リーク
翌日、二人は青田の待つ東京に向かった。青田とは警視庁にほど近い日比谷公園の駐車場で落ち合った。丸山が缶コーヒーを買ってきて皆に配る。その車内で青田に防犯カメラの映像を見せ、その上で何を言っているのか児玉が説明した。
要を得た青田は「よし!」と一言言ってうなずき、児玉らに向き直って、「それでこれからどうするつもりだ?」と敢えて二人に問うてきた。
「それが、どうしたものかと…。捜査本部は事件の迷宮入りを狙っていますから、証拠として提出してもまともに取り扱ってもらえるかどうか大いに疑問です…というか、まず握りつぶされるでしょうね。青田さんに何かいい考えがあるのでしたら教えていただきたいです」と児玉は正直に今の気持ちを答えた。
「まあ、いい考えかどうかはあんたらの評価次第なんだろうがね。うん、まずは俺の考えを言おう。今回はとにかくこのことを世間に発表した方がいいと俺は思う。捜査本部に報告したところであんたが言う通り何らかの形で握りつぶされることは目に見えている。マスコミから発表されれば、我々警視庁が村田捜査に動くよう段取りをつけておく。小林玄太郎が事件に関与していることが有力となれば、早晩、事件の背後にいる村田孝一があぶり出されることは目に見えているからな。そうなれば上層部の重い腰も上がるってもんだ。その方があんたらにとっても事件の背景が解明できて都合がいいんだろ?」
「ええ、それはそうですが、でも、そちらも…圧力の方は大丈夫ですか?」
「まあ、こっちにもかかっていることは間違いないが、大物を捕れば世間の評判も上がる。その誘惑に捜査員なら誰でも隙あらば動こうという気にはなる。我々が動く気配を見せる。もっとも今回はそれだけでも重要なことだと思う。そうすりゃもっと大きなナマズが動き出すかもしれんからな」
「ナマズ?」
「ああ、特捜部っていう大ナマズがな」
「特捜部…!。東京地検特捜部ですか⁉︎」
「そうだ。そこも当然、村田についてはマークし、内偵を行なっている。俺が言うのもなんだが、何と言っても東京地検特捜部は政界捜査の第一人者だからな」
「では、特捜部を刺激しようということですか?」
「うん、それも目的の一つだ」
「それで…、その発表は捜査本部からではなく、我々がするということですか?」
「そうだ。何か適当な理由を考えるんだな」
「適当な理由と言われても…、勝手に捜査情報を発表なんてしたら懲戒ものですよ」
「じゃ、マスコミに抜かれた(バレた)ということにすればいいんじゃないか」
「抜かれた…。というか実際にはリーク(漏洩)するということですか?」
「うん、まあ、そうだな…」
「それでも今の雰囲気だと捜査本部から何を言われるか分かりませんがね…。青田さんは以前、マスコミを手玉にできるとおっしゃっていましたが…」と今度は丸山が口を開く。
「手玉とまでは言わんが、ある程度言うことをきかすことはできる」と青田は言って不敵な笑みを見せた。
「そうですか、ではその時はお力をお貸しいただけますか」と児玉が尋ねる。
「ああ、そりゃもちろん。喜んでお貸ししますよ」
「分かりました。情報リークの独断行動は我々にとっても重大な問題です。少し考える時間をいただけますか?」
「ああ、構わんよ。じっくり考えてくれ」
「ありがとうございます。それでも明日までにはお答えできるようにしますので」
「ああ、いい答えを待っている。それじゃあな」と言って青田は車を降り、悠然と警視庁のある桜田門の方へ歩いて行った。
車に残った児玉と丸山は、しばらく沈思黙考する。最初に口を開いたのは児玉だった。
「田嶋に相談してみるか」
「ええ、私もそれを思ってました」
「昨日は田嶋のことをあんな風に言って悪かったが、一度アポを取ってみてくれないか?」と児玉は済まなそうに丸山に言った。
「分かりました」と丸山は昨日の感情はおくびにも出さずに快く応じ、その場で自分の携帯電話を取り出し田嶋の携帯にコールした。
