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魔獣と怪物

「起きろ、47番」


「……起きてる」


「ならばさっさと出てこい、今日は気高いお方が来ておるのだ。待たせるわけにはいかん」


「……知ったことか」


「ちっ。貴様はどれだけ躾けても折れんな、いいから出てこい」



 目の前の不健康そうなオッサンを睨みながら、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、わざとゆっくり歩いていく。



「……ふん! 貴様のその態度も今日までだと思えば、可愛く見えるものだな!」


「……どうせまた魔獣の細胞とやらの実験だろ。いつも通りだ」


「いいや、今日の細胞はとびっきりだぞ。今まで多くの細胞と適合してきた貴様とて、アレには耐えきれん」



 魔獣。

 実質、この世界の支配者と言っても過言ではない存在。


 多種多様な姿に、弱いモノから強いモノまで。

 その生態などはごく少しのことしか分かっておらず、調べることも難しい。


 一つだけハッキリしているのは、弱いとされる魔獣でも、村一つを滅ぼせる存在ということだ。


 この星がどんな形をしているのかは分からない。


 それを調べようにも、この国は四方八方を森と山に囲まれており、そこは魔獣たちのナワバリになっているからだ。


 つまり、この国は魔獣によって孤立させられている。


 他の国があるのか、そもそも人間がこの国以外に存在しているのか。それすら分かっていない。

 人間にとって、この国とその周辺のみが世界で、世界とは魔獣に支配されているもの。



 母さんとルーシアを喪ったあの忌まわしい日からもう、長い年月が過ぎている。

 

 あの後、目を覚ました俺は知らない施設にいた。

 俺と同い年ぐらいの子供に、少し年上ほどの子供。この施設では、それぐらいの年代の子供を集めて一つの実験を繰り返していた。



 魔獣の細胞を、人間に適合させる。



 そんなおぞましい実験。

 あの日まで、こんな施設や実験のことなんて知らなかったし、噂すら聞いたこともない。


 おそらく極秘。


 しかも、こういった施設を用意できる時点で国の偉い人間が関わっている。

 いや、関わっているというより、トップと考えていい。



「……そんで、その気高いお方ってのは?」


「貴様に教えるわけ……いや、どうせ今日で死ぬんだ。最後に教えてやってもいいな、誰が貴様をそんな怪物に変えたか」



 怪物。

 そう、今の俺は怪物だ。


 この施設で目覚めたその日、魔獣の細胞を埋め込む実験をされた。


 細胞元はゴブリン。


 人間の子供ほどの大きさしかないが、その身体能力は一般成人男性の何倍もあると言われている。

 緑の皮膚で、非常に醜い顔が特徴の魔獣だ。


 そんな怪物の細胞を身体に埋め込まれた俺は、その瞬間に気絶した。

 それでも生きていた。


 適性の無い子供は、細胞を埋め込まれた時点で死亡する。


 中途半端に適性のあった子供は、身体能力が向上するのみ。

 一応、観察対象として生かしているらしいが、扱いはあまりよくないように見える。


 そして、完全に適性のあった子供。


 この完全に適性のあった子供の中でも、更にランク付けがされており、ランクの低い適性者は身体の一部を細胞元になった魔獣に変化させられる程度。


 そして、ランクの高い適性者は身体自体を、細胞元の魔獣へと完全に変化させることができる。


 俺は、完全適性者であり高ランクでもある。

 つまりこの身体は、もう完全に魔獣と同じということだ。



「いいか、よく聞けよ47番。いや、怪物」


「……」


「この素晴らしい考えを生み出し、主導しているのなぁ……国王陛下だ」


「……なに……?」


「ぎゃっははははっ! 分かるか? つまりこの国自体の方針なんだよ。貴様を怪物に変えたのは!」


「……王が……民を、子供をこんなことの犠牲にしているのか……」


「犠牲なくして、創造はありえない。陛下の仰っていた言葉だ」


「必要な犠牲だとでも言うつもりか……」


「そうだ……そして貴様は今日。新たな犠牲の一人になる! 喜べ、貴様に適合される次の細胞元は……ドラゴンだ!」


「なっ……!!」


「恨むのなら、今までの魔獣の細胞に適合してしまった自分を恨むんだな! 今の細胞元はグリフォンだったか? ……グリフォンはなぁ、この施設で保管されている細胞の中で、二番目に高位の魔獣なんだよ」


