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国王と取引

 裕子が殺されてから二年後、母さんが自殺した。


 大切な家族を喪ったショックでずっと落ち込んでいた俺を支え、育ててくれたのは前世の父さんだった。


 だから、俺の中で父さんっていうのはとても頼りがいのある存在だって、無意識に思っていた。


 この世界の父さんは、優秀な鍛冶屋だった。


 母さんには少し厳しいが、愛情の裏返しだってことは見てれば分かったし、俺とルーシアのことをとても愛してくれていた。

 絵に描いたような頑固おやじで前世の父親同様、とても頼れる存在だった。



 事故で、右手の指を失うまでは。


 既に鍛冶屋として工房を所有していたし、弟子だって何人もいた。

 たとえ鍛冶ができなくても、充分に稼げる。今までとなにも変わることはない。


 俺とルーシアはその言葉をすんなりと信じた。

 母さんだけは、ずっとなにかを思いつめているようだった。



 それから、父さんは徐々に堕ちていった。


 ギャンブルに酒、浮気とやりたい放題して、遂に帰ってこなくなった。


 あの人は根っからの鍛冶職人、こうなることは分かっていた。母さんはそう言ってた。

 父親だから大丈夫だなんて、理由にもならない理由で俺は納得してしまった。

 

 父親である前に、一人の人間。

 

 自分にとって大切なモノを失った時、自分を保っていられるかどうかなんて人次第だった。人の親だから、なんて関係ない。


 前世の父さんは父親だから、俺がいたから自分を保っていられたわけじゃない。あの人が元からそれだけ強かったんだ。


 転生してようやく、前世の父さんの偉大さを知った。


 だから、俺は前世の父さんみたいに強くなるって。

 母さんとルーシアを支えられるほど、強い人間になるって決めたのに。





「……生きてたのか、俺」



 目を覚ました。

 いつもの殺風景な部屋。完全適合者の高ランクに認定されてから与えられた個室。



「ん?……鎖。そりゃそうか」



 手足を鎖で拘束されている。

 今までこんなことはなかった。それだけ、ドラゴンという存在を恐れているんだろう。



「壊せるな……」



 感じる。

 この身体に内包された圧倒的な力を。


 手足を拘束している鎖は、おそらくだが魔獣用だろう。

 だが、この程度ならどうということはないとハッキリ分かる。



「これは、グリフォンなんて比べ物にならないな」



 この力を完全に解き放てば、ドラゴンへと完全に姿を変えれば、グリフォンぐらいなら簡単に殺せそうだ。



 これほどの力ならやれる。

 全てが終わった後にどうなるのか、それは分からない。

 それでも、このままでいいわけがないし、死ぬつもりもない。



「覚悟は決めてる……後はやるだけか」



 身体に力を込めると、手足がドラゴンのような異形の姿へと変化していく。


 そして、いとも簡単に鎖は砕けた。



「慣れないな、自分の身体が怪物に変わっていくこの感覚には」



 慣れたいとも思わないが。



「……次の賭けは王がまだこの施設にいるかどうか。気絶してどれくらいが過ぎた?」



 今までだと、ほぼ一日の間は気絶していた。

 でも、今回はドラゴンだ。今までと同じとは限らない。



「施設内についても詳しいわけじゃないし、見つからないように行動する技術も持ち合わせてない……力づくしかないか」



 正面突破しか取れる手段がない、となると先に40番と合流した方がいいかもしれない。



「とにかく、この部屋を出る為に扉をぶち破る。そこからだな」



 扉に近づき、蹴りを一発。


 足をドラゴンの姿に変化させていたとはいえ、たった一発の蹴りで壁ごと扉は粉砕してしまった。



「本格的に怪物だな、俺。……にしても、ここまで派手な音がして誰も来ない?」



 おかしい。

 いつもなら部屋の近くを騎士が巡回しているはず。



「妙に静かだな……それに、焦げ臭い。まさか、誰かが暴れている?」



 この施設でそんな行動をする子供は一人しか浮かばない。



「40番! 先走りやがって!」



 走る。

 まったく騎士の見当たらない通路をとにかく走る。



「騎士だけじゃない! 技術者も……子供も見当たらない⁉」



 まったく人の存在を感じない。

 おかしい、なにが起きている?



