2. 聖遺物
一同は森の中に張られたキャンプに一旦立ち寄ってから、サラに率いられる形で山道へ分け入った。本当の目的地はオーサム村でもキャンプでもなくその東、グラガ山だ。
魔物の討伐という名目で、サラをリーダーとする調査員数名と護衛騎士十数名からなる調査隊がキャンプを張ったのが五日前。
以来、村にはほとんど戻らず野営を続けているという。今日はアイーダたちを出迎えるため、わざわざ山を下りたのだ。それだけ増援の到着を待ち侘びていたということだろう。騎士十数人で対処できないという点で、厄介な事情を予感する。
山道は途中までは草に覆われておらず、比較的歩きやすかったが、村の狩人も滅多に踏み入らないという地点を超えた辺りから、格段に険しさが増した。
ところが、戦士の面々はともかくサラまでもが少しも乱れないペースで歩き続けている。旅するリサーチャーのあだ名は伊達ではないらしい。
「でもまさか、王都でも指折りの実力者が三人も来てくれるとは思わなかったわ。三強の一人でもいたら御の字って意見だったもの、みんな」
先頭を歩きながら、サラは明るい口調で話す。努めて気丈に振る舞っているのではなく、生来の気質のようだ。互いに自己紹介した時も、調査が行き詰まったことを嘆くどころか、ようやく希望がやって来たと喜んでいた。研究者からすると、ちょっとくらいの遅滞や低迷は当たり前なのだと言う。ちょっとしたミスも命取りの戦士とは大違いだ。
彼女の言葉に照れ笑いで返したのは、アイーダだった。
「はっきり『二人も』って言ってくれて構わないよ。あたしなんて全然有名じゃないし」
「あら、そんなことないわよ。鬼喰らいのアイーダ。知ってる人多いわよ」
心底嫌そうに呻く。
「うげ。その呼び方、もしかして広まってんの? 別に鬼食わないし。というか、あたしが鬼なんだけどな。半分だけど」
「え? じゃああの噂は嘘なの? 鬼族の団体相手にちぎっては投げ、ちぎっては投げと暴れまくったって」
「いや、そんなこともあるにはあったけど、『鬼喰らい』なんて、うら若き乙女に対する呼称として不適切でしょうよ」
「え?」
「何さそのきょとん顔」
アイーダの不貞腐れた顔を振り返って見たサラは、一拍置くと声を上げて笑った。
本気で自分のことを「乙女」だなんて言ったつもりはなかったのに、サラの大袈裟な反応のせいで恥ずかしさが込み上げてくる。
耳まで真っ赤にした彼女を、珍しいものを見る目でジーンとイオリが観察した。
「ああもう、見るな見るな! そんなことより仕事! 仕事の話しよう!」
手にハルバードを持ったまま振り回すのを、ジーンとイオリはひょいひょいと躱す。それを最後尾を歩く少年がぽかんと見ていて、サラがまた声を立てて笑った。
「ごめんなさい、そういうつもりじゃなかったんだけど……でもアイーダさんの言うとおりね。目的地までまだちょっとあるし、今のうちに経緯を簡単に説明しておきましょう」
「うん。そうして」
サラは前を向き、軽く息を吐いて呼吸を整える。
その頭がさっきよりも目線下にあることに気がついて、アイーダはあれっ? と首を傾げた。
――いつの間にか、上り道が下り道になっている。
それも、ちょっと下るといった程度ではない。先の先まで下り道。しかも、大小様々な石が転がる荒れ地と化していた。
湿った黒土が掘り返され、木々が行く手に向かって倒れている。雪崩でも起きたみたいに。
サラは気づいていないのか。いや、足取りに迷いはない。〈千年氷柱〉を出迎えるために、少なくとも一度はここを通ったはずだ。じゃあ、彼女にとってはこれが普通の景色なのか。
「事の発端は二週間ほど前。ここ、グラガ山で局地的な大地震が起きたの。オーサム村でも若干の揺れがあったけれど、被害はほとんどなかった。不思議なことにね。だから村人もそれほど深刻にはならなかったんだけど、翌日山に入った狩人が周辺を見回った結果、異変に気づいた。それがコレ。大崩落」
「大、崩落……?」
「地震の後、山麓に大きな窪地ができたの。これから行くところがその中心地よ。実際に見れば分かるけど、ただの崩落じゃないわね。まさに神がかっているの。本当に、神様がやったのではないかと思うくらい」
サラは靴先でこつんと小石を蹴飛ばす。
小石はころんころんと斜面を転げ、倒れた木にぶつかって止まった。
アイーダはごくっと喉を鳴らす。
「ここが崩れたの?」
「そうよ。村までの道は魔術で固めてあるの。倒木や岩を取り除いたり……ま、そういうのは全部騎士さんがやってくれたんだけどね。でなければこんな風に歩くことはできないでしょ」
「便利だなー」
魔術の使えないアイーダは素直にそう思う。
上を見上げると、前方にはくっきりとした稜線と、突き抜けるような青空が見えた。
下に目を向ければ、深く抉られた黒い穴。
