背景
一方、児玉らはまだほとんど何も動けずにいた。そこへ小林園東京支店に捜査開始当初から張り込んでいた伊豆東署の同僚刑事、村山から連絡が入る。都内にいるらしく会いたいというので児玉らは新宿の喫茶店で落ち合った。村山は児玉の3年後輩の男で歳は52歳。仕事は地味だがこつこつ足で情報を集めるいわゆる昔ながらの刑事だった。
村山にも松平課長から圧力めいたものはあったが、「逐一連絡を入れろ」と言われたぐらいで捜査への特段の縛りはなかった。それは他の刑事も同様で、刑事課長の松平は児玉さえ押さえておけば大丈夫だろうとタカをくくっているところがあったがそれも無理がある。捜査本部長である大木署長は「課員をしっかり見張っておけ」とは言ったが、伊東の捜査本部から100キロ以上離れた東京まで目が届くわけもなく、元々大木の要求には無理があった。しかも当の松平は『動かざること山の如し』と消極姿勢に転じている。
そこで偶然ではあったが、その間隙を衝く形で児玉らの懸命の独自捜査が開始されたのだった。そのことを聞いた村山ら所轄署刑事たちは児玉らの行動を意気に感じ独自のネットワークを駆使して捜査本部の支援も受けず、それでも真相解明のため必死に捜査している児玉らを支援すべく密かに動いたのだった。
「この度は本当にお疲れ様です。微力ながら全力で支援させていただきますので」と村山は言った。
「うん、ありがとう」と児玉が礼を言う。
「私がこれまで集めた情報をお伝えしたいと思います。まず、殺された水谷は社内というか少なくとも東京支店内では次期社長もしくはそれに準じるような役に就いてもらいたいという期待があったようです。というのも、とにかく資金集めに長けていて、新しい事業もいろいろ考えてくれているというのが、その期待の根拠のようです」
「しかし、水谷は社内ではおとなしかったんだろ?」と児玉が疑問を呈する。
「それは京都の人間に対してだけだったようで自分の部下にはかなりビジョンを話しています」
「でも、水谷の部下の経理部長は酒の席で話していたぐらいだと言っているとか…」
「そう言ったのは恐らくそのことについて水谷が口止めをしていて支店内でもそれがかなり共通の認識として共有されていたからなのだと思います。水谷は京都の人間には実直なサラリーマンと思わせたかったようですから…。それはたぶん他の社員も同じで『私はそんな大それた考えなど持っていませんよ』という振りをしなければならない雰囲気が小林園にはあるように感じました」
「つまり、評判通りの保守的な社風の会社だったと?」と今度は丸山が尋ねる。
「そういうことだ。それとその経理部長自身この件についてあまり巻き込まれたくないという思いもあったのかもしれんな」と村山が答えた。
「うん…。それでも、なぜ水谷は京都に対してそう思わせたかったんだ?。水谷は創業家である小林家とは縁戚関係にある。つまりは同族だ。なぜ一般社員と同じようにそこまで気を遣う?」と児玉が尋ねた。
「先程も触れましたが小林園は保守的な社風で知られ、現経営陣、つまり社長である小林玄太郎も保守的な性格で事業の拡大などはあまり望んでいなかったようで、いわば石橋を叩いて渡るといった感じの経営者です。水谷が東京で何かやらかしはしないかと常に疑いの目を向けていた節もあります。水谷としてはとりあえずその疑いを払拭したいという思いがあったのだと思います」
「ふ〜ん。で東京の社員連中もそういう感じか?」
