新米女子に恋の話 の 2
「三沢さん」
そう声を掛けたのは、教室の入り口で直立不動の宮田一志だった。
「お前、まだなんかあるのか?」
肇が言葉を荒げて威嚇する。
湊は肇をたしなめるだけの余裕がなくて、尋ねるだけだ。
「なに?」
「こ、この前はすみませんでした」
そう頭を下げた一志は異常なほど緊張した様子だ。
それから、呆気にとられている湊の席の前へと進み出る。ほかのみんなも同じように呆気にとられて、黙ってその様子を眺めている。
そして内ポケットへ手を入れて、取り出したものを湊に差し出す。
「お詫び状です。うまく話せないと思ったので、手紙にしました」
この前はちゃんと話せてたのに、うまく話せないなんてあるのかなと疑問に思うのと同時に、ちょっと変わった子だなというイメージが湊の中に作られた。
嫌な予感もしたが、はねつけるわけにもいかず、それを受け取る。
「お詫び状としてだけ受け取るよ」
そうではないもののような気がして、湊はそう言わずにはいられなかった。
湊のその言葉に一志は残念そうな顔を隠せなかった。
その反応からして湊の嫌な予感はどうやら当たっていたようだ。つまりラブレターだ。
「失礼しました」
一志は回れ右をすると、飛び出すように教室を出て行った。
五秒くらいの静寂。
「「開けて!」」
「「開けろ!」」
女子も男子も騒ぎ立てる。お詫び状だと言う名目だが、みんなもラブレターと確信しているようだ。
「そんな失礼なことできるわけないでしょ」
言うと湊はブレザーの内ポケットに、それをしまいこんだ。
手紙の内容を公開だなんて、プライバシーの侵害だ。しかもラブレターだったりしたら、湊自身も恥ずかしい。
「それに、ちょっと休ませてよ」
そして、両腕を枕にして、机に伏せてしまった。
その後すぐに二時間目が始まり、解散となった。
二時間目の授業中、湊は辛そうにしているものの、カイロのお陰か、一時間目よりはだいぶとマシな様子だった。
しかし、湊の気持ちはいっそう憂鬱さを増していた。
雨が降り始めたからだ。
しとしとと降る雨は、長雨を思わせた。
帰りまでにやんでくれればいいのにと、湊は窓の外を眺めていた。
ラブレターが気になりクラスのみんなが集中できないままに、二時間目が終わり、再び湊の回りに人だかりが出来る。いつもは別の場所にたむろしている女子たちも、集まってきている、
「やっぱり読もうよ」
手紙のことが気になる女子が、ニヤニヤしながら声を掛ける。
見渡す限り同意見の者ばかりだ。
「うんうん。恥ずかしかったら、わたしたちに見せなくてもいいからさあ」
彼女たちは、どうしてもラブレターを読む湊の反応だけでも見たいようだった。
そして隣の席で耳を澄ませている翔も、気になって仕方がないという様子だった。
改めて拒否をすると、女子たちは「つまんなーい」とこぼしていた。
自分は娯楽の対象じゃないのにと不満に思う湊だった。
その人だかりとは別に、聡美と理沙は自分の席に座る有紀を両側から挟んでいた。
その様子を見れば、彼女たちの間に重大なトラブルが起きていることは一目瞭然だったが、湊にみんなの注目が集まっているためにそのことに気づく者はいなかった。
「ちょっとつきあってもらえるかしら」
聡美が怖いくらいに真剣な口調でそう声を掛ける。
前の休憩時間の有紀の行動がなければ、本当に首根っこつかまえて謝らせるところだったが、聡美たちはとにかく状況を把握したかった。
三人は廊下を歩いて、人気のないところへたどり着いた。
「仲直りしたのよね」
周りに人がいないことを確かめて、理沙が期待を込めて質問する。
有紀はぎこちなく頷く。
「でも、別に嫌いになってたわけじゃないのよ」
「よく言うわね。あんなひどい態度とっておいて」
厳しい言葉を聡美が浴びせる。
「だめよ」
理沙が聡美を抑える。
「ごめんなさい。心配や迷惑かけて。その……、わたし男子が苦手で、湊が男子って知った瞬間から、どう接したらいいか分からなくなって、とにかく距離を置きたかっただけなの」
「それまでは普通に話せてたのに? 前と同じように話せばいいじゃない」
自分が出来ていることだから、なんの疑問もなく、聡美は言う。
「男子相手にそんなこと出来ないわよ。緊張しちゃって、ちゃんとしゃべれないのよ」
「でも話聞いたでしょ。湊はもう女の子だって、ちゃんとした女の子だって」
理屈では分かっていても気持ちが追いついていないのだと、自分もそうだった理沙には分かっていた。
だから理沙は湊が既に女の子だと強調して、有紀が湊のことを女の子だと思えるようにしたのだ。しかし、それ以上に有紀の観念は固かった。
「身体はそうだけど、気持ちは……心は男の子でしょ。だから、もう男の子にしか見えないのよ」
「でもさっきはカイロ貼ってあげれてたじゃない」
理沙は作戦を変更して、出来たことを褒めて、仲良くできるようにともっていく。
「湊が辛そうにしてるのに、元木君がもたもたしてるから。わたしだって湊の身体に触るなんて、すごく緊張したんだから」
「まあいいわ。仲直りしたんなら」
聡美は、じれったくなって、そう結論付けた。
「そうそう。後は一緒にお話したり、お弁当食べたりして、ゆっくりと慣れていけばいいじゃない」
理沙の言葉に有紀は想像する。男子である湊と一緒にいて食事をして話をしている姿を。当然理沙は、今までのグループ内でのことを想定していたのだが、有紀の頭の中では二人だけのことになっていた。
一般に、恋人同士と呼ばれる状態だ。
「そんなのまだ早いわよ」
「なにが?」
「なんで?」
顔を真っ赤にしている有紀に、二人が疑問を口にする。
「だって、緊張するじゃない。隣に座るなんて絶対無理。向かい合わせなんて、目が合ったらどうしたらいいのか分からなくなるし。話しようなんてしたら、口から心臓が飛び出しちゃう」
目を潤ませて訴える。
「それって……」
「いわゆる、あれよね」
理沙と聡美が想像したのは、『恋』の一文字だった。
しかし、今の湊と有紀では『アブノーマルな』が前に着くために、口に出すことが出来なかった。
「まあ、仲が悪いよりかは、いいんじゃないかしら」
聡美の言葉に、理沙は頷くことしかできなかった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
またたいへんお待たせしまして、申し訳ございませんでした。
まだ多忙な日々が続いてますので、スローペースでの掲載になりますが、
これからもよろしくお願いします。
2017/9/13 有紀の釈明シーンを修正しました




