膝枕と悪夢
「おはよう、シナー。……なんだかげっそりとしているな?」
「……うん……おはよう、ルーシア……あんまり寝れなくて……」
昨日の夜。
脅しをかけてきたグレイさんはその後、何事もなかったかのように奥さんの自慢話を始め、満足したらそのまま寝てしまった。
脅しをかけた相手と同じ部屋で寝だす。
どういう神経してるんだ……。
もちろん俺は寝れるはずもなく、ベッドをゴロゴロしたり、部屋を歩き回ったりしてた。
「グレイ隊長が仰った目的地までは大半が馬車で移動だ。寝心地は悪いだろうが……少し眠るといい」
「ごめん……ルーシア……そうする……」
「では、馬車停まで行こうか」
「うん……」
ふらふらしながら王城の馬車停まで向かう。
ご丁寧にグレイさんが馬車を予約してくれていた。
これから移動の時は、自分たちで予約するのを覚えてなきゃ……。
それにアーサー帝国って組織についても考えなきゃだし。
クイーンが誰なのかってのも気になる。
施設にいた頃、俺のアーサーって名前を教えた子供は数人いる。
女であり組織を率いていける力を考えると40番が真っ先に浮かぶが、国の施設を襲うというのがしっくりこない。
40番は俺と二人だけで反抗していた戦友だが、基本的に大人しくて頭の良い奴だった。
よく魔獣の細胞がどういう原理で人間に適合して、その身体を怪物に変えているのかの考察を二人でしていた。
まぁ……俺はほとんど聞き役だったが。
「シナー? どこまで行くつもりだ?」
「……あ……ごめん、考え事してた」
「見てれば分かる。……乗るぞ?」
「うん……」
そうやって馬車に乗り込む。
外の見た目もそうだが、中も前世で見たことのある馬車とほとんど一緒だ。強いて言うなら内装がちょっと豪華。
「……悪い。寝る」
「あぁ。……目的地に近づいてきたら起こすぞ?」
「お願い……」
あぁ……揺れる……寝心地よくない……。
あれ?
俺、なにしてたんだっけ……。
この世界に転生して、母さんとルーシアと暮らして。
母さんとルーシアが殺されて、施設で実験体として扱われて。
それでドラゴンになって、アルフレッドと取引して。
10年も地下牢に入ってようやく解放されたと思ったら監視付きで。
グレイさんは俺が裏切った時の為の剣で。
それをアルフレッドが命令して。
俺にとってアルフレッドは友達で。
だけどアルフレッドは国王だから気軽には会えないし、俺が裏切った時のことも考えなきゃいけない立場だし。
なんで?
檻を挟んだ関係だった。
別に毎日のように会いにきてたわけじゃない。
アルフレッドにとって俺は、たくさんいる人間の中の一人。
俺にとっては?
地下牢の10年で俺に会いにくるのはアルフレッドとジェムのオッサン。ついでに給仕。
だから、俺の中でアルフレッドは大事な友達?
大事な友達は、俺が裏切ると思った。
その可能性があると考えた。
最悪の場合、殺そうとした。
あれ?
俺、なにしてたんだ……。
結局、復讐もできずに言われるまま地下牢に入って。
10年の月日をなにもすることなく過ごして。
アルフレッドに……裏切られて……。
なんだ?
甘い匂いがする。
懐かしい……。
この匂い、ルーシアがいつも抱きついてきた時に。
「ルーシア……?」
「……起きたか、シナー」
「あれ?……どういう状態、これ」
対面に座っていたはずのルーシアが、なぜか俺を膝枕していた。
すごく、ハリのある太ももです……。
「いや、その……そう、寝心地。……寝心地が悪そうだった、ので」
「そっか……。ちょうど悪夢を見てたんだよ」
「……どんな悪夢だったんだ?」
「……友達に裏切られたと思い込む夢」
「思い込む……?」
「その友達の立場や真意を考えずに、裏切られたって勝手に思った夢」
「また妙な夢を見るな……」
「ルーシアのおかげで気づけた……本当はその友達が俺のことを思ってくれていることを」
「……私? なにかした覚えはないが……?」
「膝枕が答えだったよ」
「……もしかして、私をからかっているのか」
「いや、ほんとに感謝してる。ありがとう、ルーシア」
「そ、そうか……それならいいんだ」
そうだよな……。
このルーシアにしてもそうだし、グレイさんが俺にわざわざ伝えたのもそう。
あいつなりに、あいつの立場から俺を心配してくれてるんだ。
「シナー……。そろそろ目的地に着くぞ」
「そっか……」
これから新しい門出を迎える俺へのお前なりのエールってやつか?
ずいぶんと厳しいエールだな、アルフレッド。
「いや、あの……そろそろ膝枕をやめたいんだが……」
「そっか……」
「シナー……。聞こえないフリはやめろ。なんだその遠くを見る目は」
「そっか……」
「シナー! いい加減にどけ‼」