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傘叢話(かさそうわ)  作者: 六代目
3/3

3本目「傘相思」

 三.傘相思


 わたし、ミカは雨が嫌いでした。

「だって雨が降ったらKASAを起動するでしょ? そしたら好きな人とくっつくこともできないんだよ? まったく、誰が作ったのか知らないけど、KASAってのはムードがないよねホンット!」

 リエの言う通りです、わたしは彼女に全面的に同意してうんうんと頷きました。


 確か、このKASAというものが作られたのは百年くらい前のことだと何かで見た気がしますが、同時にそれは作られてから今に至るまでほとんど代わり映えしないものだということも知りました。

 KASAという名前は何か難しい言葉の頭文字、多分 「S」が 「システム」だとかそんなものをとったのだったはずですが、その名前ももともとはKASAができるのよりさらにずっと昔、手に持って雨を遮る原始的な道具として使われていた 「傘」というものから来ているらしいので、多分後付けの語呂合わせなのではないかと思います。

 KASAは『発生装置』そのものも売っていることは売っているのですが、近年ではほとんどの場合は携帯端末に標準的についている機能の一つになっています。

 起動した端末を持つ人の周りに雨を弾くフィールドを形成して、フィールド内の人間は濡れないというものです。理論的なことは全く分かりませんが、KASAは雨だけを弾き、それ以外のものを弾かないのだとかで、ミネラルウォーターを飲む時も特に解除する必要などのないのですが、発明以来解決されていない欠点がひとつだけあります。


 それは起動中の相互接触についてで、KASAのフィールド同士が触れると互いに干渉しあって一時的に消滅してしまうのです。つまり、KASAを起動している雨の日は誰もが皆一定の距離を空けて往来するのです。

 恋愛に発展しそうでしない男女のことを 「KASA差しカップル」と呼ぶのもそのためなのだと言います。

 わたしとヒサシ君は、その 「KASA差しカップル」でした。


 わたしの部活は女子バレー、ヒサシ君は男子バレーで互いに体育館での練習中にちょっとしたきっかけで話すようになりました。

 わたしは、すぐに彼のことが好きになりました。

 程なくしてヒサシ君と同じ男子バレー部の人に、ヒサシ君もまたわたしのことを好きなのだと聞きましたが、本人からは何も言われず自分から何かを言う勇気もなく、有耶無耶のままに今でも 「友達」を続けているのです。

 背が高くて照れ屋の彼はいつでもわたしの顔を真っ直ぐ見られず、バレー部のくせに背の低いわたしはいつもそれを見上げるばかり。どちらも積極的なほうではないので、そんな調子で一向に距離の縮まらないわたし達に一計を案じたのが、今目の前を歩いている幼馴染で親友のリエです。

 リエは来週の週末、半ば強引にわたしとヒサシ君と自分とで遊びに行くことを提案しました。しかしその直後、わたしにだけ 「アタシはドタキャンするから、二人きりでばっちりキメといで!」と告げていつもの意地悪な笑顔を見せていました。


 わたしたちは現在、本日の授業を終えて下校中。リエが「うちで面白いものを見つけた」と言うので彼女の家の前までやってきたところです。

 リエの家は旧世紀から建っているという豪邸で、生まれた時から日当たりの悪いマンションの低階層のわたしの家とはまるで別の世界の建物のようでした。

 テレビや電子教科書でしか見たことのないような石造りの門を入ると、公園にしかないような噴水、植物園にしかないような色とりどりの花が年中咲き誇る花壇が目に留まり、漫画でしか見たことのないような三メートルくらいある玄関の扉にたどりつくまで数分は歩きます。

 扉を開けると中からは元気な二匹、大型犬なので二頭と数えたほうがいいかもしれません、ゴウとチェリーが駆け寄ってきて挨拶をしてくれます。この二頭は無謀にもこの家に忍び込もうとした哀れな泥棒をセキュリティシステムに引っかかる前に捕まえるほど利口で勇敢なのだそうですが、慣れてしまったわたしにとっては甘えたがりの大きなぬいぐるみみたいでした。

