冒険者とテンプレ?
「おぉー、すげぇー……」
右を見ても店。左を見ても店。
通りの先を見ても店。振り返って見ても店。
「この通り、店しかねぇ……」
「それはそうだろう。西の三区は商店街で、私たちのいるここは特に店が集中して争いあっている商い通りだ」
おぉ、露店だ!
十数年ぶりの露店だ!
「ルーシア、露店だ! パン豚の串焼きだって! パン豚ってなんだ⁉」
「パン豚はディックソン家で品種改良された豚だ。ディックソン家といえば分かると思うがグレイ隊長の――」
「ルーシア! 並ぼう!」
「いや、早く目的の宿に向かった方が――」
「あっちの店はパン豚のステーキだ! 入ろう、ルーシア!」
「グレイ隊長の指示が優先だ!!」
「えー……」
「早く行くぞ!」
あぁ……パン豚……気になる……。
地下牢の飯にパン豚なんて一回も出てこなかったぞ。
給仕の奴め……。
いつもパンにスープ、サラダなんて健康的なメニューにしやがって。
「きちんと前を見て歩け、シナー。……ここは西の三区の中でも外側だ。四区に近い」
「は……? 四区ってなんだ?」
「ん……? いや、四区は四区だ」
「え? 四区できたの?」
「まぁ、まだ西だけだそうだが……知らないのか?」
「うん……。じゃあ、村は?」
「取り込まれているという言い方が正しいのかどうか分からないが、村自体は潰してある。村人は四区と東の三区に振り分けられているな」
「じゃあ、この国にはもう村がないってことか?」
「そうなる」
この世界での村というものは、前世のものとは異なる。
まずこの国は壁に囲まれており内側に向かって三層、王城を囲む城壁と合わせて四層の壁が築かれている。
その中でも一番外側にあたる四層目の壁の外、つまり国の外に村と呼ばれる集落がいくつもあった。
なぜ国の外に人間が住んでいるのか。
詳しくは俺も聞いたことはないが、おそらく新たな五層目の壁を築こうとしてそこに常駐した人間がいた。
結局その計画は頓挫して、常駐していた人間がそこに住みだした。そんな風に言われている。
「……それにしても、かなりの被害が出たんじゃないのか?」
「そう思うだろ? そこで国中に名を轟かせる程の活躍をしたのが、ジェム騎士総長とグレイ隊長だ!」
「あー……。そういえばジェムのオッサンは守護神って呼ばれてるんだっけ?」
「そうだ……。あの二人は騎士の憧れなんだ……」
「ちゃっかりグレイさんを隊長呼びしてるもんな?」
「い、いや……ほらっ! グレイ隊長の直属の部下になるわけだし! 別にグレイ隊長と呼べて誇らしいだとか、そういうわけではないぞ⁉」
「はいはい。……それで、四区に近いとなにがあるんだ?」
「ほんとだからな……?」
「分かってる。それで?」
「……冒険者だ」
「冒険者か……。ん? 冒険者がいるのか?」
「あぁ。さすがに冒険者は知っていたか」
いや知ってるけどさ。
それは前世の記憶にある漫画とか小説とかで出てくる職業で、この世界にはなかったはず……。
待てよ。
たしか前国王が俺と同じ存在の可能性があったな。
アルフレッドは確実に前世の記憶などは無いから、前国王から聞いていたとかだろうか?
「アルフレッド陛下が新たに考えだされた冒険者制度だが……。正直に言うと私は好まない……」
「なんでだ?」
「理由はいくつかある。……一番最初で騎士から戦闘や国の外での基礎を学ばせるとはいえ、付け焼き刃もいいところだ。……端的に言ってしまえば素人集団が魔獣に食われに行ってるようなものだ」
集団で魔獣に、か……。
やっぱり俺の知ってる冒険者と同じようなもんだと思っていいな。
にしてもそんなことをさせて、アルフレッドはなにがしたいんだ?
