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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第四話 古き聖者の探訪記録
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5. 一日目

 護衛の仕事は、サラたちと合流したその日からさっそく始まった。

 記念すべき第一回だ。いつ崩れるともしれない山奥。そこにいること自体が命懸け。しかし、そんなことを気にする人間は一人もいなかった。ただ時間が惜しい、その一心で全員が動いた。


 特に、調査員の動きには一切の無駄がなかった。アイーダたち増援が来る前に、手順を決めておいたのが大きい。追加戦力が予想以上だったため、当初より大胆な動きを組み入れることで計画に変更が出てしまったが、それはむしろ嬉しい誤算だった。


「みんな知っての通り、聖遺物には通常、紋様や文字がどこかに刻まれているわ。それらを採取して、様々な資料を参考に年代、造り手、機能などを特定するの。でも、100%は期待しないこと。汚損や劣化なんかで読み取れないのは当たり前だし、資料だって完璧じゃない。とにかく手がかりを多く集めるのよ。あ、ハーヴィ、魔力採取器は数種類用意して。あと道具箱を忘れないでね。それからアールは――」


 いかに手際がいいとは言え、サラたちが準備を整える間、〈千年氷柱〉の面々は暇だった。

 崖の縁に腰を掛け、城壁のような光匣アークを眺める。イオリだけは燃え上がりそうな熱い視線で。そんな彼女の様子が不思議で、アイーダは暇つぶしを兼ねて声をかけた。


「イオリちゃん、聖遺物マニアだったんだねぇ。知らなかったよ」

「ままま、マニアだなどと……! ただちょっと、気になるだけでっ。決して、決して暇ができるたびに鉄人馬を見に行ったりなどしていないよ!」

「なに好きな人を指摘されて図星だった純朴少年みたいな反応してんの。逆に怪しいよ」

「すすす、好きな人!?」

「そこに食いつくんかい」


 思わず吹き出した。

 調査員や騎士たちから離れたところに陣取ったため、三人のやりとりは誰も注視していない。なので、ある意味気兼ねなく、いつも通りに振る舞うことができた。


「はぅ……しかし美しい。まるで腕に子を抱こうとする巨人のようだ。見えるかアイーダ殿、ジーン殿。頭部のように石が積み重ねられた塔があるだろう。そこの壁に文字が刻まれている。残念ながら、なんと書いているのか私には読めぬが。胸にある炎のような紋様も見事だな。うっすらと赤く縁取られているのが実に繊細で綺麗だ。紋様から方方に線が伸びているが、あれは何なのだろうな? ほとんど途切れているが、何か意味があるのだろうか。いや、あるに違いない。私などには及びもつかぬ、未知なる遺物だものな」


 夢見心地で語るイオリの姿に、もはや苦笑すら出てこない。これは相当な筋金入りだ。なぜ今まで気づかなかったのだろうというくらい。


「あたしにはなーんも見えないよ。イオリちゃんはやっぱり目がいいねぇ」

「当然だ。目は私の最大の武器だからね。その気になれば、王都くらいの広さなら、向かいの城壁に立つ人の表情まで見えるよ」

「すご。普通、人が立ってるのすら見えないと思うんだけど。街の絶景ポイントとか網羅してそうだね」

「もちろん。今度とっておきの場所に連れて行こうか?」

「いいの? じゃあデートだ!」

「よし来た、了解」

「約束ー!」


 女二人はにこやかに盛り上がっていた。

 ジーンは何か言いたげに、しかし口には出すまいという意思を湛えた目で彼女らを見下ろす。その心中は誰にも分からない。

 凍えるような青い目は、ひっそりと佇む光匣に向けられた。

 物言わぬ巨人。

 古代の遺物。

 しかし、今もなお動き続けている。


「一体何を守っているんだろうな」


 彼の呟きは誰にも届くことなく、風に消えた。


 +++


「ふーむ。予想通り、星石ね。星銀に比べて珍しいものではないとは言え、あれが全て星石だと思うと迫力だわ。この欠片は持ち帰って精査しましょう。生産地が分かるかもしれない。上手く行けば造られた年代も絞り込むことができる」


 空が茜色に染まる前にキャンプに戻ったサラたち調査班のメンバーは、焚き火を囲んで会議を始めた。

 メンバーは全員で六人。小さな村へ騎士に紛れて送り込める、ギリギリの数だった。

 そこまでして聖遺物の存在を隠そうとしているのは、五聖教会の目を避けたいからだ。トラン王国では五聖教を国教としており、総本山ハロンの命令はたとえ国王でも無視できない。万が一光匣(アーク)の存在が漏れ教会が介入しようとしたら、拒むことは難しい。

 しかし、光匣は国を助けるかもしれない大事な発見だ。みすみす教会に明け渡すわけにはいかない。

 だからこその極秘任務だった。


 が、それはそれとして、サラたちは研究者としての本能の赴くまま、ありったけの熱意と好奇心を光匣に注いでいた。


「問題はやはり結界ね。門柱に刻まれた文字は、白亜門で見つかったのと同じ。あっちは発見後まもなく文字が欠けて、結界は発動しなくなったと文献には書かれているけど、おそらくコッチが完成形でしょう」

