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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第四話 古き聖者の探訪記録
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4. 光の槍

 戦い慣れしている騎士たちは感心した風に、時々感嘆の声を上げながら見物している。

 反対に聖遺物調査班の面々は、やや青ざめた面持ちだった。彼らの足元には飛び散った魔物の部位がシューシューと白い煙を立てているが、誰も気に留めていない。感覚が麻痺してしまったのだ。ただ一人、サラだけが消えていく魔物の肉片を冷静に観察している。


 崖下で突風が円を描き、千千に裂かれた魔物のカケラが宙を舞う。そのいくつかが、斜面を飛び越えて騎士たちの足元にボトボトと落ちる。

 足の小指、耳の一部、内蔵などなど。

 そんなグロテスクなものを延々と見せられたら、恐怖も麻痺するというものだ。


 特に年若い茶色い髪の調査員が、吹き出る冷や汗をそのままに、引き攣った声を絞り出す。


「は、話には聞いていたけど」


 その声を遮るみたいに、バァン、と火を吹くような大きな音が彼の隣から放たれた。

 ほぼ同時に、彼らがいる崖に登ろうとする魔物の頭が、獣にでも食いちぎられたかのように消失する。豚のように丸い腹をしたそれは二、三歩だけヨロヨロと足を動かすと、首からドクドクと血を垂れ流しながら地面に崩れた。たちどころに血が、首が、細く長く白煙を噴く。


 ビクッとして隣に目を向ければ、長い筒のようなものを顔の前に構えたイオリが、早くも次の獲物を狙っている。

 そして再び轟音。

 首なし死体がまた一つ出来上がり、イオリは淡々とレバーを引く。ボルトから光の粒が吐き出され、霧のように空気に溶けていくのを、茶髪の調査員はただ呆然と見つめた。

 このようにして、崖に近づこうとする不届き者は皆、這い上がる前に排除される。なので崖上にいれば安全だった。



 崖下では、ジーンとアイーダによる一方的な殺戮が繰り広げられている。

 敵はざっと数えて五、六十。それより多くても、百は行かない。その相手をたった二人で、と聞くとかなり不利なようだが、向こうは雑魚ばかり。彼らにとっては何体いようと物の数ではなかった。


「よいしょお!」


 一体のロック・ウルフを串刺しにしたまま、横薙ぎで同種の配下たちを襲う。

 星銀製の鋭すぎる刃は頑丈な毛皮を容易く切り裂き、硬い筋や骨ごと左右に両断した。

 背後から襲いかかるイノシシ型の魔物には鼻っ面に石突を見舞い、怯んだところを白煙の上る刃で頭蓋骨にズガン!

 穴を広げた眼孔が不気味にアイーダを見つめたまま、どっと倒れ伏す。


 手当り次第に突っ込んだ結果、彼女を中心として敵も味方もいない空間が拓けていた。

 魔物の死体は早くも霧のような白煙と化し、どんどん小さくなっていく。完全に消え失せてしまうまで、それほど時間はかからなかった。


「この現象って……」


 魔物の死体を見下ろしていたアイーダは、何かを思い立ちジーンの方を振り返った。

 その視線の先では、銀髪の剣士が魔物の群れへ向けて真っ直ぐ大剣を掲げるところだった。

 ――が、遠い。どんなに頑張って腕を伸ばしても、最も近い敵にすら届かない距離。

 しかしジーンは、構わず豪快に剣を振り下ろす。

 風が唸り、剣が滑る。

 固い岩盤に届く前に丸みを帯びた剣先は、ピタリ、と静止し。

 それを見つめる彼の青い目が、ゆっくりと瞬く。


 突然、魔物の群れが間欠泉のごとく噴き上がった。

 無理やり重力と引き離された魔物たちは、まるで刃の竜巻にでも遭ったかのように全身をズタズタに引き裂かれる。

 無残なほどに細切れになった残骸は、白煙をたなびかせながら放物線を描き、地面に黒い染みを作るのだった。


 呆れた眼差しで力技の一部始終を見ていたアイーダは、背後に生まれた気配に本能で反応する。一振りで二、三体を斬って伏せると、ジーンへ背中越しに声をかけた。


「ねえ、なんかおかしくない?」

「ああ」


 それにはジーンも同感だった。


「数が減っていない」


 正しくは減っている。減っているが、減らした傍から増えているのだ。

 じっくりと観察するとそれが分かった。

 減った分の数を補充するかのように、まだ生きている魔物の影から、新たな黒い魔物がヌッと這い出す。そして、何食わぬ顔をして群れに加わる。減った数とぴったり同数かは分からないが、少なくとも「減っていない」と感じる程度には増えている。


 それに、死体が即行で消える現象。気づいたら増えている現象より、こっちの方が明らかにおかしい。

 魔物は一応、血肉を持った生き物だ。死んだからと言ってすぐ自然に還るなんてことはない。

 迷宮の場合は少々事情が異なり、死体は迷宮に取り込まれて無くなる。しかし、跡形もなく消えるには、どんなに小さな死体でもそれなりの時間がかかるものだ。一分や二分で終わることはない。


 迷宮でもお目にかかれない現象が、目の前で起きている。

 偶然にも、アイーダはその原因に心当たりがあった。


「疑似迷宮、だね。しかも見たことがないレベルの」

「アイーダ。疑似迷宮に入ったことがあるのか?」

「ガキの頃にね」

「ああ……」


 何故か納得したような声を吐くジーン。

 時折、イオリが得物をぶっ放す音が聞こえてくる。彼女がいれば、周囲の警戒はいらない。倒してもキリがない以上、いちいち魔物の相手をしても疲れるだけだ。

 サラが言った「見てもらった方が分かりやすい」とは、こういう意味だったのだ。

 ――と、この時はそう思った。

 それだけではないと知るのは、直後のことだった。


「戻るか」

「うん――あ、ちょっと! あれ見て、ジーン!」


 なんだ? と振り返った彼は、光匣アークを指差すアイーダを見る。整っているが野性味の強い顔は、純粋な驚きのせいで普段より幼く見えた。

 ジーンは彼女が指差した方へ目を向けた。


 そこには門があった。光匣の正面を示す門だ。

 扉はない。太い二本の石柱に挟まれただけの、シンプルな通用口。


 ジーンたちの猛攻で奥へと追いやられた魔物の一体が、門を踏み越えて光匣の中へと侵入しようとしていた。

 ふと、崖上から見た時は城壁内に一体の魔物もいなかったことを思い出す。周囲をぐるっと取り囲んでいたにもかかわらず。


 ――遮るものなどないのに、どうして?


