表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

日常とその終わり

「アーサー……」



 眠い。

 


「アーサー……!」



 アーサー?

 誰だ、それ。俺の名前は、裕一だ。

 アーサーなんて奴は知らない。



「……起きなさい、アーサー」



 そうだ。起きなきゃ。

 遅刻してしまう。



「……お兄ちゃん、起きないの?」



 お兄ちゃん?

 裕子は、もう五年前にとっくに……。



「アーサーお兄ちゃん! 起きなさい!」


「……っ! なんだ、ルーシアか」


「おはようお兄ちゃん!」



 そうだ、思い出した。

 俺はもう、アーサーになったんだった。



「お兄ちゃん……?」



 仕事に向かう途中……あれ、なんで死んだんだっけ?

 もう前世の記憶もあやふやだな。



「お母さーん、お兄ちゃん寝ぼけてるー」



 そうだ。

 俺は生まれ変わったんだ、この異世界に。



「おはよう、アーサー。 まだ寝ぼけているの?」


「あぁ、ごめん母さん。今起きたよ」


「えぇ、おはよう。お母さん、お仕事行かなくちゃだから……」


「分かってる、ルーシアの面倒はちゃんと見るよ」


「むぅ! わたし、もう一人で大丈夫だよ!」



 新しい母、新しい妹。

 どちらも、前世で喪った存在。


 この世界の俺にとっての、宝物。



「分かってるよ、ルーシア。お兄ちゃんが一緒にいたいんだ」


「お兄ちゃんは寂しがりやさんだもんね。しかたないから、一緒にいてあげる!」



 そう言って抱きついてきたルーシアの頭を優しく撫でる。



「アーサーがお利口さんで、ほんとに助かってるわ。ありがとう」


「ううん、母さん。お仕事頑張って」


「えぇ。じゃあ、行ってくるわね」


「お母さん! いってらっしゃーい!」



 笑顔で手を振りながら仕事へ向かう母さんを見送る。

 この世界の父親が帰ってこなくなってから、もう三年。



「ルーシア、朝ごはん作るからな」


「はーい! お手伝いするよー!」



 こうやってルーシアのお世話をしながら、家事をこなすのが俺の日課になってる。



 前世の記憶では、俺はこういった風に異世界に転生する小説なんかを読んでたみたいだ。


 そういった小説では、主人公はチートという名の降ってわいたような力を手に入れたり、なにか特別な知識を覚えていて、それで大金を稼いだりしているのが多かった。


 でも、俺にそんな力は無いし、前世の記憶もあやふやだ。


 銃という概念を覚えてはいるが、それを開発できる知識は持ち合わせていない。

 前世にいた頃、当たり前のように使っていたモノですら、その製造技術に関することなど何一つ知らないんだ。




「お兄ちゃん、火、私がつけたい!」


「だめだ。ライターは危ないから、お兄ちゃんがつける」


「はーい……お兄ちゃんのケチ」


「ルーシア、聞こえてるぞー」


「えへへー」



 笑って誤魔化すルーシアがあまりに可愛くて、その頭を撫でてやる。

 嬉しそうに自分から擦りつけてくるルーシアに、やっぱり今の俺にとって、かけがえのない大切な存在なんだと再認識させられる。



「にしても、ライターか……」


「便利だよねー! 王様が考えたんでしょ? すごいね!」


「そう、だな……」



 ライター。

 それは俺の前世の記憶にもある火を簡単につける道具だ。


 この世界の文明レベルは中世に近い。それなのにこんなモノが存在し、それを考え出したのは、この国の王様。


 たぶん、俺と同じような存在なんだろう。


 ただ、最近は良い話を聞かない。


 王様は精神を病まれた、悪魔に憑りつかれた、なんて噂が俺たち平民の間でも出回るぐらいだ。

 実際は、相当に危ない状況なんじゃないだろうか。



 トントン。



 不意に、玄関の扉を控え目に叩く音が聞こえた。



「はーい!いま出ますよー!」


「ルーシア、たぶん隣のお姉さんだ。昨日おすそ分けをくれるって言ってたから」


「わかったー!」



 元気に玄関へ向かうルーシアの後ろ姿。


 たとえチートなんて無くても、母さんとルーシアがいてくれれば、それで良い。

 お金はもちろん必要だけど、それは働ける年齢になってからだ。