 と、言っても背丈と同じくらいの獣ですから、中学校に上がるくらいまでは怖くてしょうがなかったんですけど……。


「こっちよ」

 ゴウとチェリーを従えて先を歩くリエが指し示したのは、確か昔遊びに来た時に「お爺様の部屋」だと聞いた場所でした。お爺様はわたしたちがまだ小さい頃に亡くなっているので、そこは現在使われていない部屋のはずです。そして十年以上の付き合いにも関わらず、そこはリエの家の中で唯一入ったことのない部屋でもありました。


「え、いいの?」

「いいのいいの! 面白いものはこの中なんだから!」

 後ろをついてきた二頭に「待て」をして、両方とも扉の前でしゃがんだのを確認すると、戸惑うわたしの背中を押すようにして、リエは部屋へと入りました。

「うわっ……凄い……!」

「でしょー」

 部屋に入って、リエが電気をつけると、そこにはさっき見た花壇のどの花よりも大きな色とりどりの花が咲いているように見えました。

 すぐにそれが花ではないとわからなかったのは、あまりにそれに見覚えがないものだったからです。

「あ、えーっと、これって確か、昔の『傘』……だよね?」

 そこにあったのは歴史の資料や時代劇でしか見たことのないような数々の傘でした。

「そう、すごいでしょ! 全部お爺様のコレクションなんだよ」

 わたしはなるほどと思いました。この屋敷中を走り回って遊んでいるリエが、一緒に遊んでいた私をこの部屋に入れたことがなかったのは、このコレクションを汚したり壊したりしたら困るからに違いありません。

 というか、お爺様や両親からそう言われていたのだろうと想像しました。


 でも、だとしたらなんで今日急にそれをわたしに見せたのか、わたしは素直にリエに問いかけました。

「それはね、この奥で面白いもん見つけたのよ」

「え、さっきも言ってたけど、面白いものってこれじゃないの?」

「えっへっへー、じゃーん!」

 リエが部屋の一角でごそごそしてから取りだしたのは、一本の棒のようなものでした。

「なに……? それ?」

「何って……傘じゃん」

「え、傘ってこういう」

 わたしが部屋一面に置いてある物を指さすと、リエは笑って言いました。

「そっか、そうだよねー。あのねミカ、傘ってずっと開いてんじゃないんだよ? 普段は、こうやって畳んで持ち歩くの」

「あ、そうなんだ……言われてみれば雨が降ってない時には邪魔だもんね、これ」

「でしょ?」

「でもよく知ってるねリエ。わたし開いてる傘の映像しか見たことないから分からなかったのに」

「まあ、そりゃこんな部屋のある家にいるわけだし、骨董品店に生まれたら少しは目利きができるようになるのと一緒よ」

 若干ズレたように感じる理論を、自慢げに胸を張って語るリエの格好がなんだかおかしくてわたしが笑うと、リエもつられて笑いました。その声は部屋中の傘に反響して部屋中を飛び回りました。



「えっと、それでこの傘がなんなんだっけ?」

 ひとしきり笑い終えて、わたしはリエに改めて尋ねました。

「面白いもんって言ったじゃん」

「確かに傘は珍しいけど、こんなにたくさんあるじゃない。その一本だけが何か特別なものなの?」

 リエはわたしの言葉を待ってましたとばかりにその傘の柄をわたしの目の前に近づけました。

「ココ読んでみー」

「えっと? あい……愛合傘アイアイカサ? なにそれ」

 わたしはそこに書かれていた文字をそのまま読みましたが、その言葉には全く聞き覚えがありませんでした。

「正確には『あいあいがさ』ね。あのね、こういう傘を使ってた時代には、二人が寄り添ってひとつの傘を使うことを相合傘って言ったんだって。今のKASAからするとまるで逆なんだけど……それってなんかステキじゃない?」