「……っ! 声が聞こえる……こっちか」



 通路を走り続けている最中、大勢の声が聞こえた。

 とにかくその方向に向かって走る。



「40番! 生きてろよ!」



 走る、走る。


 通路にはちらほらと死体が転がっているようになった。

 騎士に、技術者の死体。子供の死体は一つも見当たらない。



「やっぱり40番か! 他の子供たちを逃がしてるのか?」



 走りながら考える。

 確かに死体は、騎士と技術者のものだ。

 でも、傷跡がおかしい。



「剣で斬られてる。……こっちは火の跡……グリフォンが操れるのは風だ。他の完全適合者が暴れてる?」



 40番は今、グリフォンの細胞が適合していたはず。

 俺が気絶している間にドラゴンの細胞と適合した?


 ドラゴンが操れるのは火だから、火の跡には納得がいく。

 だが、俺を適合させた後にすぐ次の実験をするか?


 それに剣で斬られた死体の説明もつかない。剣なんか使うより、魔獣の姿に変化した自身の身体の方が、何倍も凶悪な武器になる。


 中途半端に適合した子供が剣を奪った?

 いや、そもそも心を折られている子供がほとんどだし、剣の扱い方を知っているとは思えない。



「まさか……まさか、そんなことが? でも、この考えが確率的には一番高い……」



 どこかの組織が、この施設を襲った。

 それが一番考えられる。


 国のお偉いさん。つまり上級貴族がこの施設のトップではないかと考えた時に、国の助けはまず無いだろうと思った。


 そして、実際にトップは国王。国の助けどころか、国自体の方針でできていた施設だった。


 自分たちでどうにかしなければ、誰も助けてなどくれない。

 そう思っていたのに。



「問題は、どういう組織か。王に喧嘩を売るんだ、反国組織が妥当。……いや、王族の可能性もある?」



 この施設と実験のことを、国中に暴露して国王を引きずり下ろせる立場の人間。その可能性もありえる。



「いや、どっちでもいい。相手がどういう存在かよりも、俺たちをどう扱うのか? 保護か処分か」



 とにかく今はただ、この通路を抜けることが最優先だ。



 走って、走って。

 ようやく騎士同士が争う姿が見えてきた。



「騎士……相手は国か。ってことは、王族の可能性が高い」



 どうなる、どうなる。

 俺たちはどういう扱いになる。

 最悪の場合は、殺してでも逃げないと。



「そこの少年! 止まれ!」


「……っ!」



 横合いから急に声がかかる。



「……少年、実験体だな?」



 短く刈り上げられた茶髪で、しっかりと鍛え上げられた体躯の男。


 明らかに一般の騎士が着ている鎧とは比べ物にならないほどの立派な鎧を着ている。

 ただものじゃない。



「……そうだとしたら、どうなる」


「大人しく保護されてくれ……危害を加えるつもりはない」



 つまり反抗すれば殺すということ。

 

 どうする?


 この辺りに40番を含めた子供の姿が見えない。

 既に保護されたか、逃げたか。



「他の子供は、どうした?」


「……他の子供? 少年も子供だろう……妙な言い回しをする」


「……っ!」



 鋭い。

 発言一つとっても油断できない。



「どうでもいいだろ、それで……?」


「……全員、保護してある。無事だ」



 嘘か、本当か。

 だめだ。それを見抜く術を俺は持ち合わせていない。

 つくづく無いものだらけだ。



「嘘はだめだよー、ジェムー?」


「……っ!」



 唐突に後ろから声が聞こえた。


 急いで振り返ると、黒髪ということ以外は平凡な容姿の男が立っていた。



「……黒髪、だと?」


「あはははっ! びっくりするよね、それは。だってこの黒髪は、君にとって憎い男を象徴するものだからね」



 国王……。


 この世界で黒髪は、現在の国王が初めて生まれ持った髪色。


 ドラゴンの適合実験を受ける前に一度、少しだけ国王を見ることができた。黒髪の憎たらしい顔をした平凡な容姿のオッサンだった。


 目の前の男は、その国王をかなり若くして爽やかにしたような感じだ。



「……王子」


「半分正解かなー? 僕はアルフレッド・ベールワード七世。今日、即位したばかりの国王さ」


「……うそだ……」


「本当さ! 悪いけど、君が殺したかったであろう前国王はもういないよ」


「……どうして、俺が、殺したかったと……?」


「君だろ、ドラゴンに適合した子は。前国王もその場に居合わせたはずだから、見ているはずだよ?」


「……」



 こいつ。


 どうしてそこまで分かる?

