやりとりだとは思わなかった。

 コトリと一緒に過ごす、この時間が好きだからだ。


 閉塞的な岩山の家で、毎日寝て起きる。外に出て、太陽の光を浴びる。その日その日の仕事をこなしていたら、空から小鳥がやってきて、可愛らしい女の子へと姿を変える。真剣なのか、ふざけているのか分からないような話をして、あまり声を上げて笑うことはないけれど、静かに、穏やかに、お互いの存在を確かめるように流れていく時間が好きだ。

 コトリが会いに来てくれるだけで、この世界には光が溢れていると思える。

 意味のないやりとりにさえ、幸福が満ちている。

 だから、自分には必要な時間だ。

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