「ええ、まあ社内の大勢としてはそうなのですが、皆、内に秘めてはいますが東京はまだ革新的です。業容を拡大して自分達もしかるべき地位に就きたいと、まあ、サラリーマンだったら誰しも考えることを考えています。ですから京都の経営陣に対しては社員、特に若手社員には面白くなかったようで、海外進出の計画はそんな東京の社員たちにとってほとんど唯一の希望の星だったのだと思われます。つまり海外進出論は水谷だけの考えというわけではなかったのです。ただ、経営陣の親族である水谷を旗頭にし、速やかに役員、そして社長にと登りつめ、なるべく早く小林園の経営方針を変えてもらいたいという動きというか期待がありました。つまり水谷を取り巻く状況は東京と京都の勢力争いの縮図だということも言えるかと思います」
「うん、ではそういう社内の動きを京都の経営陣が察知したということは?」
「京都の経営陣が東京の拡大志向の性質をある程度察知していたとは思いますが、そうであったとしても水谷に対してどれほどの脅威を感じていたかというのは未だ未知数です。水谷は小林園に入社して13年ほどですがまだ役員にもなっていませんし、自社の株式もそれほど多くは保有していません。妻の香の方はいくらか株式を持っているようですが、それでも玄太郎以下の京都にいる小林一族で発行株式の半数以上を押さえていますので水谷としては乗っ取りもできません。水谷は現在分かっている限りではそれほどの脅威ではなかったと思います」
「そうか…。社内の期待だけでは水谷を殺す動機としては乏しいよな…」と児玉は少し落胆気味に声を出す。
「ただ、興味深い情報が手に入りました。水谷は与党・民友党の実力者で現経済産業大臣の村田孝一衆議院議員と繋がりがあります。村田と水谷は大学の先輩後輩の間柄で、40年来の付き合いです」
「ほう!」と児玉と丸山は少し興奮気味に声を出した。さらに続けて児玉が
「数々の疑惑がこれまで持ち上がり、灰色議員としても名高いあの村田孝一か…」と呟いた。
「ええ、そうです…。ただその村田と水谷が最近頻繁に接触していたというんです」
「うん?。それはどういうことだ?」
「まだよくは分かりませんが、今年の秋に民友党では総裁選があり、村田も立候補すると言われています。そのため村田を含めどの候補者も支援者集めに必死です。国会議員を取り込むことはもちろんですが、村田は最近、もっぱら民間人、特に財界人との接触を強めています。財界人との接触はやはり総裁選の選挙資金集めのためだと思われます。水谷との接触もその一環だと私は思うのですが…」
「財界人との接触、いや癒着と捉えるべきか…。票を集めるための資金源づくりだな」
「ええ、そうです」
「しかし…、水谷がいくら東京支店で地歩が固まりつつあり、そして過去に社長だったとはいえ今は一支店長、もっと言えば一サラリーマンだ。村田大臣が接触して水谷の支援を取り付けたとしてもどれほどの効果が期待できる?」
「ええ、そこなんです…。さして見返りの期待できない水谷になぜ頻繁に接触していたのか…。小林園に支援を求めるのだったら小林玄太郎のところに行くと思うのですが、今のところ村田サイドが小林玄太郎や小林園に支援を求めた形跡は見当たりません」
「う~ん、なぜなんだ…?。うん⁉︎、ひょっとしたら水谷の台頭を聞きつけた村田が水谷を社長に据えようと画策し逆に支援しようとしたんじゃないか?。社内では水谷への社長期待論もあったというんだし。もしそれが実現して水谷を、小林園をパトロンにできれば村田は強力な資金源を得ることになる」
「ええ、確かにその可能性はあると思いますね。でしたら、それらを今からでも調べたいところなんですが…」
「あまりのめり込むと上に気づかれそうだと…」
「ええ、そうです。すみません…」
「分かった。あとはこっちで引き受ける」
「すみません!」
「いや、いいんだ。いつか晴れる日もあるさ。ここは焦らずじっくり行こう。とりあえず村山は磯崎達と合流してくれ。課長には俺から連絡しておく」
「分かりました」
児玉らは村山と別れ、捜査車両に戻った。
「マルさんは村田が水谷に接触したのはなぜだと思うね?」と児玉が尋ねた。