まるで天井のない洞窟だ。
青空を見つつ、山の中に潜っていくというのは不思議な気分だった。
(でも……)
熱せられた空気と底冷えのする冷気がない混ぜになった不快感。一歩進むたびに、ゾクリと二の腕が粟立つ。目指すべき進路が、ぽっかりと口を開けた地獄の入り口のように思えてならない。
「まるでヨミへの道だな」
イオリが何事か呟いたが、意味は分からない。ちらりと振り返ると、じっと下り坂の先を睨んでいた。
万年鉄面皮のジーンだけが表情を変えなかった。なんとなくムカついて脇腹を小突く。
「痛い」
「知るか」
「理不尽な」
ほんの一瞬だけ呑気な雰囲気が流れたが、サラの言葉ですぐに現実に戻された。
「続けるわよ。狩人は崩落した現場から先へは進まなかったんだけど、奥へ向かう数体の魔物を見たのですって。で、すぐさま村長に報告して、村長は領主に報告して、領主が調査を開始した。そして、アレを発見した」
「コレの次はアレっすか」
「ふふっ、ごめんなさいね。でもちょっとは勿体ぶらせてよ。今回の発見には私も興奮してるんだから」
「で、アレとは何なのだ? サラ殿たちは何を見つけたのだ?」
我慢できなくなったイオリが、焦れったそうに先を促す。好奇心で口元がうずうずしている。その反応が気に入ったサラはもっと話を盛り上げようと口を開いたが、目的地で待っている仲間のことを思い出してなんとか踏みとどまり、平静を保って言った。
「聖遺物。聞いたことはあるでしょ?」
「お、おおお……聖遺物!」
途端にキラキラと子供のように瞳を輝かせはじめたイオリから、アイーダとジーンはなんとも言えない表情で顔を背ける。
反対にサラはますますイオリが気に入ったようで、語り口にも自然と力が入った。
「世界各地に残された、古代の遺跡や道具。その中でも、現在の魔術では再現できない人知を超えた力を持つものを『聖遺物』と呼ぶわ。私たちトラン人に最馴染み深いのがセントーア――あの巨大な鉄人馬ね。幸か不幸か馬車馬代わりに使われているけど、実は対魔物兵器だと云われているのよ」
「そうなの?」
「そうなのだよっ!」
突然イオリが声を張り、アイーダを驚かせた。彼女は頬をピンク色に上気させ、鼻息荒く同僚に詰め寄った。その勢いに、アイーダは思わず後ずさる。
「私も話に聞いただけだが、凄まじい力を秘めているらしいのだ! 幾千の山を超え大地を駆け回る二頭の番人馬! ランスの一突きは空をも穿ち、雲に風穴を空けるという! 今やその力をどうやって発揮するのかも不明だが、いつかこの目で彼らの勇姿を見届けるのが私のささやかな夢なのだっ」
「へ、へぇー。ささやか、ね。イオリちゃん、なんか急に人が変わったねぇ」
押してはいけないスイッチを押したような気持ちになりながら、アイーダはぐいぐい迫ってくるイオリの肩を押し返す。押し返せば更に強い力で押してくるが、負けるわけには行かなかった。なんせ背後は急斜面。押し負ければ落ちる。
結局、サラが付いてこない彼女らを叱りつけたことで、危機は脱した。
「他にも五種の神器。五聖教会の総本山ハロン教国のフラム神殿。イシュザール帝国の宮殿に秘されているという永久回廊などがそうね。フラム神殿には私も一度だけ行ったことがあるわ。見たことがある、と言った方が正しいけれど」
「見ただけ?」
「フラム神殿は、五聖教会が神の山と崇めるウルカノ山の火口に存在するの。周囲は真っ赤に煮えたぎる溶岩湖。もちろん道なんてない。とても生き物が辿り着ける場所じゃないわ。ただ、唯一火口を見下ろせるポイントがあって、そこからなら少しの時間観察できるの」
神殿の姿は教会に残されていた文献にも描かれており、正確ではないかもしれないが、研究者の間では貴重な資料となっている。特に柱に刻まれた文字や紋様は、神話の謎を解明する重要な手がかりだ。もっとも、自由に閲覧できる代物ではないが。
そういった話にはとことん疎いアイーダだが、火山には興味をそそられる。手強い敵がいそうではないか。
「ふーん。神の山か。ちょっと見てみたいな。ジーン、あんた知ってた?」
彼は気が進まなそうに頷いた。
「……教会の人間なら誰もが知っている。フラム神殿は、女神の御使いが降臨する神聖な場所。年に一度、供物と引き換えに予言を授かる儀式が執り行われる」
「供物……え、生贄とか?」
「いや。山芋とか鷹の爪とか、陶器の破片とかだ」
「そんなもの欲しがるって、どんな御使いよ」
「生贄を欲する御使いというのもイヤだけどね」
サラがけらけらと笑って、そう言った。それから、ふと思い出したように付け加える。
「そうそう、フラム神殿の御使いはかなりの美少女らしいわよ」
「ふーん」
三人とも興味はなさそうだった。約一名、さっきから瞳を輝かせっぱなしの外国人を除いては。




