トゲ無くて死す
ウニ人の生活は静かなものだった。
ある日、隣に越してきたインド人の喧騒は、日ごと大きくなる。
最初はタブラだった。
小太鼓を二つ並べ、器用に鳴らす彼を見て、退屈で静かな日常に幾ばくかの刺激をもたらし、まあ、良いだろうとしたのが始まりだった。
続いて、カラリパヤット。
タブラは北インドの楽器で、カラリパヤットは南インドの武術ではないか。
そんな事も考えていた気がしたが、日常に埋もれていった。
とうとうマハラジャの踊りなどと、映画になったらしい動きを、彼等が何十人かで動き回る様は、極彩色の布を身に着け、化粧した人が舞うと言うよりは、絡み合って何か抽象的なーー男と女の恋であったり、インド神話であったりと、それは目まぐるしく変わる絵ーーを見ているようだった。
喧騒の起こらない日は無い。
そんな日々が続いたが、ウニ人はこの生活に安堵していた。
インド人は、ウニ人のトゲの殻で覆われた黄金の丹を、狙わない。
毎日のように漂う香辛料の香りがきつくとも、求めていた静寂からは遠ざかっても、隣人の彼がーー最近は彼等、になったーーがウニ人自身のトゲで覆っている、弱く柔らかな大事なものを、暴こうとしない。
それこそが静寂よりも尊い、真の安寧なのだ。
不用意に近づいて来るものには容赦はしないが、彼等は陽気に歌い、踊り、
たまに、カリーを食べないか? と聞いてくる程度である。
ウニ人は満足していた。
だがそのような日々は、世間での流行りの食べ物が、ウニのスープカレーとなってから一変した。
スープカレーに興味の無いインド人は、ウニ人への態度も、これまで通りだった。
変わったのはウニ人の環境である。
唐突に刃物を持った者が訪れたり、網を使って捕らえようとしたりと、ウニ人を追いかける。
インド人らは積極的に追い払ってくれたのだが、それも近々限界が来るであろう、と、思われた矢先。
インド人らを囮に隣人を捕らえ、隣人を囮に、ウニ人を捕らえに来たのだ。
捕らわれた彼等のいる崖にて、すでにウニ人の丹はぐつぐつと蠢き、その黄金は輝きを増している。
すぐさま彼らを釈放しろと迫ると、犯人は口端をくっと上げ、ウニ人を捕縛し、インド人らを崖から落とした。
その後のウニ人の怒りはとてつもなく、そのトゲは辺り一面を黒い針山に変えたと言う。
残った丸くてツルツルとした、タマゴウニ人めいたウニ人だったものは、ウニ人生で初めて泣いた。
と、崖から何か音がする。
タブラの音、手拍子、何十人かで舞う姿。人々は黒い剣をーーよく見るとウニ人のトゲであるーーを手にし、剣舞を踊る。
踊りながら浮き上がり、ついには崖の上に登った。
涙は乾き塩となり、トゲ無くて死す前の幻か、それとも奇跡かと考えながら、インド人の隣人のことを思って眠りについた。
(了)