「ええ、これは私の想像ですが玄太郎は職人気質でどちらかと言えば地味な性格の人間なようです。不景気にも拘らず小林園が安定した業績を上げていたことも政治力を利用する必要がなく、政治家と接することを遠ざけていたと思いますが、他にも彼自身政治的な力を利用することは汚いというか卑しいことだと内心思っているのではないでしょうか?。そう考えている玄太郎だけに政治家の側としても組む相手としてはやはりやりにくかった。特に数々の疑惑が囁かれる灰色議員として悪名高い村田にとっては…」
「なるほど、確かに朴訥で実直だと言われる小林玄太郎と海千山千の村田孝一とでは合わなそうだな。それに苦手な小林玄太郎と無理に手を組まなくてもいわば子飼いの家臣のような水谷がいるんだったらそれを使わない手はないと…」
「ええ」
「それと以前に渋谷の暴力団事務所に行った時、そこの幹部が変なことを言ってたな?」
「ええ、確か水谷に3億円貸した奴がいるって、あと東都銀行の融資課長も大学の先輩のつてで金づるができたって水谷から聞いたと…」
「うん…、あれは恐らくどっちも村田だろう。村田孝一といえば名高い灰色議員の一人だ。暴力団とも繋がりがあると言われている。水谷に3億注ぎ込んだが失敗してお互い一時疎遠になった。村田がその3億円を取り戻すためにも今回水谷にただ単に支援を申し出ただけではなく具体的な肩入れもした。水谷がどれほどの人物だったかは知らんが、とにかく奴は自分自身で会社を興し一度は隆盛を極めた人物だ。村田はそんな水谷に賭けたのかもしれん。やはり村田は水谷を後押しして小林園を乗っ取らせようとしたんじゃないか。ただ…、水谷にいくら経営手腕があったとしても会社乗っ取りの達人というわけではなかったろう。まあ、無理もない。彼はそんな事はやったことなかっただろうからな。うん、だとすれば、村田が行なったのは『後押し』などというものではなく、むしろ水谷を牽引し主導したというのが実態なんじゃないだろうか。水谷は社長になる気はあったかもしれないが、普段の真摯な仕事ぶりを聞くに、それは下からの推挙を礎にし、あくまで小林一族から認められる『禅譲』という形での社長就任を望んでいたのだと思う。水谷は入社以来身を低くして仕事に打ち込み穏やかな日々を過ごしていた。職場という活躍の場を与えてくれた小林玄太郎以下の小林一族にも感謝の気持ちを抱いていただろう。だが…、それに飽き足らない村田が水谷をせかせた。村田が水谷に接触したのがあくまでこの秋の総裁選の為だとすれば、そんな悠長に『禅譲』されるのなんかを待ってはいられないからな。恐らく村田は積極的な工作活動を仕掛けてこの夏頃までには玄太郎から社長の座を奪い取りたいと考えた。もしそれができなければ当然、総裁選での資金援助はおぼつかない。といって官僚上がりの村田に会社乗っ取りなどという芸当ができるとも思えん。そこで水谷と一緒に殺された女が問題になってくる…。一緒に殺されていることから女は玄太郎の敵で水谷の味方であったと考えるべきだろう。この女が会社乗っ取りのエキスパートで水谷を主導し牽引したとすれば話が合う…」
「ええ、そうですね」と丸山が言う。
「おそらく水谷と一緒に殺されたこの女は村田が差し向けた水谷のサポート役…、それも会社乗っ取りという難しいミッションを成功に導くことが確信できるやり手のサポーター、いや工作員と言うべきか…、とにかくそういう人物だったんだと俺は思う。まあ、現役大臣ともあろう者が会社乗っ取りなどという事に本腰を入れるんだ、そこにはかなり実現性の高いものがあったのだろう。とにかくその女は村田から相当腕を見込まれたからこそ水谷の元に差し向けられたのだということはまず間違いないのだと思う」
「ええ。それでその水谷と村田らによる会社乗っ取りの企てを察知し、それに恐れをなした玄太郎が水谷とその女工作員を殺害した…と?」と丸山。
「そういうことだ。殺害の動機としては成り立つよな」