田嶋が出た。丸山は要件の中身は言わず、重要な話があるから、今すぐにでも来てもらいたいと申し出た。田嶋はいま静岡市内で取材活動をしているという。今夜、午後11時頃でいいなら来れると言ってきた。では、これからホテルを取るのでそこに来てほしいと丸山は願い出る。田嶋は了解し、丸山が後でホテルの名前と住所を連絡すると告げた。電話を切り、おもむろに丸山は児玉の方に向き直って、「田嶋には全部話しますか?」と厳しい表情で核心部分を訊いてきた。
「う~ん」と児玉は唸り、「あいつは義理堅く、信用できる奴か?」と言って目を瞑り逆に丸山に尋ねた。
「ええ、信用できる奴です。我々の秘密も隠しておいてくれと言えば、絶対に引き受けてくれます。ただ、これからのこともあるので少し土産を用意したいとは思いますが…」
児玉はおもむろに目を開け、「土産か…、まあ特ダネってことだよな?。う〜ん、出さないわけでもないが、さて、どこまで出したらいいものか…。うん、考えておく…」と言うなり思案顔になってまた目を瞑ってしばらく黙り込んでしまった。
だが暫くして、突然、児玉はカッと目を見開き、「よし、田嶋にはすべてを話そう。でないと判断のしようがない。特ダネですべて載せられたら、このヤマはまずおしまいだろうが、すべてを話さなければ前には進まない」と強く決意を述べた。
「ええ、自分もそれがいいと思います。あいつは信用できる奴です。でなきゃ付き合っていません」と丸山も語気を強めて言った。
今日の宿は品川に決めた。品川は東海道新幹線で東京都内に入った一つ目の駅である。ついこの間まで自分らが静岡にいながら田嶋を毛嫌いして接触しなかったのに今度は一転して自分らの都合で新幹線を使って上京してもらう田嶋にせめてもの詫びの気持ちを込めたつもりだった。
「お疲れさまです。田嶋です」と田嶋は遠方から呼び出されたにも拘らず悪態一つつかずに児玉らの部屋を訪ねた。
「いや、お忙しいところお呼びだてして申し訳ない」と児玉は罪悪感もあって丁重に頭を下げる。
「いえ、警察官から重要案件で呼び出しを受けるなんて新聞記者として誇らしいですよ」と田嶋はむしろ感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。来て早々申し訳ないがさっそく本題に入らせてもらう。もちろん例の殺人事件の件なんだが、新たな事実が見つかったんだ。これまでの捜査方針を覆す衝撃の新事実だ。捜査本部はまだこの事実を知らない。今回、捜査本部を介さずにその事実を新聞に載せたいんだが…」と児玉は言い、これまで分かったことを全て田嶋に話した。
話を聞き終えた田嶋は思案顔になり、しばらく考え込む。そしておもむろに口を開き話し始めた。
「要は、水谷一郎と小林玄太郎が事件当夜に伊豆高原で落ち合う約束をしていたということをどう世間に伝えるかってことですよね?」と尋ねた。
「そうだ。何かいい方法はあるか?」と児玉。
「とりあえず、おまえのところはどうなんだ?」と丸山がせっつくように訊ねる。
「県警本部の記者クラブを介さずに、県警本部、捜査本部の意に沿わない情報を新聞に載せたいと?」
児玉と丸山が無言でゆっくりうなずく。
「う~ん」と田嶋は大きく一度唸ってから「結論から言いますと…、大変申し上げにくいのですが、うちの新聞に載せるのはかなり難しいと思いますね。というのも何と言ってもこれは公式な捜査本部からの発表ではないからです。あなたがたは公認捜査ではなくて、独自捜査つまり非公認捜査ですよね?。そういったところからの情報は残念ですが…、うん…、まず無理ですね。それに事実をそのまま載せてしまえばあなたがたの捜査行動が上に露見してしまい、それこそ全てが終わってしまうんじゃありませんか?。あ、まあ、それは余計なお節介ですかね…。それから、あなたがたには酷なことを言うようですがこういう状況ですと…、うちに限らず日本の新聞に記事を載せるのはまず不可能といっていいほど難しいと思いますね。捜査本部の意を介さない新聞社は当然のことながら警察権力から睨まれます。