新米女子と勘違いなみんな の 1
「そんなの、辛いよ」
受け入れてもらえないとわかっている恋。受け入れたくても受け入れるわけにはいかない恋。
お互いに辛いことだ。
両手をぎゅっと握り締め、そこに目線を落とした。
「あっ!」
浩太郎のそれまでとは違うトーンの声に、美優は浩太郎が非常事態だと気付く。
「どうしたんですか?」
「忘れた」
真っ白になった。
仰ぐ両手に、美優はポーチがそこにないことに気付く。
「取って来ます」
「いいよ。自分で行くから!」
見られるわけにはいかない浩太郎は必死だ。
「わたしの方が早いから」
そう言うと美優は浩太郎を残して、一分ほど進んだ距離を走って戻る。
その美優を止めたり、先回りする方法は浩太郎にはない。
慌てて追いかけトイレ前までたどり着いたとき、美優がトイレからポーチを取って出てきた。
その顔は何かにショックを受けたような表情だった。
「あの…… これ…… どういうこと。お兄さんがナプキンなんて……」
ポーチの口が開いていた。
ナプキンは見られたが、ショーツには気付かれてない? まだ誤魔化せる? なんて言えばいい?
浩太郎は言い訳を考えようとするが、思い浮かばず、諦めた。
「それは僕のだよ……」
「そうだ思い出した。痔の治療にもナプキン使う人がいるって聞いたことある。お兄さんもそうなんでしょ! 座りっぱなしだから仕方がないよね」
期待を込めるような目を浩太郎に向ける。返事次第なら、ヘンタイだと思わなくてはならなくなると。
「…… そ、そうなんだよ。時々血が出て大変なんだよ」
「そうなんだ……」
納得したのかそう言うと、ポーチの口を閉めて返す。
しかし、その後は会話もなく、美優は車椅子を押す。
渡り廊下。周囲には誰もいない。
美優は車椅子を止める。
「バレバレの嘘なんかつかないでください。お兄さんて、欲求不満なんじゃないですか? 明美の生理用品持ち歩いて、トイレでこっそり何かして。ナプキンもサニタリーショーツも明美が使ってるものでしょ。見たことあるからわかってるんですよ」
生理用ショーツは母が買ってきた明美とお揃いのサイズ違いだ。ナプキンは同じ包みから分けたものだ。明美のものと思われて当然だ。
「本当に誤解だって」
そう訴えるが、この状況では、美優の誤解を解くのは不可能だ。
「でも安心してください。淋しくて仕方がないのはわかってますから。誰にも言わないし、わたしがちゃんと更生させてあげますから」
そこで美優は一度黙り込む。
意を決するためのその時間は、短くて済んだ。
中途半端な告白だったが、すでに思いは伝えていた。一番高い心のハードルはもう越えていた。
「そのためなら……、わ、わたしをおかずにしてもいいから。お願いされたら何だってするから。わたしを、せ、性の捌け口にしてもいいんだから。迷惑かけるだなんて思わなくてもいいんだから」
こんなことを言われるとは思っていなかった浩太郎は、呆気に取られて言葉が出なかった。
美優は再び車椅子を押し始めた。それもそれまでのおよそ倍の速さでだ。
すぐに教室だ。
浩太郎はとんだ誤解をされたものだと思った。
これではまるで、恋人に死なれて欲求不満の男にされてしまう。
だがその誤解を解くために話すべきことは、まだ話したくはなかった。もう身体が女だなんて。
教室に到着した。
「じゃあここで」
美優が別れを告げたのは、教室のドアを跨いだところだ。
押してくれたお礼を言うために、浩太郎は振り返ろうとする。
「こっち見ないでください」
恥ずかしい言葉を発してしまった美優の顔は、まだ真っ赤だ。
今は顔を見られたくなかった。
美優の顔を見ずに済んで安心したのは浩太郎も同じだ。
「ありがとう」
前を向いたままお礼を言う。
そして立ち去る足音を聞いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
時間は昼休みの始めに遡る。
青木志保の車椅子の迎えで連れてこられたのは、生徒会室だった。
「お呼び立てして申し訳ありません」
美咲が迎えの言葉の代わりに、そう謝った。
どう見ても一緒にお昼ご飯の雰囲気ではない。
しかもそこにいたのは、美咲とその親友西林希世子、生徒会長森山哲也、そして、宮田一志だ。
一志は持参の弁当を湊が来るまでに、急かされて食べていたようで、あと少しで食べ終わりそうだ。
「えっと、この状況を説明していただいてよろしいでしょうか?」
状況が飲み込めず、湊は戸惑う。
「そうですよ。三沢さんが来たら説明すると言ったでしょ」
一志が理不尽な扱いの理由を求めた。
「君はまず弁当を完食したまえ。それから言われたとおり詫び状を書けばいいのだ。とはいえ、理由も知らされず、協力できないというのはもっともなことだ。聞きたまえ少年。近々新聞部を通じて公表される三沢湊さんの取材記事の内容は、重大かつ繊細な問題を孕んでいる。そのことで、三沢湊さんが不利益を被らないよう、さらに言えば非難を浴びないよう、生徒会は全力で支援をするつもりだ。しかし、君のラブレターと思われるものは既に三沢湊さんに非難の目を向けさせている。よって、みんながラブレターと思うものが、その時君が口にした『詫び状』であることを白日の下に晒さなければならない。そうしなければ、君の敬愛する三沢湊さんは、わが校にいられなくなるかもしれない。その原因を作った責任を感じたくなければ、詫び状を書きたまえ」
生徒会長森山哲也の言葉は、少々芝居がかった言い方だった。というのも彼は演劇部に在籍していて、人前で話すときはセリフにしてしまったほうが伝わりやすいと自負しているからだ。現にこの話し方で生徒会長に選出されたのだ。
「納得できません」
「時間がないんだよ。とにかく飯食って、手本を見て詫び状を書きな! 続きはそれからだ」
希世子の有無を言わせぬ口調だ。
「僕からもお願いします。とにかく先輩方の言うようにしてくれるかな」
湊も他の女子から妬まれるようなことは避けたかったからお願いする。
好意を持つ相手から頼まれて、一志は頷くしかなかった。
湊は生徒会長の机を借りて、希世子と美咲と志保とで昼食を広げる。湊はいつものようにパンを一つと牛乳だけだ。
「僕なんかのために、いろいろとすみません」
「前にも言ったでしょ。あなただからなのよ」
美咲が笑顔で言う。
「ところで、どうやってお詫び状を公表するんですか? 僕がみんなに見てくださいなんてわざとらしいじゃないですか」
「それは希世子がちゃんと考えてくれているわ。安心して」
「ちょっと小芝居してもらうわよ」
希世子の言葉に湊は不安な表情を見せる。
「なあに、ちょっとこけて見せるだけだから。怪我しないように転んでね」
そう言ってから台本の説明をする。
教室へ戻るとき、教室前でわざとこけて、手紙を落として、教室前にたむろしている女子に拾わせ読ませて、内容が本当に謝罪文だけであることを見せ付けるというものだ。
もちろん、手紙を拾っても読まない場合に備えて、控えとして信頼のおける志保の後輩に手紙を読む役を命じてある。もちろん、手紙の書き換えについては秘密だ。本当に謝罪文だと聞かされて、それを公開するためだと信じている。すでに教室前で待機しているはずだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
スローペースでも更新していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。