「ええ!」
「しかしだ、これはまだ単なる推測の域を出ていない。くそ、いろいろ調べたいところだが今は目立つ動きはできない。ここは自由に動ける田嶋が頼りだ」と児玉は言って歯ぎしりした。
それから二日後に村山と児玉に丸山、それに静岡日報の田嶋を加えた4人は銀座の喫茶店で落ち合う。そこで今までそれぞれが掴んでいる情報を持ち寄り、また田嶋が調べてきてくれた情報を貰い受け全員で共有する。田嶋が説明を始める。
「村田孝一のプロフィールは道東地域に位置する北海道遠東市の出身で年齢が65歳。衆議院議員、与党・民友党所属。当選回数、連続7回。現在、経済産業大臣、国家振興研究会=略称:国振会(村田派)会長を務めています。政治理念は『国土の均衡ある発展』。北海道開発担当大臣、国土交通大臣を歴任し、党務にあっては国会対策委員長、幹事長、国土交通部会長を歴任しています。職歴は財務省主計局長、あと学生時代に村田建設役員を務めています。最終学歴は王京大学法学部卒。大学在学中に司法試験に合格。故村田孝蔵元衆院議員・元建設大臣の長男で、衆議院議員だった父の急死を受け、それまで務めていた財務省主計局長の職を辞して父孝蔵氏死去を受け行なわれた衆院補選に出馬し初当選。祖父・父の二代に亙り築き上げた強固な地盤を引き継ぎ政界入りしています。しかし、輝かしい経歴とは裏腹に以前にはスーパーゼネコン汚職事件や幾つかの官製談合事件等で度々捜査線上に名前が挙がった、いわゆる灰色議員の一人でもあります」
「叩けば埃が出るというやつか」と児玉が呟き、続けて「でも、根っからの土建屋で建設族の村田がなぜ畑違いの水谷と?」と尋ねた。
「村田と水谷はともに王京大学ボート部出身で先輩後輩の間柄です。それが縁でずっと続いていました」と田嶋が答える。
「ふ~ん。王京大学といえば、我が国トップの国立大学だ。麗しき友情というやつか。でもそれだけじゃないんだろ?」
「ええ、水谷は熱心な村田支持者の一人です。かつては村田の中央での後援会の会長も務め、パーティ券の購入、そして多くの政治献金も行なってきました。それは水谷個人だけでなくダイヤスタイル社としても相当な額を政治献金に注ぎ込んでいました。村田が代議士になったのはバブル崩壊後のことで、水谷の会社の業績も下がり始めていましたが、会社設立当初と言ってもいい会社経営が軌道に乗り始めた頃から村田孝一の父親である孝蔵氏に政治献金をしていましたし、また当時はまだ会社の内部留保や水谷の預貯金が相当量あったのとバブル崩壊後もしばらくは一定の利益を出していたので政治献金を続けたのだと思います。事実、バブル崩壊後もしばらくは村田に対し多額の献金を行なっています」
「ふ〜ん。でも、なぜそこまで?」
「水谷が自分の会社を興す時、いろいろとその村田父子が面倒を見てやったそうです。水谷にはいま自分の会社があるのは村田家のお陰だという思いが強かったのでしょう」
「なるほど。それで村田は強力な支持者を得たというわけか」
「そういうことです。ただ13年前に水谷の会社が倒産してからしばらくはやはり二人の距離が離れたそうです」
「カネの切れ目が縁の切れ目か…。それがまた最近どうして?」
「私は、最近、水谷が小林園社内で地歩を築きつつあったことと関係があるのではないかと睨んでいます。つまり、東京支店で名実共に頭目として台頭してきた水谷が今度は小林園そのものを呑み込もうと胎動していた。それに合わせて村田も動いた。水谷を支援して彼を小林園の社長に据えれば小林園は村田にとって強力な支援企業になるはずです。また村田は水谷の会社が傾き始めた時、かなりの額の資金援助も行なっています。ただそのカネは回収できず全て焦げ付いてしまったそうですが…。一説には村田は3億円というカネを注ぎ込んだとも言われています。ですからその失ったカネを回収するためにも水谷を支援したんだと思います」