 母さんを楽させたいから、早く大人になりたいってことは思うけど。



「お兄ちゃん! やっぱり隣のお姉ちゃんだった! はい、おすそ分け」


「おぉ、立派な野菜だな。ありがたい」


「それにしてもさ、隣のお姉ちゃんほんとに綺麗さんだよねー」


「そうだな、綺麗な赤髪だ」


「お兄ちゃんの赤髪も綺麗だしなー。私も赤いのがよかったなぁ」


「ルーシアの茶髪は、とっても綺麗だよ」


「ほんと! お姉ちゃんより?」


「あぁ」


「やったー!」



 嬉しくてクルクル回り始めたルーシアを横目に、ご飯の準備を始める。


 こんな日常がこれからも続く。

 いや、続かせてみせる。俺が絶対に守ってみせるんだ。





「ただいまー。アーサー、ルーシア」


「お母さんおかえりなさい!」


「おかえり、母さん」



 朝ごはんを食べた後、ルーシアと遊んで、二人で家事をして。

 気づけばもう母さんが帰ってくる時間だった。



「ルーシア、寂しくなかったかしら?」


「うん! お兄ちゃんと一緒だと、いつもあっという間なんだ!」


「そう……。お母さん、アーサーに嫉妬しちゃう」


「でもお母さんもいると、もっとあっという間なんだよ!」


「もう! ルーシアったら!」



 ルーシアを抱きしめた母さんは、俺を申し訳なさそうな表情で見る。



「アーサー、いつもごめんなさい。あなただって、遊びたい盛りなのに」


「やめてよ母さん。俺にとっては、家族が一番大事だよ」


「アーサー……よし、じゃあ晩御飯の準備するから、手伝ってくれる人?」


「はーい!」


「はい!」



 そうやって、仲良く三人で晩御飯の準備に取り掛かる。



「母さん、今日はなににするの?」


「そうねー。今日は……なにが良いかしら」



 こうやって過ぎていく暖かい時間がなにより嬉しい。

 いつの間にか笑顔になってる、そんな自分に少し驚くぐらいだ。



 ドンドンッ!



 急に、玄関の扉を乱暴に叩く音が聞こえた。


 その音がなぜか、不吉なモノの気がして俺は思わず母さんの腕を引いた。



「あら、誰かしら」


「……母さん、なんだか嫌な感じがする」


「大丈夫よ、アーサー。お母さんが出るから」


「えー! 私が出たい!」


「じゃあ、二人でいきましょうか」


「うん!」



 待って。


 なぜかその言葉が出ない。

 不思議と、身体が硬直しているかのように動かない。


 ダメだ。

 ダメだダメだ。


 理由なんてない、でも、その扉を開けたら。

 すべてが崩れ落ちてしまうような。



「……思い出した」



 それまで単語すら発することができなかった口が、勝手に動いた。



「……あの日、裕子が……家のドアを開けにいって」



 そして、それまで思い出すことができなかった前世の記憶の一部が。



「そしたら……真っ赤な……」



 唐突に開いて。



「はーいどなたで……え?」


「……大人、選定対象から排除、斬る」


「にげ……」



 数秒だった。


 玄関の扉を開いた母さんが、その男に斬られるまで、たったの数秒。

 俺は、その光景をただただ見ていることしかできなかった。



「あの時と……同じ……裕子が殺された日と……」


「あ、あ、お母さん……?」


「子供、幼すぎる、選定対象から排除、斬る」



 男が剣を構える。

 ルーシアを斬る気だ。


 やめろ、やめろ、やめてくれ!



「ルーシアッ!!」


「あ、お、おにいちゃ――」



 真っ赤な血が、舞っている。



 なんで。なんで。

 なんで、あの日と同じ。

 なんで裕子と同じ。


 大切なものが奪われているのに。

 なんで俺の身体は、あの日と同じで、動かない。



「子供、年齢基準に適当、選定対象に入る」


「あ、おれ……なんで、なんで……うごいて……」


「連行する」


「うっ……」



 男が近づいてきて腹部に衝撃を感じると、意識がどんどん遠くなっていって。


 ゆっくり過ぎる時の中で、鉄の匂いだけがやけに感じられた。


読んでいただき、ありがとうございます。

三話までプロローグのようなものが続きます。

誤字脱字などあれば教えてくださると助かります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