 二人が訝しんだその刹那、光が疾走った。

 あ、と思う暇もなかった。

 気づいたら、城壁内に侵入した魔物が、溶けて泡となっていた。


「なっ……」


 魔物は抵抗もできず、自分が死んだことすらも認識できなかっただろう。

 他にも数体の魔物が、彼らの目の前で同じ運命を辿った。

 さすがに何度も見せられれば分かる。

 奴らを討った光の束が、どこから放たれているのかを。


 冷や汗の滲むこめかみを押さえながら、アイーダが言う。


「光の匣って、そういう意味かぁ。なんで匣なのかは意味分かんないけど」

「そうよ。あれが光匣アークの由来の半分。踏み入った者すべてを排除する、最強の光の槍。すごいでしょう? 私も初めて見た時は、神様が降りて来られたのかと思ったわ」


 アイーダの声に答えたのは、いつの間にかそばまでやってきていたサラだった。

 イオリはまだ崖上で筒を構えている。その代わり、オーサム村でも付き従っていた黒髪の少年がサラの後ろに着いてきていた。

 まだ名前すら聞いていないが、彼女が個人的に雇った用心棒か何かだろう。騎士ではないし、トラン王国の者でもない。顔立ちから察するに、イオリと同じ風音ノ国の者だろうとアイーダたちは想像しているが。


 何にせよ、仕事に関係ないことに踏み入るつもりはない。今回は極秘の依頼なのだ。不用意に首を突っ込むと、己の首を絞めかねない。


 アイーダたちが崖上に戻ると、魔物は再び人間たちへの興味を失い、光匣を取り巻く作業に戻っていった。

 それを見送る戦士たちの目は胡乱だ。


「どーいうことー?」

「ふふ、分かった? あなたたちが呼ばれた理由」

「まあ、ね。この数と復活の早さを見れば」


 周囲の騎士たちを気にしてか、アイーダははっきりしたことを言わない。

 彼らが実力不足というわけでは、決してない。極秘任務に駆り出されるほどだから、かなりの手練を集めたはずだ。

 けれど、騎士は十人と少し。対して敵はざっと見積もって四百以上。

 今しがたアイーダとジーンが相手にしたのは五十から百。それくらいなら騎士たちだけでも十分対処できるだろうが、敵は三百以上の余力を持っている。復活の力を加えたら無限だ。

 さらに、調査員を護衛しながら戦わなければならない。疲弊もするし、怪我もする。怪我の具合によっては退かなければならない。その場合の支援は? 退路の確保は?

 色々なことを考えたら、簡単に手を出せない。調査が進まなくて当然だ。

 極秘ゆえに、騎士を増やすわけには行かず。〈千年氷柱〉という信頼の置ける実力派クランがあることは、王国にとってこの上なく幸いだったろう。


「私たちにとっても想定外だったのよ。元々、何も情報がない状態でここに来たわけだけど、それにしたって、ここが疑似迷宮になってるなんて予想外中の予想外だったもの」

「ま、そりゃそうだろうね。まず考えんわ」


 疑似迷宮。迷宮は通常、地下深くから地上に向かって伸びている。戦士は当然地上から地下へ潜るのだが、本来は地上がゴールだ。そのため、地上に迷宮は存在しない。

 しかし、何らかの条件が揃うと、迷宮にとてもよく似た領域が形成される。それを擬似迷宮と呼ぶ。

 そこでは魔物が生まれ続け、また、死ぬと肉体ごと大地に吸収される。ごく狭い範囲で魔力が循環しているためだと言われているが、詳しいことは迷宮と同じく謎だ。


「疑似迷宮は龍が迷宮を模して造る特別な領域よ。有名なのは炎龍の紅蓮宮ね。ここも擬似迷宮なのだとしたら、光匣は龍が造った――って仮説が浮かぶ。でもそうは思えないのよね。というのも、龍という生き物は建築をしないから。火龍人族の里も、風音の都だって、人間が築いた人間の住処。未だ嘗て、龍が石を積み上げた例はない。そう考えると、龍は違う。彼ら以外で可能性があるのは御使いか女神自身か。どちらにしたって大発見だわ。本物ってことだもの。うーん、一層やる気が出てくるわね!」


 顎に手を添えて捲し立てるサラから少し離れて、アイーダとジーンは互いに見合った。


「本物って何が?」

「さあ?」


 なんか一人で盛り上がってる。と思っていたら、調査メンバーが一人また一人と加わり、熱い議論を交わしはじめた。

 ……白熱している。完全に戦士の出る幕ではない。輪に入りたくてうずうずしているイオリの首根っこを無理やり引っ掴んで、アイーダたちは顔を突き合わせる。


「とにかく、あたしらはあたしらの仕事をしよう」

「そのつもりだ」

「わ、分かっているとも」


 本当に分かっているのだろうか。

 指を絡めてモジモジしているイオリにじとっとした眼差しを送る、ジーンとアイーダだった。

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