「へぇー」

 わたしはリエの言葉に、自分がこの傘をヒサシ君と一緒に使っている姿を想像しようとしましたが、まず傘を使っている自分が想像できず、次にヒサシ君と寄り添っている自分を想像できなくて大きくため息をつきました。

「でもね、本来の『あいあいがさ』ってこの字じゃないのよ。LOVEの愛じゃなくて、相手の相ね。だからさ、なんか意味があるんじゃないかと思って、実験したの」

 ぼんやりするわたしにまくしたてるリエの台詞は、聞こえてはいたものの意味がうまく汲み取れずわたしは間の抜けた声で問い返しました。

「実験? なんの?」

「モリノとモモヤ、いるじゃない?」


 二人の名前は良く知っています。確かリエの家に住みこみで働いているお手伝いさんのお二人で、モリノさんがすらっとした男性、モモヤさんがおっとりとした女性の方です。

「あの二人が一緒にいる時に、これちょっと持ってって頼んだの」

「うん」

「まあいつものアタシの奇行だと思われたみたいだけど逆らえないってわかってるから渋々やってくれてね、そしたらどうなったと思う?」

「どうなった……って、どうにかなっちゃったの?」

 奇行の自覚はあるんだなと感心しながらも、ふたりで傘を持つことの何が実験で、持ったくらいでなにかが起こるわけもなく、それをどうなったのかと問いかけてくるリエに、わたしの頭上に浮かぶクエスチョンマークは増えるばかりです。

「なんかね、急にモジモジしはじめて、二人で顔を見合わせて真っ赤になってんの! それで昨日見ちゃったんだけど!」

 リエが興奮気味に、ぐいっとわたしの耳を引っ張って自分の口元に寄せました。

「あの二人、付き合い始めたみたいなのよ。廊下の奥でキスしてた」

「へ……ええええええ!?」

 わたしは思わず大声を出してリエに口を塞がれました。たしかに前々からちょっとお似合いの二人かななんて思ってはいましたが、執事と家事で分担する仕事の種類も違うためか接点は意外と少なく、そんな、その、好き合っているようなそぶりがあったのをわたしは見たことがありません。というか、もしそんな素振りがあればリエが真っ先に面白半分に教えてくれているはずです。

「アタシだって見たことないわよ」

 ……どこからか口に出していたのでしょうか、リエがわたしの心の中を補足するように呟きました。

「でね、もしかしてこれ、すごい傘なんじゃないかと思って」

「すごい……?」

 リエの言葉の真意が汲み取れずに首を傾げると、今度は腕を組まれてぐいっと体を寄せられました。リエは片手で器用に傘を扱うと、バサっという音とともにわたし達の頭上に広げました。始めて見る傘の内側はなんだか骨組がたくさんあって、外側から見た綺麗さとはまた違ったレトロなかっこよさを感じました。

「さて、どうかなー」

「え、え、え?」

 傘を持つリエが何か起こるのを期待している風なので、わたしは戸惑いながらもそれを見つめます。

 こんな、プログラム一つ入れられない原始的な道具に何かあるだなんて信じられませんが、そういうことを言ってくる無邪気な親友がリエなのです。

 そういえば、なんだかそんな無邪気なリエの顔が今日は無性にかわいい気がします。

 いえ、もともとリエは私なんか比べ物にならないくらいかわいいのですが、今日は特別、なんというか、かわいいだけじゃなくて色っぽいというか。そういえば、わたしリエに腕を掴まれたままでした。なんだか、心臓が早く動いている気がします。あ、リエがこっちを見た……なんだろう、すごい潤んだ瞳で、わたしドキドキして、あ、リエの顔がこっちを向いて、近づいて……


