花びらにつかまって
花びらにつかまって、空をとびたい。
花の妖精フローラは、いつもそう思っていた。
自分は花の精なのに、花の散る所までついていってない。
おかしい。
「そうよね、ママ」
フローラは近くの花に座るママに聞いてみる。
フローラと同じバラの花に座るママは首をかしげた。
「んー、あぶないからだめなのよ」
ママの目は花を飛び回るミツバチに向いている。
いつもそうだった。
ママがバラに力を込めて私が生まれたのに。
自分の花の周りのミツバチばっかり見ている。
私は見ていない。
それだったら。
フローラの気持ちに答えるように強い風が吹いた。
バラの赤い花びらが一枚、ふわりと舞い上がる。
フローラは花びらに、ぴょんと飛びついた。
ママはまだミツバチを見ている。
私がいなくなった事なんて気づかない。
フローラは笑って小さく手を振った。
他の花に座っている妖精たちが、びっくりしたようにフローラを見ている。
フローラは他の妖精たちにも手を振った。
「いってきまぁす」
フローラはこれから始まる冒険にどきどきしていた。
大丈夫、妖精の魔法もある。
1人でなんでもできるわ。
花びらは風に乗って、ぐんぐんと妖精の里から離れていく。
ちょっとすると、10匹ぐらいのウサギたちが見えてきた。
「こうやってこう掘る。一気に掘るの。やってみて」
「勢いよく後ろに土を飛ばすんだぞ」
「わかったよ、ママパパ」
「はーい、ママパパ」
ウサギたちは穴掘りの練習中なのだった。
あちらこちらに土の小山がいっぱいだ。
フローラの方にも土が飛んできて慌てて避けた。
「こんにちわ、ウサギさんたち」
ウサギたちは妖精の里にも穴を掘っているから知っている。
フローラのあいさつにウサギたちは耳をピクピクさせた。
「こんにちわ! いいなぁ、自由に空を飛んで」
子ウサギが羨ましそうに前足をこすり合わせた。
「うふふ、花びらがどこまでいくか見るの。一緒に行く?」
フローラは子ウサギにふわふわしながらも手を伸ばした。
子ウサギは目を輝かせる。
「だめよ、穴掘りの練習よ」
ママウサギが子ウサギの前に割り込む。
「ウサギは穴を掘るって決まっているんだぞ」
パパウサギが子ウサギの耳を突っついた。
「さあ、どんどんやりなさい」
ママウサギがフローラの方を見る子ウサギの肩を押す。
「はーい………」
子ウサギはしぶしぶと穴に向かった。
フローラはそんな様子を見て、仕方ないわとため息をついた。
ウサギにはウサギのやることがあるのだ。
それを邪魔しちゃいけない。
フローラの気持ちに答えるように、また強く風が吹いた。
「ウサギさんたち、ばいばーい」
「ばいばーい」
ウサギたちは笑顔で手を振ってくれたのだった。
しばらくまた風に乗っていると、じめじめしたところに出た。
木がいっぱい生えている。
そこにはトラたちが6匹いた。
「走っていってパッと飛びかかるのよ」
「パッと?」
「パッとって?」
「いいわ、ママがやって見せるから」
ママトラがちょうど群れから離れたシカにとびかかるところだった。
すごい速さでママトラがシカに飛びつこうとするけれど、シカがひらりと避けて逃げて行った。
「いまのはたまたまね」
ママトラが頭をかいた。
「でもパッとはわかったよ、ママ」
「ママはやい」
「ママすごい」
子トラたちが口々にママトラをほめる。
「トラさんたち、こんにちわ」
フローラは元気にトラたちに声をかけた。
トラたちはパッと振り返る。
パッとのタイミングはばっちりみたいだ。
「見ない顔だね、こんにちわ」
「こんにちわ」
「うわぁ、なにこれ」
子トラたちが飛びかかって来ようとする。
「あっ、ちょっとやめてちょうだい。私は花びらがどこまでいくか見に行くんだから」
フローラは子トラの爪から慌ててよけた。
手が届かない上に逃げても、ジャンプして飛びかかって来ようとする。
子トラのわんぱくも困りものだった。
これは妖精の魔法を使わなくてはいけないかもしれない。
「へえー、ママ、一緒に行ってもいい?」
飛びかからなかった子トラの1匹が、ママに向かって首をかしげる。
「だめよ、狩りを覚えないと」
ママトラは首を横に振る。
「残念」
子トラが残念そうに今度はさっきと反対に首をかしげた。
「また、今度ね」
フローラは笑って手を振る。
早めにバイバイする事にした。
いつまでもここにいるとトラたちに飛びつかれそうだからだ。
「トラさんたち、ばいばーい」
「ばいばーい」
子トラたちだけがフローラに笑顔で手を振ってくれたのだった。
きっとママトラは狩りの練習を止められたのが嫌だったのかな、そうフローラは思った。
そして、今までよりもっと強い風が吹いた。
強い風に乗って海を越える。
そこはフローラより大きい人間たちがいっぱいいる所だった。
花びらはこんな遠くまで飛んできていた。
フローラはそれを知れて満足だった。
「最後まで花びらがどこに行くか見なきゃね」
「だぁれ?」