「それだけでも大発見じゃないですか。結界術界隈が大騒ぎしますよ!」


 茶髪の若い調査員がはしゃぐ。だが、何人かは渋い顔のままだった。黒縁メガネを掛けた壮年の男が冷静に言い聞かす。


「そう簡単な話じゃない。現在使われている結界術は、これとは全く別物だ。応用するにしても、新しい魔術を開発するくらいの手間と時間が必要になる」

「でも……」

「いずれにしろ、その話は俺たちに関係ないだろ。魔術師どものやることだ」

「ハーヴィの言う通りよ。目下の謎は、なぜ結界装置が光匣の門柱に組み込まれているのかということ」


 サラの一言で、全員が静まり返った。納得のいかない顔をする者、目を閉じて黙考する者、しきりに首を捻っている者。沈黙の中、先程の若い調査員がおずおずと口を開いた。


「それって謎ですか? 結界を張る理由って、何かを封印してるか、何者も近寄らせたくないか、もしくはその両方のいずれかでしょう? 白亜門にもありましたし、聖遺物と結界ってセットみたいなものでは……」


 サラは首を横に振る。長い亜麻色の髪が動きに合わせて左右に揺れる。眼鏡の奥の双眸は、切れ味鋭いナイフのような冷たさを灯していた。


「分からない? 光匣の結界は不自然なのよ。どうして魔物は侵入できたのかしら? どうして光匣は侵入した魔物を滅ぼしたのかしら?」

「結界装置が動かなかったとか」

「それはないって、あの場で結論を出したでしょ。触れてみると、目に見えない壁のようなものがあった。おそらくあのまま進めば、中に侵入できたでしょう。そして、先に見た魔物みたいに光の槍で貫かれたはずよ」

「魔物だけを選んで中に入れるタイプの結界では?」

「そうだとしても、敵の侵入を許す結界なんて論外よ」


 中に入れる者と入れない者とを選別して作動する結界というのは、現に存在する。迷宮の10階層ごとに設置されている結界がそうだ。決められた階層まで到達していない者は、魔導昇降機エレベータを利用することができない。迷宮通行証と連動した結界に阻まれるからだ。


「光匣はなぜ魔物を通すのかしら。なぜ、せっかく通した魔物を殺すのかしら。殺すために通す? では結界の意味とは? 疑似迷宮を造り出したのは光匣なのかしら。それとも偶然に偶然が重なった? 謎ね。分からないわ」


 分からないと言いつつ、サラの口元には笑みが浮かんでいる。それは、決して飛べない空に挑戦しようとする者の顔だった。


 +++


 サラたちから少し離れた崖の上に、〈千年氷柱〉の三人はたむろしていた。彼女たちには大事な話があるということで、面倒に巻き込まれない――もとい、邪魔にならないように逃げてきたのだ。


 王都から携帯した食料で簡単な食事を済ませ、紫紺と朱の入り混じった星空を眺める。

 辺りはでこぼこした岩場で、崩落のせいでこうなったのか、元々こんな荒れ地だったのかは分からない。

 ただ、見晴らしはすこぶる良い。オーサム村のかすかな灯火はもちろん、今朝方歩いてきた平野やその向こうの森までもが、沈みゆく太陽に照らされて霞んで見えた。


 なんとはなしに見つめるのは、王都グラムウェルの方角だ。郷愁の念に囚われるにはまだ早い。そちらに目が行ってしまうのは、足場が狭いため視界が限られてしまうというだけに過ぎない。そこに因果を感じるのは、探究心の強い人間のさがなのか。


光匣アークがあるのは、ちょうど俺たちの真後ろだな」


 唐突にジーンがそんなことを言ったため、アイーダは驚いて振り返った。


「分かるの?」

「ああ。逆向きにまっすぐ進めば、例の大穴に突き当たる」


 キャンプ地と光匣はそれほど離れていない。けれど間には曲がりくねった道が挟まっているわけで、にもかかわらず正確な位置関係をジーンが把握していたとは俄には信じがたかった。


「それでなんで方向音痴なのか……」

「俺は方向音痴ではない」

「はいはい。ほざいてろ」


 息のあったやり取りに、くすくすとイオリが笑う。物言いたげにアイーダが目を向けたが、結局むすっと口を閉じた。


 ヒュウ、と冷たい風が吹く。八月とは言え、やや標高が高いこの場所では秋口のような肌寒さを感じる。昼間の暑さを覚えている身としては心地よくはあったものの、油断していると風邪を引きそうだ。

 そろそろ戻ろうか、と思いつつ。

 ばさばさと暴れる黒髪を手で押さえたイオリは、グラムウェルの向こうを見据えて呟いた。


「そうか。この位置……。ナスジャの方角でもあるのだな」


 ギクリ――とでも形容しようか。

 彼女の呟きを拾ったアイーダとジーンは、壊れかけの時計のように体を強張らせる。

 そんな二人の様子に気づいたイオリは、慌てて謝罪の言葉を口にした。


「あ、す、すまない。これは禁句だったか?」

「いや。構わない」

「そ、そうそう。ちょっと不意打ちでびっくりしただけ。イオリちゃんが謝るようなことじゃないよ」

「そうなのか?」


 アイーダはもう一度頷くと、どこか悔やむように北北西の地平線を見やった。


「王国民にとって、あれほどの衝撃はなかなかないからね。忘れるには早すぎるんだよ。あの、トチ狂った生贄事件は」


 ――あの日、目にした光景は一生忘れないだろう。

 被害者の絶望が伝わってくるような破壊の跡。遅すぎた到着。あの時感じた悔しさと怒りは、今でも腹の底から沁み出てくる。表情からは読めないが、きっとジーンも同じ気持ちだ。


 ヒュウ、とまた風が吹いた。その風には、どこか瓦礫の匂いが混じっているような気がした。

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