「そして更に好まない理由がある。……それは――」
「オー!! きれいなねぇちゃんがいる!!」
急に近くを歩いていたオッサンが叫んだ。
「お、ホントじゃねぇか!」
「滅多に見れない上玉だぜぇ!」
すると、そのオッサンの近くにいたオッサンたちもこっちを見ながら叫びだした。
オッサン全員、顔が真っ赤で足取りがおぼつかない。
完全な酔っ払い集団だ。まだ夕方だってのに。
「ねぇちゃん、おれ、おれ知ってる? けっこー名の知れた冒険者なんだよ!」
「おまえなんか知るわけねぇだろ、ナァ、ねぇちゃん」
どうやらルーシアに絡んでいるようだ。
こういうことだ、ってウンザリした表情でこっちを見てくるルーシア。
なるほど。美人だから絡まれやすいのか。
「……腰の剣が見えないか? 私は騎士だ」
「アァ? ……騎士だ……」
「おぉ、キシさまだ……」
なるほどな、いくら酔っ払いでも騎士に絡む馬鹿はいないか。
「美人のキシさまだ!」
「おお! 美人な騎士さま、オレたちこれから五軒目なんだ! つきあってくれよ!」
「イイな! 美人に酌される酒ほどウマイもんはねぇ!」
オッサンたち、馬鹿じゃなくて大馬鹿だったのか……。
「悪いが私たちは先を急いでいる……今なら見逃してやる、立ち去れ」
「見逃してやるぅ……?」
「あぁー? ねぇちゃん、オレたち冒険者だぜぇ」
「たしかに武器は返してるけどよ……それにしても舐めすぎだろぉ?」
「オレたちゃ、毎日のように外で魔獣を狩ってるんだぜ?」
騎士にここまで喧嘩売るとか正気かよ……。
あ、酔っ払いだから正気じゃないのか。
「どうせねぇちゃんみたいな美人はァ……お偉いさんに身体売ってるんだろ?」
「イイナ! オレらにもやらせてくれよ!」
こいつら……。
さすがに殴っても文句は言われねぇよな?
「ルーシア、こいつら殴ってもいいか?」
「……駄目だ」
「……ここまで侮辱されても……受け流せってことか……?」
「いいや……私がやるからだ」
へ……?
「ここまで不愉快な気持ちになったのは久しぶりだぞ……一人残らず叩きのめしてやろう……」
「……ルーシア、すごく怒ってる?」
「シナーの目には……私が怒ってないように見えるか……?」
「ううん……般若に見える……」
「……般若がなにかは知らないが、シナーは後ろに下がっておけ……」
「いや、ここは俺も……なんでもないです……睨まないでよ……」
「全員……私の獲物だ……」
怖いよ、ルーシア……。
「さっきから聞いてりゃ、ずいぶんと言ってくれんなァ?」
「ねぇちゃん一人でオレたちに勝てるわけねェだろォ……」
「オイ、にいちゃんも言ってやれよ……あやまるならいまだぞって」
俺に振らないでよオッサン……。
「先を急いでいるんだ……。さっさと来い、素人」
「言ってくれんじゃねェかっ!!」
おお、オッサンの右フック!
ルーシアが華麗に躱してからのぉ……左脚キック!
オッサンの腹部に綺麗に入りましたねぇ。
地面に倒れこんで悶えているオッサン、これはもう戦闘続行は厳しいと見ていいでしょう。
「このアマっ!!」
おおっと、続いてオッサンその2のタックルだ!
ルーシアはまたしても華麗に躱すぅ。おっと、オッサンその2が転んだ!
躱しながらもしっかりと足をかけるルーシア!
これはプロの業ですねぇ。
そして、オッサンその3に急接近!
右ストレートをしっかりとキャッチしてからのぉ?
一本背負いだぁ!
これは強烈!!
「……シナー。普通に見ててくれ……」
「……普通に見てるけど?」
「なんというか……こう、気になる視線というか……なんか不快だ」
「えー、普通に見てるけどなぁ~?」
「オイっ! 戦いの最中によそ見してんじゃねぇぞ!!」
「ちょっと強いからって舐めやがって!!」
いや、ちょっとじゃなくてかなり差があると思うが……。
「こうなりゃなんでもアリだ!」
そう言ってオッサンが取り出したのはナイフ。
なるほど、市民の剣の所持は禁止されてるからナイフか……。
さすがにルーシアも剣を抜かざるおえないか?
ん?
ナイフのオッサン、こっち見てんな……。
「死ねぇっ!」
「なんで俺っ⁉」
ナイフのオッサンはなぜか俺を標的にした。
たぶんルーシアが怖かったんだろうな……。
「悪く思うなよ、にいちゃんっ!」
「思うわっ!」
ナイフを振りかぶるオッサン。
しかし甘いな……。
戦闘経験は無いが、俺はドラゴンの適合者だ。
こういう時は手首に一発、手刀を打ち込めば思わずナイフを手放してしまうと見たことがある。……前世の記憶にある漫画で。
「ちぇいやぁぁあ!」
思わず出てしまった変な掛け声と共に、一閃。
なにかが砕け散る音が響き渡った。
「……あれ……?」
手首に打ち込むつもりだった手刀が、ナイフの刀身に当たり砕いていた。
「……」
オッサンは砕かれたナイフを見つめて呆然としている。
周りを見渡すと、それまで真っ赤だったオッサンたちの顔が真っ青になっており、ルーシアに至っては瞳をキラキラと輝かせながらこっちを見ている。
いや、ルーシアの反応はおかしいだろ。
なんで憧れのアイドルを生で見ちゃったみたいな反応なんだよ。
「双方、静まれ! 私たちは騎士だ! 大人しく……あれ……?」
どうやら周りで見てた誰かが、騎士を呼んできたらしい。
ただその騎士はこの静かな一幕を見て困惑している。
さて……ルーシアになんて言おう……。




