結婚式
「大変です、リューン様。城の門の前に人が集まり過ぎて……」
リューンが廊下でローウェンと話をしていると、廊下の先からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
侍女のジュリが息を切らして走ってきて、二人の前でお辞儀をする。
「皆さんが、ムイの、ムイ様の歌を聴きたいと、口々に……」
ジュリが胸の前で手を握って、はらはらとしている様子を見せる。
「とにかく、城に入れるわけにはいかない。ムイは金輪際、歌は歌わないと言って、追い返すしかないな」
「リューン様、」
ローウェンが進み出て、リューンへと顔を向けた。
「まあ、いっときの騒ぎだとは思いますが、ここで逆手に出て、ムイに歌を歌わせる、ということも有りですよ」
「何を言っている、ローウェンっ。そんなことをしたら、領地外からも人々が押し寄せ、る、ぞ」
ローウェンの顔にいささか余裕があるのを見つけると、リューンはふむ、と考え込んだ。
「人々を外から集め、大勢の前で盛大に結婚式を行える、ということか」
「そうです。なんせムイには国王陛下の元歌姫の肩書きもありますからね。その歌姫が歌を歌うとなれば、たくさんの人が集まるでしょう。リューン様、あなたも大勢の観客の前で、ムイは俺のものだと誓いのキスまでできますし、一石二鳥ではないですか」
物怖じしない物言いに、リューンは睨みをきかせてから言った。
「お前を殴りたい気分だ」
「それはどうも」
ツンと顔を背けると、「これは忙しくなりそうだ」と言って、その場を離れていった。
「リューン様、それではアランに頼んで立て看板を立てましょう」
ジュリが急いで廊下を戻る。
リューンは踵を返して、ムイの部屋へと向かった。
(国王がどう出るか、気になるところではあるが……)
リューンはドアの前に立ち、トントンとノックをする。中から声がかかって、ドアを開けた。
「ムイ、お前に話したいことが、」
ムイの他に、一人女性がいる。二人は同時にリューンへと顔を向けると、膝を折って挨拶をした。
「ムイ、それは」
ムイから目が離せなくなる。
ムイはリューンが贈った白バラのように真っ白なウェディングドレスをまとっていた。
そのバラの名は、「月光」。
(月の光とは、美しい名をつけたものだ)
リューンは、黒髪をピンで軽くまとめ上げている、ムイのその透明なうなじや、光沢のある生地から出ている細い肩に、釘付けになった。
「ムイ、すごく綺麗だ」
うっとりとした声が出てしまった。
ふふ、と笑い声がする。
部屋にもう一人女性がいることに気がついて、リューンは少しだけ羞恥を覚えた。
「ストーン夫人、失礼いたしました」
女性は自分のドレスの裾を少しだけ足で避けると、くすくすと笑って言った。
「大丈夫ですわ。ミリアから、リューン様とムイはラブラブでいつも当てられていると、聞いておりますから」
ムイが恥ずかしそうな声を上げる。
「す、ストーンさんっ」
リューンも頭を掻きたい衝動に苛まれたが、開き直ってムイの側に寄った。
「綺麗だ、ムイ」
手を、ムイの頬に添える。すいっと撫ぜてから、そっと人差し指で鼻の頭も撫でる。
「あらあら、見ていられないわ」
苦笑いとともに聞こえてくる呆れた声。
それには、苦笑で返しながら、リューンはもう一度ムイを見た。
ウェディングドレスの胸元には、パールのビーズが施されている。綺麗ではあるが小柄で少し痩せ気味のムイの身体には、ところどころが少しだぶついているようだった。
「サイズを直すんだね」
ストーン夫人が、首にかけたメジャーをするりと外すと、ムイの胸元に当てた。
「そうです。これでは少し大き過ぎますからね」
「式までには間に合うのか?」
ストーン夫人はにこっと笑うと、もちろんです、と力強い返事を返した。
「胸元と裾、腰回りを直すだけですから、間に合いますとも」
「ブーケは頼んであるし、あとは……」
リューンは当初話さねばと思っていたことを思い出し、側にあった一人掛けのソファに座った。
心を決めて、話し始める。
「ムイ、結婚式では、歌を歌ってくれないか?」
ムイは、驚きの顔を浮かべたと思うと、直ぐに悲しそうな表情をした。
「リューン様、」
「ムイ、言いたいことはわかる。けれど、城の門の前に連日、人々がお前の歌を求めて列をなしていることもまた事実だ。ここは大いに宣伝して、この機会に盛大にお前の歌を聴かせ、歌姫はこのリンデンバウムの至宝だと宣言してはどうかと思うのだ」
「良いアイデアですわ」
ストーン夫人が大きく頷いた。
「リンデンバウムの領民も、ムイ様とリューン様がご結婚することによって、この歌姫が我がリンデンバウムのものだと知れば、たいそう喜びますわ」
その夫人の言葉と同時に、ムイが苦く笑った。
「ムイ、お前は反対か?」
リューンが、おず、と問うてくる。
ムイはそのリューンの柔らかな瞳に、深い愛情を感じると、「リューン様のお心のままに、」と言った。
「よし、決まりだ」
ムイの胸が、奥の深いところで、ざわりとざわついた。