ニュースソース(情報源)である警察当局から睨まれれば特オチ(特定の報道機関にだけ行政機関等の情報源から情報を提供してもらえず、一般に他の報道機関からは流されているニュースにも拘わらずそのニュースを報道できないこと)を食らうかもしれないし、下手をすれば何かの拍子に警察が捜査権を武器にその新聞社に報復もしくは見せしめとしてガサ入れ(家宅捜索のことで強制捜査の一種)をするかもしれない。そうなれば別件でも何でも経営幹部の一人や二人は逮捕されてしまうかもしれない。事実、他の新聞社では過去にそういうこともありましたから…。とにかく、そんな危ない橋を渡ってでも記事を掲載しようなんて新聞社、この日本にはどこも無いと言っていいと思いますよ。残念ながらうちも含めてです…。申し訳ありませんが。日本の新聞社は情報源である警察権力には逆らえません。ただそのことはあなたがたもよく分かってらっしゃることですよね?。だって、そういう捜査本部や県警本部等のお上に楯突く『不埒な報道機関』が出ないようにするために警察が記者クラブを持っているのでしょ?。まあ警察に限らず、日本の官庁は実質的にはみんなそうで、その記者クラブを通して情報を操作・管理していますからね。このことは日本の常識ですよね。それに、よしんばそのことがうまく記事にできたとしても、捜査本部がそれを否定したら、たとえその記事が真実だとしてもそれは事実上の誤報となり、その報道機関にとっては大変な打撃となります。そして、当然のことながらその報道機関は当局が気に入らない情報を載せたということで警察権力から睨まれ、結果として窮地に立たされていきます…」と一気に話した。
「う~ん」と今度は児玉と丸山が大きく唸る。
「やっぱりダメか…」と丸山がため息交じりに呟く。その場に絶望感とも言える空気が漂い、沈黙の気まずい時間が流れていく。
しかし、暫く経ったその時「ただ…」と言って田嶋がその沈黙を破った。
「えっ?」と言って児玉と丸山は顔を上げ、一斉にその視線を田嶋に向ける。
「ただ、雑誌だったら、載せられるかもしれないな…。背後に与党・民友党の総裁選が絡んでいるとなれば反権力を地で行くフリーの記者だったら、喜んで書くかもしれない。彼らは記者クラブにも入れず、いつも悔しい思いをしているから権力が困る記事だったら喜んで書くかもしれませんよ」
「でも、世間は新聞でないと信じないところがあるからなぁ…」と丸山がぼやく。
「それは新聞記者にとってはありがたい言葉だが、そうとも言いきれんぞ丸山。雑誌記事が発端で悪徳政治家が辞任に追い込まれたこともあっただろう?」
「うん?、あーそう言えばそうだな。そう考えれば雑誌も捨てたもんじゃないな。田嶋、おまえ誰かいい記者を知らないか?」と今度は一転、勢い込んで丸山が尋ねる。
「知らないこともないが、どこまで記事にしたいんだ?。これまでのことを全部記事にしちゃまずいんだろ?」
「あぁ…」と児玉と丸山はバツが悪そうに答えた。
「とにかく捜査本部に上から圧力がかかっていることはまだ書かないでもらいたい。背後に村田がいることは臭わせてもらいたいが、事実として書くのは今回の電話の内容だけでいい。それで何とかお願いしたいのだが」と児玉が絞り出すような声で言った。
「うん…。はい、分かりました。何とかその線で当たってみます」
「すまんがよろしく頼む。今でも事件の背後にいた村田孝一は素知らぬ顔で大臣席に納まり続けている。犯人の小林玄太郎にしても村田が捜査の進展を望んでいないことを察して、今ごろは涼しい顔をしているのだろう。事実、村田サイド、政権サイドから捜査に圧力がかかっているからな。この件に関しては、案外、事後に小林玄太郎と村田孝一が結託しているということも考えられるかもしれない。もう分かるとは思うが、この事件は村田の野望・画策を白日のもとに曝さない限り事件の全容解明、事件の解決はおぼつかない。でないと殺人の動機が解明できないからな。
