新米女子と勘違いなみんな の 2
「書きましたよ。これでいいですか」
投げやりな言い方の一志から哲也が受け取り、希世子に手渡される。
「きれいな字だな。……いいだろう」
内容を確認して希世子が言う。
「説明はしてもらえるんですよね」
その不満の言葉は、湊以外の全員に向けられていたが、視線は哲也だけに向けられている。
どうやら女子には面と向かって、言えないタイプらしい。
「では説明してやろう。……」
「あんたは黙ってろ。日が暮れる」
芝居がかる哲也の言葉を希世子が遮る。
「宮田君。君は口が堅い方か?」
「はい」
「もちろん、今手紙を書き換えたことも秘密だ。これから話すことには三沢さんの人生が掛かっている。われわれが考えた段取りでさえ、三沢さんを十分に守れない。その段取りを狂わされては尚更だ。いいか、絶対にこの秘密を事前に知ったとしゃべるなよ。卒業してからもだ。わかったか」
穏やかな表情で、しかし威圧的な口調で希世子が念を押した。
「はい」
一志は同じ返事を繰り返す。しかし、表情は本当に重大な内容なのだと理解して緊張の色合いを強めた。
「後は、僕が話します。」
湊が片側だけの杖をつき移動しながら言う。
一志の向かいの席に座ると、内ポケットに手を入れる。
『詫び状』という名目のラブレターを取り出して、見せた。
「まだ見てないよ。みんなはラブレターだって言うけど、僕はこれは『詫び状』だと信じてるから。お詫びのついでに何かを書いていたとしても、僕は見てない告白されてなんてないから。かといって嫌いとかじゃないから。誤解しないでね。これ、大事なところだからね」
湊は封を切る。
そして、封筒の口を一志に向ける。
「中身は返すね」
一志は差し出されたラブレターを残念そうに引き取った。
封筒は希世子に手渡されて、新たな詫び状が入れられる。
「僕はね、二年前の夏事故に遭ったとき、恋人と一緒だったんだ。暴走車とコンクリートの壁に挟まれて、恋人は亡くなって、僕はお腹から下が潰れてしまったんだ。潰れた僕の下半身の替わりに、恋人の女の子の下半身を移植されたんだ。……もうわかったでしょ。僕は事故に遭うまで男だったんだ」
ゆっくりと湊は話した。
一志は言葉を失っていた。恋人を亡くしていたという事実を知り同情し、自分のラブレターが湊を傷つけたのではと反省し、そして男だったという事実を知りただ驚いた。
騙されたとか、気持ち悪いとか、悪い印象などなく、ただ驚いただけだ。
「だから、僕なんかにラブレターを出さないほうがいいでしょ。男にラブレター出したなんてことになったら、一生の恥でしょ」
湊は笑顔を作る。
他のみんなは湊の秘密の公表がうまくいくことばかり重要視しているが、男だった者としては男にラブレターを出してしまったという彼のプライドについても同じくらい重要視されるべきだとも考えていた。
一志の頭の中をいくつもの尋ねたいことが浮遊する。
そのほとんどが今までの話で、答えを推測できるものだ。
そのなかで唯一聞かないとわからないことを尋ねる。
「ごめんなさい。僕の行動は三沢さんを傷つけてしまいましたか?」
先に謝ったのは、相手に配慮する人だから、「いいえ」と気を遣うかもしれないと思ってのことだ。
先日の湊が謝ってケンカにならずに済ませたことから、一志が学んだことだ。謝ることは大切なことだと。相手を思いやることだと。
謝られたことに湊は戸惑う。しかし、すぐにその理由に気付いた。
「ありがとう、大丈夫だよ。奏の死はもう受け止めてるから」
正面に座る一志だけが、その時湊が僅かに目を潤ませていたのに気付くことができた。
受け止めてはいるが、受け入れることは出来てはいないのだと。心の奥底まで抉られた傷はまだ癒えてはいないのだと。
放課後になった。
湊は再び生徒会室にいた。
翌々日の水曜日に、湊のことが書かれた新聞部の壁新聞が発行される。
通常なら廊下の掲示板に貼られた新聞など、生徒の十分の一程しか見ることはない。
しかし、今度のものは内容が違う。噂も含めて、その内容は瞬く間に全生徒に広がるだろう。
それに遅れないように、湊はクラスで話す日をその日と決めたのだ。
とはいえ、壇上に立って話をするなど、湊は慣れていなかったので、その練習をしているのだ。
コーチをしているのは台本を書いた新聞部の田村優華と、話し方などの演出を担当する演劇部の西林希世子だ。
「だいたい出来るようになったが、台本に目をやってちゃダメだ。書いたものを見てたら、自分の気持ちで話しているって、思ってもらえないから」
「今晩しっかりと覚えて、明日は見ずに練習だ」
「はい。ありがとうございます」
湊は机で身体を支えながら、深く頭を下げる。
気にするなという仕草を二人は返す。
「お疲れさま」
少し離れた席で観客をしていた美咲が立ち上がる。
「待たせた」
希世子が美咲に言う。
四人は片づけをすると、生徒会室を出る。
「湊はどうやって帰る? タクシーでも呼ぼうか」
優華が外の景色をさして尋ねる。
午前中からの雨が、小雨だがまだ降り続いている。
「カッパを着て帰りますから、大丈夫です」
平然と言う湊だが、内心は困っていた。
短い距離なら大丈夫だったろうが、三十分ほど駅まで歩いて、電車に乗る頃には、きっとビショ濡れだ。迷惑だろうし、恥ずかしい。
「阪元先生にお願いしてみます」
美咲が言う。その声には、緊張のような堅さを含んでいた。
先生に迷惑をかけるなんてと思い、「大丈夫ですよ」と言いかけた湊に構わず、小走りで行ってしまった。
美咲を見送った優華と希世子の表情は少し心配そうだ。
「美咲さんと阪元先生って……」
どういう関係なのか疑問に思っていたことを尋ねずにはいられなかった。
「そのことは、聞くな」
優しい言葉で、希世子が言う。
余計に気になったが、他人が立ち入ってはいけない領域があることを、湊はわきまえていた。
優華がゆっくりと歩き出すその後に続いた。
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