 あの場にいた?

 こいつの部下がまぎれていた?


 だめだ。

 完全に叶わない。

 先の先まで読まれているような、そんな気しかしない。



「……俺たちは、どうなる?」


「保護だよ。とはいっても、実は何人かに逃げられていてね。……あぁ、そうそう、嘘はよくないよジェム?」


「はっ! 申し訳ありません。ですが、その少年は他の子供とは違います」


「……そうだねぇ。年齢、この施設での待遇、そういったものを考えると落ち着きすぎている。でも僕みたいな素人に後ろを取られる」


「ちぐはぐだってか?」


「そゆこと! つまり君は精神年齢が高くて、戦闘能力は未知数。だけど技術とかそういう面では一般人程度。……理解力はあるってとこかな?」


「……それが分かったとして、なんの意味がある?」


「取引しよう!」


「……は?」



 いきなり、なにを言い出すんだこいつ。



「はっきり言うね。……君と戦闘になるのだけは絶対に避けたい」



 ……そうだろうな。

 普通に考えれば、ドラゴン相手に戦うなんて選択肢は一番最初に排除するだろう。


 俺も覚悟を決めてるとはいえ、いざ人を殺せるのかとなると分からない。できれば戦いたくない。



「次に、完全適合者の高ランクは君以外、全員に逃げられた」


「……逃げられた……?」


「うん! まったく駄目だったよ! あっははは!」


「なんだ、そりゃ……」


「完全適合者の低ランクが数名、中途半端に適合した子たちが半分ちょっと保護されてる」


「……微妙だな」


「そうなんだよー、意気揚々と騎士部隊を率いてきてこれだからさぁ。正直、君を保護できないと周りがうるさくてねー」


「ドラゴンの適合者である俺を押さえておけば、なんとでも言いようがあるってことか」



 ドラゴンの適合者を抑えるのに精一杯でしたとか。



「そゆこと。……それともう一つ問題があってさ」


「……」


「実は前国王を殺したの、僕なんだよねー」


「……そうだろうな」


「まぁ、驚かないよね。最初の方でもういないって言ったし。状況的に考えて分かっちゃうか」


「それで、まさか俺にその罪を被れって言うつもりか?」


「惜しい! 正確には容疑者、重要参考人になるかな? 犯人だってしたら、即死刑だし。というか君が納得するわけないし」



 そりゃそうだ。

 無実の上に、大人しく殺されにいく馬鹿はいない。



「暗殺容疑で捕らえることになっちゃうし、牢の中にも入ってもらわなきゃなんだけど、この案がお互いに一番良いんだよねー」


「……今のところ、お前にしか有利に聞こえないが?」


「仮に別の人間を用意して、君を保護したとしよう。……さて、ドラゴンの適合者である君を大人たちが優しく迎えてくれるでしょーか?」



 利用か、処分。

 どっちにしろ面倒なちょっかいを出される。



「最悪、国が割れちゃうんだよねー。……ただでさえ前国王がやらかしちゃってくれてる上に、新たな国王は僕みたいな若輩者」


「俺を捕らえて、その後は?」


「んー。10年! 長いだろうけど、10年ちょうだい。その間に政治と人間を掌握して、君を解放する理由を作る」


「……さすがに長すぎないか?」


「政治ってそんなもんだよ? というか君という存在を解放する為の理由作りが一番大変なんだからね」


「……」



 どうする?


 正直、こいつの提案に乗るのが一番マシな選択だ。

 10年は長いが、国中を逃げ回るよりも良い。


 後は、こいつを信用できるかどうか……。



「……言っておくけど、僕が信用できるかどうかなんて、君には小さな問題だよ? だって、君はドラゴンだろ?」


「……そうだったな」



 そうだ。

 こいつが裏切っても、どうにでもなる。


 この身体は既に怪物だ。

 俺が取れる選択肢なんて、力づくの一つしかない。



「……分かった。その取引、受ける」


 

 今はただ、生き続ける。

 その為だけに進むしかない。 


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