Moving
「侑李くん」
異性に下の名前で呼ばれるのは久々で、侑李にもちょいと恥ずかしさが感じられた。
「コンビニ?」
そう聞くと彼女は、うんうん、と二回頷いてみせた。
「いってらっしゃい」
コンビニへ駆け込んで行く彼女の背中は、とても輝いて見えた。これから明るい未来が待っている、とでも言うかのように。
告白されてから、1週間。
侑李は、美琴と付き合っている。
「よーし行こう」
手を繋いで登校なんて侑李にとっては初めての経験だった。それでも、抵抗はなかった。
「じゃあ放課後はいつもの場所で待ってるよ」
「わかった」
彼らは学校一有名なカップルとなり、二人の関係を知らない人はいなかった。しかしそんなことは、本人たちにはどうだってよかった。
幸せならなんでもいいだろ、そういう理論。名付けるなら、「とりあえず幸福理論」とでもいうべきだろうか。
「侑李が椎名と付き合うとはな…」
もう一週間も立ってるのに、彦介はずっとこの調子だ。そんなに信じられないことだろうか…。
「普通じゃない?」
真顔で侑李が返すと、彦介は驚いたような表情をしたのちに、平常運転になった。
「まあそうか、そういえば昨日の特番見た?」
毎日他愛もない会話を交わして、けれども大事な時には駆けつけてくれる、それこそ親友であると、侑李は考えていた。外にその考えを示すことはないが。
2時間目が終わり、次は移動教室で一階に行かねばならない。そのために、侑李は勉強道具を持って階段を降りた。
二階を通り過ぎようとした、その時だった。
頭に、いつかの光景が浮かんだ。それは、鮮明な記憶。
こだまする女の悲鳴。
苦痛にもがき、助けを求め教室のドアを中から叩く音。
そのメモリーが脳内SDカードを破壊しようとした瞬間、全てがブラックアウトした。
「おい侑李!!どうした!!」
聞き慣れた声が頭に響いて、侑李は目を思い切り開いた。
「ひっひひ彦介か…」
そこにはほぼ毎日のように見る顔があった。
侑李は我に返り、自分の置かれた状況を理解できずにいた。
「2階の階段の前で倒れてたから、めちゃくちゃ驚いたぞ」
彦介は必死な表情だった。それはなにか良くないことが起こったような、焦りの表情だった。
「なんでそんな顔してるんだ」
不意を突かれた顔で、彦介は答えた。
「…が、、、」
よく聞こえなかった侑李は聞き返す。
「なにそれもう一回言ってよ」
彦介は冷や汗をかきながら、震え声で言った。
「死体が、見つかったんだ」
侑李は、理解に苦しんだ。
学校から死体?そんな物騒なことが起きるなんて考えられない。そもそも殺すなんて教師の目があるのにできるわけがない。
「本当?」
侑李はどうしても、疑いを隠せなかった。
「本当だ、さっき回収されたよ」
保健室のフカフカなベッドから飛び起きて、侑李は2階へ走った。
その目で自分の疑いを晴らすために。
「2階の、1年C組の教室…!」
突き当たりの教室に、がむしゃらに走った。
そのフロアには、異様とも言える謎の空気が流れていた。
「着いた、、、!」
着くと同時に、今まで嗅いだことのない物凄い臭いが侑李を襲った。
「死臭…」
黒板に、小さな赤い斑点模様。
…血だった。