新米女子は新しい生活をスタートする の 6
浩太郎が意識を取り戻したのは、それから一カ月以上が過ぎてからだった。
はっきりとしない意識で、ぼうっと天井を見ていた。
遮光カーテンの隙間から、夕日が差し込んでいる。
定期的に繰り返す電子音。
ここがどこなのか、なぜこうしているのか、浩太郎は何も分からなかった。
手足を動かすことはできない。ただ、全身がだるくて重かった。
なにもできず、目を閉じてぼうっとしていると、電子音が眠気を誘い、いつの間にかまた眠りに落ちた。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
浩太郎は再び目を覚ました。
差し込む光が無くなり、部屋はかなり暗い。
身体が動かせないのは変わらなかった。
しばらくすると、扉が開いて入ってくる人があった。
浩太郎は目を開けることさえだるくて、閉じていた。
すぐ横で何かをしている物音がする。
重い瞼を開けて、目だけを動かしてその方向を見る。
浩太郎の目に入ったのは、白い服を着た女性が、液体の入ったビニールのパックを持っている様子だった。
テレビで見たことがある。浩太郎はそう思った。看護師が点滴を替えているのだ。
それでようやく、ここが病院だと気付いた。
でもどうして病院に……?
疑問から記憶をたどる。
奏の最後の瞬間が脳裏に映る。
浩太郎の目尻から、涙がこぼれた。
まだ呼吸がままならないために、泣き声は出せない。
その分、涙があふれた。
電子音の間隔が短くなる。
看護師がそれに気付き、浩太郎を見た。
「ーっ!!!」
驚きの声を押し殺して、慌てて病室を飛び出していく。
しばらくして、看護師は戻ってきて、薄暗い明りをつける。
そして浩太郎の涙を拭いてやる。
さらに誰かが入ってきた。
白衣を着た男性が浩太郎の顔を覗き込む。
「見える?」
浩太郎の顔の前で手を動かす。
声で返事ができない浩太郎は、伝えるために動く手を目で追った。
「私の声が聞こえていたら、こっちを見て」
そういう具合に浩太郎は目だけで、診察に答えていった。
一時間ほど過ぎてから、入ってきたのは奏の父親だった。
浩太郎は奏が死んでしまったと、伝えたくても伝えられなくて、涙を流すしかなかった。
「良かった、君が助かってくれて。これで、奏は君と一緒に生き続けられる」
そう言った彼の表情はとてもうれしそうだった。
それから一カ月が過ぎ、浩太郎は両手と首を動かし、小さいながらも声が出せるくらいに回復していた。
面会謝絶の札が掛かっているが、ほとんど毎日両親と妹は特別に入れてもらい見舞っていた。もちろん入るときにはマスクをして消毒を受けている。
その頃になって浩太郎はようやく、意識がなかった間のことや、手術の内容を主治医や家族から聞いた。
そのことは信じられないことだったが、体の自由が利かない浩太郎には確かめられないことだった。
事故でつぶれたお腹から下が、奏から移植されたとは。
まるで、自分が生きるために奏の命を奪ったみたいだと、浩太郎は感じた。
浩太郎に移植されようとされまいと、奏が助からなかったのは間違いがない。
けれども自分だけが生きているということが、浩太郎は申し訳なくて、辛かった。
二週間ほどが過ぎ、少量ながら流動食と、リハビリが始まった。
それまでは、ベッドの上でマッサージのように、手足や体を動かしてもらうだけだったが、支えてもらいながら立ち上がったりと、厳しくなっていった。
はじめは文字通り他人の脚で、全く感覚もなければ、動かすこともできなかった。
それが神経を修復させる薬と合わせて治療することで、他人の脚だったものが、自分のものと感じられるようになっていった。
絶望の中に少し希望が芽生えたときだった。
身体を起してもらえるようになって、脚がよく見えるようになり、そこにあるのが自分の脚ではないことを浩太郎は改めて知った。
そして、自分はもう男でもないことも。
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