「だから次は最高位のドラゴンってか? ふざけんな! ドラゴンは世界最強の生物のはずだ! その細胞が手に入るわけがない!」


「あぁ、そうだ。細胞といってもドラゴンの肉片の一部から採取されたものだ。ドラゴンを殺せたわけじゃない」


「肉片……」


「そうだ、肉片だ。そのたった一部の為に、多くの騎士が犠牲になった。まぁ、秘匿されているがな……」


「……噂は聞いていたが、王はそこまで狂っているのか」


「ふん! 確かに命令したのは陛下だ。しかし、なぜそれだけの犠牲を払ってでも、ドラゴンの細胞を欲したと思う?」


「俺か……」


「惜しいな、貴様も原因の一人だ。……この間、40番がグリフォンの細胞に適合した」


「なにっ!?」



 40番。

 俺と同時期に、この施設に連れてこられた少女。


 そして、俺とたった二人だけの復讐心を抱き続ける子供。


 この施設では、日常的に「躾」という名の暴力が振るわれる。

 ほぼ全ての子供はそれに屈し、反抗心を失う。


 40番は俺と同じで、目の前で家族を殺されている。


 そのことから、俺と40番だけはどんなに暴力を振るわれても、いや、暴力を振るわれるほどに復讐心を増していった。


 俺にとって40番は、戦友だ。

 二人で反撃の機会を待ち続けていた。



「40番は……無事か……?」


「適合した、と言っただろう。貴様に続いて二人目だ」


「……そうか」


「分かるか? つまり貴様と40番が原因で、多くの騎士が犠牲にならなければいけなくなったんだ! 貴様らが殺したんだよ!」


「お前らが勝手にやったことだ……」


「いいや違う、貴様がグリフォンの細胞に適合しなければ。その時の実験で死んでいれば良かったんだ。……まぁ、そんな貴様も今日で終わりだ」



 もし、これからの実験で俺がドラゴンの細胞に適合しなければ、次は確実に40番に回ってくる。


 どうする?

 今の俺は、グリフォンの力を扱える。

 こいつを殺して、40番を連れて逃げ出すこともできる。


 駄目だ。

 その後がない。


 国を出れば、魔獣の世界で生きていくことになる。


 国内に留まれば、全戦力で殺しにかかってくるだろう。

 40番と力を合わせても、実質グリフォン二匹。甚大な被害を与えることはできるが、それだけだ。



 ドラゴンだ。

 その力が必要だ。



 ドラゴンの細胞を適合。その後の気絶を考えて、明日。

 わざわざ来ている王を殺して、40番と合流。混乱している内に、一気に叩く。


 分の悪い賭けだ。


 この施設がどこにあるのかも分からないから、王が明日まで留まっているのかも分からない。

もしも、王都に近ければ一番守りの堅い王城へ帰ってしまうだろう。


 王を殺しても、すぐに混乱が収まって討伐部隊が即座に結成されれば。


 不安要素を挙げればきりがない。

 なにより一番の問題は、俺がドラゴンの細胞に適合するのかどうか。


 魔獣の細胞。その適合は上書き形式だ。

 適合者に新たな魔獣の細胞を適合させると、前の魔獣の力は消え、新たに適合させた魔獣の力を得る。


 俺がドラゴンの力を得るか、適合せずに死ぬか。

 どちらにしろ、もう選択肢はない。


「……祈るしかないってか」


「ふん! 聖職者の真似事などしても無意味だ! なんといっても貴様はただの怪物なんだからな!」


「……」


「少し無駄話が過ぎたな……。いかんいかん、陛下がお待ちになっているというのに。クソ生意気な貴様と今日でお別れできると思うと、つい嬉しくてなぁ!」


「……聞きたいことは聞けた。早く連れてけよ」


「ちっ! 今日で死ぬんじゃなかったら、たっぷりと躾けてやるところだが、まあいい、来い!」


「……」



 覚悟を決めろ。

 思い出せ、あの日を。

 ただ見ていることしかできなかった屈辱を。


「……絶対に生き残ってみせるよ。母さん、ルーシア……」


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