10年後と釈放
「おーい、おーきてーるかーい?」
うるさいのがきた……。
「こらー。きちんとお返事しなさいって、お母さんに教えてもらわなかったのかーい?」
「……怪しいオッサンには返事すんなって、教えてくれたよ」
「なにー? こんな爽やかなお兄さんに向かって、オッサンとは失礼だぞー。このこのー」
今日は一段とうるさい。
こいつがこういう日は、決まってよくないことが起こる。
前回は給仕の野郎が、俺の昼飯を忘れてやがった。
食うことぐらいしか楽しみがないこの獄中生活で、飯を抜かれた俺の気分は最悪だった。思わず出てやろうかと考えたほどだ。
「もう四人の子供の父親だろ? そろそろ威厳みたいなもんを考えなきゃいけない年齢になってんじゃないか、アルフレッド国王陛下?」
「威厳なんて玉座に腰掛けてる時だけで充分だよ。それにやめてよ、その呼び方。……いつものようにアルくんって呼んで?」
「一回もそんな呼び方したことねぇわ」
「そりゃそうさ! 僕のことをアルくんって呼んでいいのはこの世で奥さんただ一人さ! あっははははっ!」
「もういいから、なんの用件か言え!」
「え、そう? じゃあ、言うけど。……奥さんが五人目を懐妊しました」
へぇ~、もう五人目を。
やることやってんな、こいつも。
「で? 次は?」
「終わり」
「はぁ⁉ お前、そんなことの為に来たの⁉」
「そうだよ、それがなにか?」
「心底どうでもいいんだよ! お前の子供が何人産まれようが!」
「え……?」
「その、まさか! って顔やめろ! 考えなくても分かるだろうが!」
「……傷ついた。もう傷ついた。せっかく良いこと教えてあげようと思ってたのに、シナーはそういうこと言うんだ……」
良いこと……。
落ち着け俺。
どうせくだらないことのはず、乗せられたらまたどうでもいい話をするに決まっている。
スルー。スルーだ俺。
「で、なんだよ……。良いことって」
「聞きたい?」
「……聞きたい」
「お願いしますは?」
「……お願い、します……」
「そこまで言うなら仕方ないかなぁ? びっくりしないでね……?」
な、なんだ……?
「……」
えらく溜めるな……。
なんなんだよ。
早く言えよ。
「今日のシナーのお昼ごはんは、ありません!」
「よし、殺す」
まずはこの檻をぶち壊して、その後にゆっくりといたぶりながら殺してやろう。
「待った! よく聞くんだ、シナー!」
「……」
「お昼ごはんがない、つまりは……?」
「……昼飯抜きってことだろ。殺す」
「違う違う! ここから出れるってことだから!!」
「……あ?」
ここから出る?
なに言ってんだこいつ。
「いや、お前、なに言ってんの?」
そりゃいつかは出るだろうが。
お前、そんな、ここを出るなんてとんでもない。
「……出れるの⁉」
「出れるよ!!」
「……ほんとに?」
「……ほんとに」
「え、じゃあ、ちょっとここを開けてもらってもいい?」
「いーよー! はい、開きまーす」
ここに入ってから10年。
ずっと閉じたままだったこの地下牢があっさりと開いた。
「え? まじで釈放?」
「まぁ、仮なんだけど……」
「いやいや、良くやったよ。さすがアルくん、信じてたよ俺」
「ごめん、ちょっと気持ち悪い。そのアルくんって呼ぶのやめてくれる?」
「なに言ってんだよアルくん! いつもこう呼んでるだろ?」
「今日が初めてだよ……」
いやー、長かった。
ようやくここを出れる。
思い切って一歩を踏み出すと、すんなりと牢の外側へときた。
いつも檻ごしに見てたこいつがなにも挟まずに真ん前にいる。
それだけのことがこんなに新鮮に感じるとは。
「……そんで、これから俺はどうなるんだ?」
最悪、監視付きの軟禁生活だとしても構わない。
このジメジメしてちょっと薄暗いところをようやく出れるんだから。
「うん、実はお願いがあってね。……今日から一人の女の子のペットになってほしいんだ」
そうか、ペットか。
……仕方ない、俺はドラゴンなんだから。
そういうこともある。
「……ドラゴンをペットにか。かなり頭のおかしい女の子だな……」
「え? すごく真面目で良い子だよ?」
「じゃあ、お前の頭がおかしいんだな? そうだよな?」
「僕みたいな天才捕まえて、それはないよ~。あっはははっ!」
一回殴れば、正常な人間になるかもしれないな。
よし、試しに殴ってみるか。
「どうしたの? 拳を握りしめて? あ、分かった。……不安なんでしょ、飼い主がどんな子なのか。安心して! 美人だよ!」
「……いい加減、真面目に話そうぜ? アルフレッドくん?」
「僕はいつだって真面目だよ! シナーくん!」
「分かった。もういい、お前からちゃんとした話を聞こうとしたのが間違いだった……。なんで俺がペットになるのか、それを最初から教えてくれ」
こいつは物事を正確に話すことをしない。
必ず遠回りに。遠回りすぎる程に曲解して伝えてくる。
考えろ。
この地下牢に入って10年。こいつが、考えることを放棄していた俺への準備運動をしてくれていると思うんだ。
そうじゃないと殴ってしまう。
「まずねー、君を出すことは決まったんだよ。でもねー、監視を付けろ。首輪を付けろって周りがうるさくて」
「だろうな……」
「専門の部隊を用意してますって言っても、四六時中傍で見張れ。余計なやつに接触されたらどうなるって言ってきて」
「……」
「じゃあ、分かった。ペットということにして誰かに飼ってもらおう! そう思ったのに、誰も名乗り出ないし……」
「つまり、お前らが面倒見るかって聞いたら誰も目を合わせてくれないと……」
「そゆこと! なら騎士から決めるから、口出ししないでって言ったの」
「それでその女が監視に決まったと」
「そう。まだ本人に言ってないけど」
パワハラじゃねぇか……。
「……正直、今の話のどこに俺をペット扱いにする必要があったのか、まったく分からないんだが?」
「その子がペット欲しいって言ってるのを聞いたから」
「それだけの理由でその女に決めたと……」
「うん!」
「そんなくだらない理由でたったこれだけの話を意味不明にしたと……」
「くだらなくないよ! 美人の女の子がなにか欲しいって言ってたら、黙って与えてあげるのが男の器ってもんでしょ⁉」
「その欲しいのがペットなのに、あげるのは俺と」
「ドラゴンだよ? 世界で唯一でしょ、ペットのドラゴン」
「……お前とは10年の付き合いだが、今日ほど頭おかしいだろこいつって思ったのは初めてだ」
「それ、僕が天才過ぎるってこと? 照れるなぁ~」
駄目だ。
もうこいつとコミュニケーションを取るのは諦めた方がいい。
一秒でも早く終わらせて、さっさとこいつから逃げよう。
「もうなんでもいい……。早く連れてってくれ……」
「え? そんなに美人の飼い主に会いたい?」
「いいから早く連れてけ!!」
「仕方ないなぁ~。さぁ、ポチ! ご主人様の元へ出発だ!」
「黙って連れてけぇ!!」