そこで俺たちは何がなんでも事件の背後で蠢いていた村田の証言を取らなくちゃならん。しかし、まともに行って証言が得られるとはとても思えん。なぜなら村田は総裁選を前にして、スキャンダルで自分の経歴に傷がつくことを誰よりも恐れているだろうからな。一方、あんたも知っての通り、村田には黒い噂が絶えない。裏献金、収賄、談合、インサイダー取引、さらには暴力団との癒着…と挙げればきりがない感じだ。これまでは証拠や証言が十分に挙がっていたのに数々の圧力によって最後は捜査が尻すぼみになって容疑はうやむやにされてきた。だが、もうそんなことは許されない。ここは別件ではあるが、村田をしょっ引いてきて取調室に座らせ、洗いざらいその悪事や野望を吐かせる必要がある!」と熱っぽく児玉は語った。
「ええ…、そ、そうですね…」と田嶋が厳しい顔でうなずく。
「だがな…、知っての通り、悲しいことに俺達には政界捜査なんてことはできない。元々管轄外であることもそうだが、能力的にも無理だ。経験もない。だから事件の背景を解明するには他の捜査機関、具体的には、警視庁捜査二課かそれとも政界捜査の第一人者と言われる東京地検特捜部の協力を得なければならん。警視庁についてはおまえさんのお陰で捜査二課の青田さんの協力を得られた。でも、警視庁だけでは今回はおぼつかないのかもしれん…。いやはっきり言ってこれだけのヤマとなれば特捜部も巻き込まなきゃ無理だ。なんと言っても相手はいまや飛ぶ鳥を落とす勢いの大物政治家で現役の経済産業大臣である村田孝一なんだからな。
だから、今回はぜひとも東京地検特捜部のお出ましを願いたい。青田さんによると最近国交省からタレコミがあった村田が主導しているという談合事件では特捜部も内偵という形で動いているということだ。うちらとしてはその特捜部に火を点けたい。特捜部の内偵が今どの程度進んでいるのか分からんが、今後その状況を見極めて出していく記事の内容とタイミングを判断したい…。どうだ、そのことを頭に入れて協力してもらえるか?」
「そうですか、特捜部を動かそうっていうんですか!。それに警視庁の二課も絡んでる…。うん、おもしろい。あ、いや。ええ分かりました。そうですか、そういうことなら我が国の社会正義の実現のためにも、私もできる限りのことはさせていただきます」と『おもしろい』と少し不謹慎な言葉を発しながらも田嶋は捜査に全面協力することを快諾した。
「そうか、ありがとう、それではよろしく頼む」
「分かりました。で、とりあえず『週間リアルタイムス』という雑誌に記事を書いている奴で信頼できるライターがいるんです。そいつに相談してみたいのですが、どうですか?。そいつは政権とは何回も渡り合った硬骨漢ですからきっと今回もやってくれると思います」
「そうか、だが今回はやるだけじゃなくて上手くやらなければならんのだがその辺は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。そいつの記事も何回か訴訟になりましたが全てそいつが勝っていますし、微妙なことにも配慮できる奴です」
「そうか、よし分かった。じゃあ触りの部分だけ言って向こうの出方を見てくれるか?」
「分かりました。やってみます」
「うん、色々すまんな。とにかく俺たちに後はない。御苦労だがよろしく頼む。こっちはまた青田さんと連絡をとって特捜部の動きを見極める。田嶋さんもそのことで何か分かったらこちらに連絡を入れてもらいたい」
「分かりました。もう少し余裕ができたら特捜部の動きも自分の情報網を使って調べてみますよ」
「ああ、御苦労だがよろしく頼む」
話が終わると田嶋は、「今日は東京駅の近くにある支社の宿直室に泊まります」と言ってホテルの部屋を出て行った。
田嶋が出ていった後、丸山が「青田さんの話も聞いてみますか?。全国紙の一つや二つある程度どうにかできるって言ってましたが…」と児玉に声をかけた。