「どーん!」

「ひゃ!?」


 気がつくと、わたしは傘だらけの床に尻餅をついて、傘を持ったリエを見上げていました。あまりに突然の事に、突き飛ばされたのだと気づくまでに少しかかりました。

「な、何するのリエ!?」

「いやー、こりゃマジだわ。危ない危ない……危うくミカのファーストキスを奪っちゃうとこだった」

「ファ、ファーストって、ええええええ!?」

 謎のドキドキからのキス未遂宣言に狼狽えるわたしにリエはケラケラと笑って続けます。

「多分ね、この傘は一緒に入った相手とラブラブになっちゃう魔法の傘なのよ!」

「ま、魔法……って。いくらなんでもリエ、それは」

 科学()万能のこの時代においても、人心を左右する道具なんてものは聞いたことがありません。もしそれが本当に存在すれば「魔法の」となるのでしょうが、そんなファンタジーなものがそれこそ解明もされずにこの世の中に存在するのでしょうか。

 ……とはいえ、わたしが今しがた抱いていた感情は普段の仲のいい同性の幼馴染に対するそれとくらべるとかなり飛躍していたのも確かなことではあり……と考えて先程の行為に今更顔が真っ赤になります。

 その顔とともに訝しげな視線をじっと送っていると、すでに傘を畳んだリエはそれに気づいて意地悪げに私に微笑みました。

「と……言うわけでぇ……」

 ぐい、と畳んだ傘を私に突き出して言い放ちます。

「ミカ、来週のデート、それ持ってって、決めといで!」

「え、いや、でもね?」

「いやー、ようやく好き同士でデートとは言えさー、なーんか決め手に欠けると思ってたのよねー。でも、これがあればおこちゃまな二人でも熱い夜になること間違い無し!!」

「晩御飯までには帰るよ!」


 暴走するリエの言葉に冷静にツッコミながら、わたしはもう一度「相合傘」というものをする自分とヒサシ君の姿を思い浮かべました。

 先ほどの相合傘の相手をそのままリエに置き換えると、今度はきちんと想像できました。

 それこそ、優しくこちらを見つめるヒサシ君の潤んだ瞳まで……。

「で、でででででででももし本当にこれが魔法の傘でも、その、人の心をどうこうしちゃうのは、ど、どうかなーって」

「両思いなんだからいいじゃん。ほんのちょっと勇気にブーストをかけるためのエッセンスだよぉミカくん。まんざらでもないくせに、このこのー」

 自分の想像によって火を噴いた顔を消火すべく必死に放った誤魔化しの放水は見事に跳ね返されたので、苦し紛れに別の言い訳を考えます。

「でもほら、傘を使うには雨が降らないと」

「降るよ」

 あまりに早く断言されたので、何が降るのか把握するのに少し時間がかかりましたが、意味を悟ってすぐに聞き返しました。

「いや……天気予報ではしばらく雨じゃなかったと思うんだけど……」

「うん、でも降る。絶対に」

 別にそこまで頑なに反抗する理由もないのですが、あまりに力強く断定されたのでわたしは混乱してさらに言葉を続けてしまいました。

「でも! もし降ったとしてもわたしもヒサシ君もKASA、持ってるし」

「ああ、それ、今度の休みには役に立たないから」

「え、それってどういう」

「まあまあ、それ持って行ったらわかるからさ。ほぅら、さっきモモヤがケーキ用意してたから食べに行こー!」

 わたしの言葉を遮るように、リエはわたしの手を引いて歩き出しました。

 結局わたしはもう一方の手に握った愛合傘を置く機会を失って、そのままその部屋を出ました。扉を開けると、外では二頭の犬がさっきのポーズのまま行儀よく座って待っていました。



 その翌週の休日、わたしは約束どおり水族館に行くために家を出ました。待ち合わせ場所に着いてヒサシ君と合流した途端、見ていたかのように携帯端末にはリエからドタキャンの連絡が入り、ヒサシ君は降って湧いた突然のふたりきりのデートに困惑しているようでした。


 結局、作戦決行の日の天気予報はやっぱり快晴で、家を出てもヒサシ君と会っても水族館に入る時も空には雲ひとつありませんでした。

 ヒサシ君はわたしが手に持った謎の棒に興味を示しましたが、わたしが誤魔化す素振りをみせるとそれ以上は追求しませんでした。リエがドタキャンしたのを聞いたときは困った顔をしていたヒサシ君も、段々と自然に笑うようになり、初デートはそれなりに楽しく進行しましたが、やっぱりまだ二人の間にはKASAも使っていないのに少しの隙間が開いたままでした。


