新米女子と勘違いなみんな の 3
湊たちが美咲の姿を見つけたのは、保健室前の廊下だった。
二人は親しさの欠片もない硬い表情だった。
美咲が深々と頭を下げる。
そして、二人は廊下の端に湊たちがいることに気が付いた。
阪元は湊の方へと歩き出し、湊の前で立ち止まると告げた。
「すまない。これから職員会議でな、三沢が体育大会に出られるように、健康状態の説明をして説得することになっているんだ。申し訳ないが送ってやれない」
「はじめからカッパ着て帰るつもりだったので大丈夫です」
「そうか。気をつけて帰れよ」
「はい」という湊の返事を聞くと阪元は職員室へ向けて歩き出した。
残された四人は、昇降口へ向かう。
背負ったカバンの上からカッパを被り、困った気持ちを悟られないように、杖をつきながらも平然と湊は歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ」
声を掛けたのは優華だ。
「どう見たって大丈夫じゃないよ」
「駅につく頃には、びしょ濡れだ」
希世子は言うと、湊に傘をさし掛ける。
「駅までご一緒します」
美咲も続く。
「そんな。発表のリハーサルだけでもお世話になってるのに、これ以上迷惑掛けられません」
「わたしたちがやりたいからやっているんだ。それでいいじゃないか」
優華は真顔で言う。
それは嘘ではないと感じながらも、はぐらかされているのは分かった。
しかし、意地を張る場面ではないことも分かっていた。
湊は好意に甘えることにした。
三人と交代で相合傘をする湊。
ゆっくりと普通に歩く美咲たちに対して、杖をつきながら違うリズムで歩く湊は、傘からはみ出すこともあり雨に打たれるが、カッパのお陰でひどくは濡れていない。
湊を濡らさないように気にする三人は、かなり雨に濡れていた。
みんなに迷惑を掛けるなら、はじめからタクシーにすればよかったと湊は思ってしまう。
「本当にすみません。先輩方を濡らしてしまって」
「湊に風邪をひかすわけにはいかないからね」
「どうぞ、気にしないでください」
そう言われても、気にしないでいることなどできないことだった。
学校を出て、十分くらいのところだ。
歩道を歩く湊たちの横を通り過ぎた車が、停車した。
助手席から降りた女の子が、傘を開くのを後回しにして、湊のほうへ駆け寄ってくる。
有紀だった。
「ど、どうしたの? こんな時間まで」
恥ずかしさのために近寄れず、三メートルほど離れたところから声を掛ける。
「ちょっと、先輩たちと話してただけだよ。有紀はお母さんとお出かけ?」
「じゅ、塾に送ってもらうところよ。そ、そんなことより、雨の中をそれで駅まで行くつもりなの?」
無茶なのはわかっていたから、湊は頷くことしかできない。
有紀は先輩たちを睨みつける。
その可愛らしい顔に浮かぶ怒りに、みんな怯んでしまう。
「湊が風邪をひいたらどうするつもりなんですか!」
「言ってくれるね。だから、わたしたちがこうやって……」
言い返す希世子を、美咲が制する。
「本当にあなたのおっしゃる通りですわ。学校を出るときには、こんなに濡れるとは思ってませんでした。今からタクシーを呼んでも待ってる間に濡れますし、もし可能でしたら、あなたの親御さんにお願いして、湊を駅まで送っていただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ!?…… ぅぇええっ!!」
一気に上気した有紀は驚きの声を上げて、返事を言い澱む。
本来なら即答して、湊を送るべきところだが、そうするということは狭い車の中に、湊と一緒の時間を過ごさなければならない。
いたたまれない状況になるのは必至だ。
しかし、啖呵を切った手前、出来ないということは言えなかった。
「わ、わかりました。ママに頼んでみます」
そう言って、一度車のところに戻る。
三十秒近く話し合ってから湊たちのところに戻ってきた。
「駅までなら、送ってくれるって」
そういう言い方をしたということは、家まで送る話し合いでもしてたのだろうか。
有紀が先に行き、湊は美咲たちに囲まれてついて行く。
後部席のドアを開ける有紀は、まるでドアを盾にしているようだ。
「申し訳ありません。三沢さんをよろしくお願いします」
美咲が有紀の母親にそう頼む。
「塾の時間がありますので、駅までですが」
少し迷惑そうに、彼女は応える。
湊は濡れたカッパを脱がしてもらい、車に乗り込む。
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして」
有紀の母は愛想なく応える。
「先輩方も、本当にありがとうございました。風邪ひかないでくださいね」
「それはこっちのセリフだ」
「大丈夫よ。気にしないで」
「そうそう。ではまた明日」
有紀は先輩たちに会釈だけして、助手席に乗り込む。
シートベルトを着けるのを待たず、車は動き出した。
「みんなにお世話してもらって、あなたって人気者なのね」
それは素朴な感想の言葉ではなく、皮肉の雰囲気を内包した言い方だった。
気付いた有紀が声を発する。
「ママっ!」
「どうなんでしょう」
湊は曖昧な笑みを浮かべて気付かないふりで誤魔化す。
自分のことを人気者だとは思ってはいない。事実人気者などではない。
人気者なのは美咲で、彼女が支援してくれているに過ぎない。それも阪元先生に指示されてのことだろう。
ただ、湊は今の自分のそういうややこしい状況を説明することのメリットを感じず、人気者だと思われるくらいならかまわないだろうと思った。
しばらく無言の走行が続く。
友達の会話もない。
狭い空間のすぐ後ろに湊が座っているのを意識して、緊張に顔を強張らせる有紀。
違和感を抱かないほうがおかしい。
「あなたたち、親しいの?」
有紀の母親の言葉に、別々の理由でドキリとする二人。
湊は先日までのギクシャクした仲のことを指摘されたと感じ、有紀は男子と親しくなったことがばれたと思ってのことだ。
もちろんそれは考え過ぎだ。
その質問の答えがなかったために、母親は次の質問をする。子を思う親としては当然のことだろう。
「いじめられてないわよね」
小声で言ったその言葉は後部座席に座る湊にも聞き取ることができた。
「そんなこと全然ない! 湊はとっても優しい人……なんだから」
全力で否定した後、本人を前に言った言葉は恥ずかしさに勢いを失った。
「それならいいけど」
女の子の友達に対する娘の反応が、普通でない様子に戸惑う。まるで恋人に対する初々しさのようだと。
再び車内は無言になった。
しかし、それも僅かな間で、まもなく駅に到着し、ぎこちない雰囲気の中、湊は見送られた。
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