児玉はベッドに寝そべりながら「う~ん」と背伸びをし、両腕を頭の下にやって「いや、少しこれで様子を見てみよう。あの時は藁にもすがる思いだったが…、あの人は、言っちゃ悪いが、警視庁とは関わりがない別件であるこの殺人事件の犯人逮捕なんて本当はどうでもいいと思ってるのかもしれん。あの人にとって大切なのは何としてもこれまでやってきた自身の捜査を結実させたい。そのことだけかもしれんしな…。新聞社をどうにかするたっておそらく普段記者クラブで手なずけてある新聞記者の弱みか何かを握っていてそれをネタにゆすって動かそうっていうんじゃないのか?。あと特ダネの提供をちらつかせたり、特オチで脅したり…、まあ俺も刑事が長いからな、そこいらのことはだいたい分かるよ。そんなことをして新聞に載せてもなかなか難しいと思うよ。当の新聞社もいい顔しないだろうし…」と言った。
「そうですよね…」と丸山は言って力なく返事をする。
その後、児玉は青田に電話をかけ、「今回は自分らで何とかできそうですので青田さんの手を煩わさなくてもよさそうです」と言ってやんわりと青田の支援を断った。
そして、児玉が電話し終わると、突然携帯電話の着信音が響き、別行動で川島葵について調べていた磯崎から連絡が入った。
「川島葵の行方が分かりました!。残念ですが彼女は死亡していました」
「なんだって!?」と児玉は言って驚きの声を上げる。
「川島は長崎を出た後はずっと横浜で暮らしていました。当初民間のNPOを頼ったようですが、その後しばらくして一応は自立しています。子どもを保育所に預けて働き始めますが職は目まぐるしく変わり、またいくつもの仕事を掛け持ちするなどかなりのハードワークだったようです。それでもどの仕事も非正規のパート労働で有期雇用の上に所得は少なく生活は不安定で苦しかったということです。川島はその生活苦と過労がたたって体を壊し、ほどなく亡くなっています。この事件が起きる3年前のことです」
「そうか、生活苦と過労で…、それは可哀そうにな。しかし、これで川島は完全にシロだってことが確定したな」と児玉は言った。
「ええ、そうなんですが、ただそのことを課長に報告したら、今度は川島の娘、裕美が怪しいとか言い始めて、今度はそっちを調べろって」
「まったく…。それでその裕美はいくつなんだ?」
「17歳です」
「17歳て…、犯行には車が使われているんだぞ。しかも盗難車だ。殺しの手口も女のそれじゃない」
「ええ、もちろんそのことは話しましたが、課長が完全にはシロとは言い切れないんだから捜してこいの一点張りで、我々も上の命令ですからなかなか逆らえなくて…」
「ったく。どうあっても上は村田や政権の意向を慮って小林玄太郎を捜査線上から外したいらしいな。そして早急に捜査の打ち切りを図るつもりだ。もちろん、その捜査失敗の責任を俺たち所轄刑事に押し付けてな…」
「ホシを捕まえられない俺たちが悪いってことですか?」と磯崎が悲壮な声で尋ねる。
「そうだ。それで、恐らくその処分後も俺たちはお上に不満を持っているだろうと見られて、さらに閑職に追いやられていくんだ。そしてそこでも難癖をつけられて退職を迫られる…。組織は怖いぞ。いったん『朝敵』となったら奴ら地の果てまでも追いかけて息の根を止めにくる。そうなったら俺達は上司に散々いびられて退職するまでいじめ抜かれ…、いや、もっとも退職する前に自殺に追い込まれるかもしれんがな…」
「ああ、まったく冗談じゃないですよ!。こっちにも生活が、家族が、人生があるのに‼︎」
「まったくだ。とにかくここは何としてでも真犯人を挙げなくちゃ俺たちに未来はないということだ。このことだけは確かだ。磯崎、おまえらにはすまない。もうしばらく辛抱してくれ。ホシは必ず俺とマルさんで挙げる‼︎」
「分かりました。どうかよろしくお願いします。それで、もし捜査本部が干渉してきたら俺たちが体張って抑えますんで児玉さんたちは心置きなく捜査に専念してください」
「おお‼︎。す、すまんな…」と児玉は最後には涙声になり、そしてそれ以上言葉を継げられずに電話を切った。