花の髪飾り
「すごく綺麗だ」
リューンの心は今にも溢れ出しそうなほどに、高揚している。
「やっと、この日を……」
その先は言葉にならなかった。
ムイが純白のドレスの裾を少し持ち上げて、軽く会釈をした。
結婚式の当日の朝、支度が終わったムイの部屋へとリューンは入った。張り切ってムイを飾りつけしていたストーン夫人も退席し、今は二人きりだ。
(ようやく、この日を迎えることができた……)
国王の元へと連れ去られたことを知り、もう二度とムイには会えないのかと悟った時、リューンは今までにない最悪の絶望感を味わった。
(俺の妻となれば、国王だろうがどこぞの領主だろうが、そうそうは奪い去ることはできないだろう)
リューンは、ほっと胸を撫で下ろす。
あとはムイの心変わりを心配するだけだ。けれど、それももう杞憂のことなのだということは、先日の花騒動でもはっきりと証明されている。
(ムイは、俺を愛してくれている)
そう思うだけで、胸がいっぱいになる。
何という幸福感だろう。
リューンは、少し前のことに思いを馳せた。
今回の結婚式で使うティアラを用意しようと、リューンがムイにどのようなデザインが良いかを訊いたことがあった。
しかし、驚いたことにムイはティアラは不要だと言うのだ。
微かな不安で、リューンの心がゆらと揺れた。
「なぜだ。結婚式だぞ。ティアラは必要だと思うが、」
リューンの問いにムイは慇懃に答えた。
「リューン様、お願いがございます」
「なんだ?」
「リューン様に、いただいた髪飾りを使わせていただきたいのです」
「母上の、か」
ムイの言葉に、胸がぶわと熱くなり、リューンは言葉に詰まるほどだった。その髪飾りが、今。
後ろへと一つにまとめ上げられた髪にひっそりと差されている。
胸が。
どくんと鳴って、愛しさがせり上がってくる。
「……ムイ、お前を妻にできて、幸せだ」
「リューン様、」
そっと、ムイの頬に手をあてがうと、その手に頬を擦り寄せたムイの瞳は潤んでいた。
「お前、を……愛し、ているんだ」
喉が詰まって、声がかすむ。
ムイを好きだと自覚したのは、いつ頃のことだろうか。この髪飾りを贈った頃だろうか。
(きっとあの頃はもう、俺の中へとお前の存在が入り込んできていたのだろうな)
リューンの頭の中を、ムイとの思い出が駆け巡る。思いを馳せていると、ムイの腕が動いて、リューンは意識を戻した。
改めてムイを見る。
ムイはそっと流れている涙を、その細い指で拭っていた。
「リューン様。私のような、名前どころか何も持たない者を妻にと召し上げていただき、」
顔を上げて、リューンを見上げる。その拍子に、長い睫毛に含んでいた涙が、ぽとりと落ちていった。
「ありがとうございます」
リューンが慈愛に満ちた目を向ける。
「お前の名前はムイだ。それにそれは俺が贈った名だ」
「はい、」
「俺はムイ=リンデンバウムの名を一生愛すると誓う」
ムイが泣きながら笑い、はい、と言うと、リューンが腕を伸ばしてムイを抱き締めた。
「一生、離しはしない」
熱い抱擁は、ローウェンが痺れを切らして何度もドアをノックするまで、続いた。