 異変が始まったのは水族館を出てすぐのことです。

「あ、あれ、今何時だっけ?」

 わたしがそう尋ねたのは、空があまりに自分の思っている時間とかけ離れた暗さだったからです。

 それはヒサシ君も同じだったようで、腕時計と空を何度も見比べていました。

 まさか、と思いながら私が一歩を踏み出すと、顔に大粒の水滴が当たりました。

「うそ……本当に雨が……」

『降るよ』というリエの言葉が頭の中で響いた気がして辺りを見回すと、携帯端末を見つめたまま不安そうな表情で固まるヒサシ君が目に入りました。

「まさか……」

 リエのもうひとつの予言めいた言葉を思い出して、わたしは携帯端末を開き、KASAを起動させます。しかし顔に当たる水滴は数を増すばかりで、一向にフィールドによって遮られる気配がありません。

 端末を操作してニューストピックを開くと、トップニュースとして大きめの文字で 「世界で同時にKASAがフィールド形成できなくなる現象。特殊磁場発生か?」と書かれているのが目に入りました。

 水族館入り口の軒下には、わたし達同様に急に降ってきた雨と使えないKASAに戸惑うお客さんがたくさん立っていました。


『それ、今度の休みには役に立たないから』

 リエが意地悪く笑っている姿が頭に浮かびました。

「もう……分かったわよ!」

 頭の中のリエに言い放って、わたしは大股でヒサシ君に近づき、ずっと持っていた傘を突き出して言いました。

「ヒサシ君、これ、昔の傘なんだって。とりあえず雨、止まないみたいだし、これに入って帰ろう?」

 きょとんとした表情のヒサシ君がわたしを見つめました。

 雨はわたしの勇気を後押しするかのように勢いを増し、地面の色を変えていきました。


 ***


「ふー。まったく世話の焼ける」

 二つの影が寄り添って傘に入る姿を、リエは満足げに見ていた。

「人はもう、我々の『傘』を自ら作れる時代に到達した、だから……アタシたちの役目も終わりだね。ってことで、親友としての最後のプレゼントだよ、ミカ。」

 リエはそう言いながら微笑む。手には、ミカに手渡したはずの愛合傘が握られていた。

「といってもまあ、本当に熱い夜にまで発展しちゃうのも、高校生の身にはアレなんでね。でも、世が世ならそれ自体すんごい高い傘なんだから大事にしてよね」

 視線の先の影がおずおずと腕を組んだのを確認すると、ハリモトミカの姿は雨に霞むように薄れる。

「傘ってのは、別に普通のヤツにだって、人生を変えちゃくくらいの力があるんだから」

 その言葉は、姿と共に降り注ぐ水滴に溶けるように消えた。


 ***


「あの、ヒサシ君……また、で、デート……してください……今度は、最初から……その、二人で」

 わたしは、組んだ腕のぬくもりで熱に浮かされたように、隣に寄り添う背の高い彼氏を見上げて言った。笑顔で彼が頷くのを見て、わたしも心からの微笑みを返す。

「あ、あの、その、これからもよろしくお願いします!」

 なぜかあらたまってお願いしてしまったわたしに、ヒサシ君は優しく頷き、わたしは自分の体が抱き寄せられるのを感じ、次に唇にやわらかな感触を得た。

「こ、こちらこそよろしくお願いします、タノウエさん」

 彼の笑顔が、ずっと薄い雲に覆われていた私の心を照らす晴れ間のように、輝いていた。



 雨に煙る世界に、もう咲かないはずの花が咲いていた

 それは本来それがそうすべきように、雨粒を弾き、恋人たち以外の侵入を拒み、二人だけの世界をそこに作り上げて、咲き誇っていた。



 終



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