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守るもの、守られるもの


ギシギシと音を立てる階段をゆっくりと上がり、その廊下の奥にある部屋のドアをそろりと開ける。すると、中にいた女が座っていたベッドから立ち上がり、慇懃に頭を下げた。


「おかえりなさいまし。お話し合いはいかがでございましたか?」


そう尋ねられて、ふんと鼻で笑うと、ハイドは素早くマントを脱いでベッドの上にバサリと放った。その拍子に埃がぶわりと舞う。電灯の光は粗末なもので到底、明るい部屋とは言い難い。薄暗い空間に、貧弱な光を受けながら、ちらちらと埃が光る。


「国王の命令や父親のことなど、どうでもいいということだ」


ふん、とさらに鼻を鳴らす。


「では、私からムイに?」


「いや、それはまだいい。もう少しだけ、揺さぶりをかけても良いだろう」


ハイドが言うと、女はベッドに放られたハイドのマントを手に取り、近くのフックに丁寧に掛けた。


「お前は城に戻れ」


振り返ると、女は小首を傾げた。


「ブァルトブルグ城にですか? それとも、……?」


ハイドはニヤリと笑うと、「お前のそういう所が、俺のここを熱くする」


ハイドは自分の心臓の辺りを、とんとんと指で突いた。


部屋を出て行こうとした女を呼び止める。その女に近づくと、銀の髪を短く揃えてある頭の後ろへと手を回して、その髪を掴んだ。


ぐいっと引っ張られ、女が顔を上げる。不満があるとでもいうように突き出した唇。その唇に噛みつくようにハイドが自分の唇を押しつける。女はそれに甘んじるように、そのまま深く重ね合わせた。


しばらくの間、深いキスを堪能すると、唇を離してからハイドは言った。


「ムイには、リアン宰相を無視するとどうなるか、お前が知らしめてやるのだぞ、シバ」


激しいキスの後遺症なのか、女の水色の瞳が潤んだように光る。


「わかっております。お任せください」


銀の髪をさらと流す。


シバは足元に転がっている二胡を袋に入れると、肩から掛けて、階段を下りていった。


✳︎✳︎✳︎


「ムイの父親が、ブァルトブルグ城に? それは本当なんでしょうか」


ローウェンが片眉を上げて、言い放った。


「ハイドといういけすかない奴がそう告げてきたのだ。父親を人質に取って、ムイを寄越せと言っている。国王陛下から何かの打診があるであろうとは思ってはいたが、このように早く使いを寄越してくるとは」


「収穫祭の夜の、あの騒動は大いに話題になりましたからね」


「あれはまあ、そうだろうな……」


「ロマンチックな恋愛話としても、大袈裟に飾り立てられて伝わっているようですからね。噂好きの奥方様が国王陛下の耳にでも入れられたのでしょう」


「なんだ、それは?」


「知らないのですか? リンデンバウムの名を握る領主と名を持たぬ歌姫の大恋愛の巻、ですよ」


「そんな噂話が立っているのか」


「何を仰っているのやら。あんな大勢の観客の前で、こちらが見ていられないくらいの熱い抱擁を交わしていた当の本人が、そのようにおとぼけになるとはね。それに、」


リューンには何も言わせないと、息をつかずに言い切った。


「単なる噂話ではありません。収穫祭での大団円は、紛れもない真実の愛ですから」


「ろ、ローウェンっ、もういいっ」


リューンが慌てて、制しようとする。


「とにかく、」


ローウェンが、んん、と喉を鳴らした。


「取り敢えず、ここは相手の出方を見ることにしましょう。私もブァルトブルグにいる友人に、陛下がどのような様子なのかを訊いておりますゆえ」


最後に一言だけ言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。


その澄ました態度が癪に触りはしたが、「けれど、ローウェンの言う通りだ」と呟くと、ベッドの上にごろっと転がり目を瞑った。


「……今は様子を見るしかない」


それでも……とリューンは額に手の甲を当てて考える。


(ムイは……ムイは俺が守る)


何度もそう繰り返しては、リューンは心を固めていった。



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