「うん?。3億⁉︎」
「ええ…」
「うん、まあいい…。まあ、いきさつはいろいろ考えられるとは思うが、ともかく水谷は小林園の社長就任を夢見て、それを村田がバックアップした。この構図でほぼ間違いはないと?」
「ええ、今のところそうとしか考えられません。それと、もう一つ気になることが」
「うん?」
「殺された女性ですが、あれは水谷のサポート役で村田があてがった女らしいのです。その女がかなりのやり手で容姿も端麗、それとどういうわけかカネもあったということです。あの女に任せておけばうまくやってくれるという思いが村田にはあったようで、それが決め手となって一気に水谷に肩入れすることが決まったらしいのです」
「なるほどやはりそうか。いや、で、殺された女は村田の愛人だったのか?」
「ちょっと、そこまではまだ分かりませんが、もしかしたらそうだったのかもしれません。私が得ている情報では彼女は一時期村田の秘書として立ち回っていた人物ではないかと言われています。村田の私設秘書で『水嶋麗子』という人物がいました。それが今話した水谷のサポート役の女ではないかと言われています」
「そうか!。うん、それで、そもそもなぜ村田が今動くんだ?」
「それは、村田がこの秋の民友党総裁選に打って出るつもりだからだと思われます。それが強く関係しているのかと」
「うん、これもやはりそこか。総裁選…。つまり村田は総理を目指すと?」
「そういうことです。通常、民友党の総裁選には票集めのために莫大な資金が必要です。つまりは票を買収するための賄賂となるカネです。村田の強力な支援業界である建設業界はここ最近こそだいぶ調子が良くなっているとはいえこれまでの長期不況のあおりでどこも業績がまだ回復しきれてはいません。莫大な総裁選の選挙資金をこの業界だけに出させるのはまだ無理があります。それで新たに健康志向に基づく緑茶ブームで儲かっている小林園を味方につけ、選挙資金を出させれば村田の勝利の可能性はグッと高まります」
「金、カネ、かね。国民のことなど眼中になしか…」
「まあ、そうなのかもしれません」
「うん…。では、今回の事件の裏で圧力をかけているのは村田孝一ということになるのか?」
「ええ、おそらく」と田嶋はこれまで自らが集めた種々の情報から自信ありげに答えた。
「しかし、村田は大事な友人を殺された被害者の側に入るのでは?」とここで丸山が疑問を呈する。
「いや、こうなってくると、村田は権力者として殺人事件のきっかけを作った黒幕のイメージが強くなる。そのイメージが世間に出ることを恐れて事件を迷宮入りさせてうやむやにしたいという思いは分からなくもない。いやむしろ自然な感情だろうとさえ俺なんかは思ってしまう。しかも今回総理を目指そうっていうんだから悪いイメージは致命傷になりかねない。事件については知らぬ存ぜぬ関係ないを貫きたい。それには捜査の進展は望まない。そう考えたとしても決しておかしくはないと俺は思うな」と田嶋が言った。
「じゃ、村田を何とかしないとこの事件は…」と丸山が言いかけると、すかさず児玉が割って入り、
「ああ、永久に解決しない。少なくとも証人として事件の背景を話してもらわなくちゃならんだろうな。ウ〜ンまったく厄介なことになったもんだ…。まあ余談になるかもしれんが、みんなも知っての通り村田には数々の汚職事件等の黒い噂が絶えない。まあ俺だって警察官だから検察にもいくらか知り合いがいて断片的だが情報が入ってくるから少しは知っているが、スーパーゼネコン汚職事件では村田は誰がどう見てもクロだった。もう逮捕は時間の問題と多くの人も思っていたと思う。が、しかし、最終局面で検察の捜査が尻すぼみになり、結局のところ村田の立件は見送られた。その際に大きな検察批判が巻き起こったことは記憶に新しいところだ。