フローラの独り言に、近くの皆の中では小さい人間が話しかけてきた。
ほんのちょっぴりフローラのママに似ている人間と手を繋いでいる。
ママと子供ね、とフローラは思った。
「フローラよ。花びらがどこまで行くか見に行くところなの」
「ふぅん、私はねユキ。ママとバスを待っているの」
人間のママとユキは、ウサギやトラと違って立っているだけだった。
しかも人間のママは、子供と手を繋いでいない方の手で何か薄い板を見ている。
ユキは退屈そうだった。
「私と一緒に花びらがどこまで行くか見る?」
フローラは笑顔でユキに手を差しのべた。
「ほんと? ねぇママ、花びらについてっていい?」
ユキはママに向かって首をかしげる。
ユキはママを見ているけれど、ママは薄い板を見ていてユキを見ない。
「何言っているのユキ、静かにしなさーい」
ママはのんびりとユキに注意する。
ユキは笑顔で口に指を立てた。
「静かにね」
ユキはママの言いつけを守って「静かに」フローラに手を差し伸べた。
ママとつないでいた手を振り払っている。
「はじめてよ。私についてきてくれるの。さあ、いきましょう!」
フローラが、ユキを自分の方に引っ張ったちょうどその時。
大きな音をを鳴らしながら鉄の塊がこちらに向かってきた。
車道にはみ出したユキに、すごい勢いで大きな四角い鉄の塊がせまる。
このままではユキにぶつかってしまう。
人間のママが薄い板を放り出して、大きな声で、
「ユキ!」
と叫んだ。
フローラはしてはいけない事をしたんだと分かった。
子供はママから離してはいけなかったのだ。
トラたちもウサギも人間もママと離れてはだめなのだ。
フローラは妖精の魔法で、時間をユキに声をかける前に戻した。
時間を戻す魔法は、妖精が使える魔法の内の一つだ。
よく他の生き物にいたずらしてしまった時とかに使う。
フローラはその力を振り絞った。
フローラが時間を戻すと、そこには手を繋いだママとユキがちゃんと立っていた。
人間のママは薄い板を見ているけれど、ちゃんとユキと手を繋いでいる。
それはユキが大事ってことだ、多分。
「さよなら」
フローラは小さくささやいた。
そこにまた強い風が吹いた。
妖精の力を振り絞ったフローラは、風に乗せられてどんどん高く舞い上がっていく。
どんどん高く、どんどん高く。
広い海の上に出ると、強い風が花びらをばらばらにしようと吹き付けてきた。
フローラはもう力がないので、花びらにつかまるしかない。
花びらと一緒にばらばらになったら海に落ちるだろう。
海に落ちたら、水と花びらとフローラはどれがどれなのか分からなくなるに違いない。
フローラは、花びらの最後が分かった。
ばらばらになって海に溶けて、海になるのだ。
分かってみれば何のことはない。
心がドキドキすることは何もなかった。
ママが言っていた通り、妖精には「あぶない」ことだったのだ。
フローラは、ミツバチを見つめていたママの横顔を思い出していた。
最後にママに会いたいような気がした。
だけれど、妖精の魔法はついさっき使ってしまったばかりだった。
もう使えない。
「ばいばい、ママ」
フローラは風に身を任せた。
「………え?」
フローラはまばたきをした。
信じられなかったのだ。
気づくとフローラは、いつのもように花の上に座っていた。
お気に入りの赤いバラの上に座っている。
目の前にはママが浮かんでいる。
ママはフローラをじっと見ていた。
それでフローラは分かった。
ママの妖精の魔法でフローラの時間が戻されたのだ。
「ママ、あぶないことしてごめんなさい」
フローラは素直に謝った。
ママはうなずく。
「ママはあなたが危なくなったら、ママだからわかるの。もちろん魔法で助けられるわ」
ママはそう言って、フローラの頭をなでた。
ママは穏やかで優しい目でフローラを見る。
「だけれど。………でもね。時々はフローラを見るわ」
「ママ」
ママが珍しくにっこり笑って、フローラもにっこり笑った。
それから、今日もフローラは花の上に座っている。
少し離れた花にはフローラのママが座っている。
あいかわらずママはミツバチを見ている。
けれど、フローラは満足だった。
「ねえ、ママなんでいつもミツバチを見ているの?」
フローラが尋ねると、ママがフローラの方を見る。
「妖精のおしごとよ。ミツバチがちゃんと花粉を運んでいるか見ているの」
「大事なお仕事?」
「ええ、そのうちフローラにも教えるわね」
「うん」
フローラの元気な返事に、ママはにっこりしてからミツバチに視線を戻した。
フローラはもうちゃんと分かっていた。
ママは大事な仕事をしている。
そしてそれはそのうち、ウサギたちやトラたちのようにちゃんと教えてもらえる。
それから、人間のユキもちゃんとママと一緒に居た。
ユキのママも大事な仕事をしていて、ユキもフローラのように「そのうち」教えてもらうのだろう。
ふと、また一枚花びらが散った。
けれど、もうフローラはつかみにはいかなかった。