私が知る検察官仲間の間でよく言われているところでは、村田が背後から手を回して法務省幹部を説得、買収し、捜査に当たっていた東京地検特捜部に横槍を入れさせて捜査を骨抜きにしたということだ。
それに味を占めた村田は同じようなこと、つまり汚職を性懲りもなく何度も繰り返し巨利を貪り続けているということだ。まったく許しがたいけしからんことだ!。だが…、もっとも、今回うちらとしてはそっちの方で村田が逮捕でもされると都合がいいんだが…な」と言った。
「そうですね。何といっても事情聴取がしやすいですからね。でも、難しいですかね…」と丸山が言い、最後には弱気になっていく。
「ああ、あっちの方の捜査にこそ圧力がかかっているだろうからな」と村山も腕組みをして言った。
「あの…、それで村田のことでしたら過去の事件もあり警視庁の方が詳しいと思います。いきなり検察に掛け合っても先程のお話のように村田の事件をうやむやにしてきた経緯があるようですから今回も潰されてしまう可能性があるかと思います。ここはまず、警察同士で連携した方がスムーズにいく気がしますね。確かに村田はいろいろと黒い噂の絶えない政治家ですから警視庁も当然彼を内偵していると思います。ですから警視庁の方にも当たってみて情報を集めようと思うのですが」と田嶋が言った。
「しかし…、警視庁が内偵していたとして、その捜査というか担当している部署にも村田側から圧力がかかっているんじゃないのか?」と村山が疑問をさし挟む。
「ええ、その可能性はあるかと思いますが、その辺ちょっと心当たりがありますのて、今回はそこを衝いてみたいと思います」
「ふ〜ん、警視庁につてがあるのか?」と丸山が思わず尋ねる。
「あのな、バカにするなよ。これでも俺はブン屋だよ。それも社会部の。警視庁に知り合いぐらいいなくてどうすんだよ?」
「そういうものか。静岡だけじゃないんだな」
「あったりまえだろ!。なんだかんだ言って東京あっての静岡日報だよ」
「そうか、すまん…」と丸山は自分の無知を素直に詫びる。
「うん。話は分かった。それでは田嶋さん、その件についてはいろいろお手数だがよろしくお願いしたい。どうやらうちらだけでは手に負えない事件のようだ。ここは何としても事件の背後にいる村田を吐かせなくちゃならなくなった。ここは、ま、言っちゃなんだが警視庁でもどこでも、村田をしょっ引けるんだったらしょっ引いてもらってこの事件の背景・真相を突き止めたい。そのためならこちらは当然協力は惜しまない。今は田嶋さん、あなたが頼りだ。事件解決のためぜひ手を貸していただきたい」と児玉は言い、同時に頭を深く下げた。
「分かりました。事件解決のため全力でお手伝いさせていただきます」と田嶋は少し興奮気味に言い、そしてすぐさま警視庁に向かうべくその場を発った。
閣僚が露骨に捜査に介入しているとなれば、その圧力を撥ね返し、真犯人を検挙するには悪の大元を断ち切る政界捜査なしにはあり得ないということになる。だが、警視庁でもない地方警察の静岡県警、それも所轄署刑事による政界捜査などというのは前代未聞であり、おおよそ不可能だというのが常識であろう。しかし、事件の背後にいる村田経産相に真相を語らせ、殺人事件の真犯人を検挙できなければ児玉ら所轄である伊豆東署の捜査員の今後の警察人生は大変暗いものに…。いやそれどころか人によっては警察人生そのものが終わってしまうという事態に陥ることも十分考えられた。
とにかく、児玉らは村田経産相とその周辺を調べているであろう警視庁捜査二課と連絡を取って捜査情報を手に入れたかった。県警本部や捜査本部の支援も得られない状況で伊豆半島の一所轄署の捜査員ら、それも知能犯でなく強行犯担当で永田町、霞ヶ関を相手に捜査するなど『無謀』の一言で、それはさながら蟻が象に立ち向かうようなものであった…。