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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第十四話 新米女子とホントの気持ち
65/73

新米女子とホントの気持ち の 3

6話その4と11話その4を修正しています。恐れ入りますがそちらを先にお読みいただいてから、こちらをお読みください


 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


 浩太郎が始業式の日に帰宅した一週間後、二度目の登校をして、二度目の一時帰宅をした。

 比較的体調もよく六時間目の授業まで受けることが出来たので、帰宅したのは四時頃だった。

 母親は嬉しそうに浩太郎を出迎え、送ってくれた介護師の手を借りて浩太郎がリビングに落ち着くまで、気遣いの言葉をいくつも掛けていた。

 お茶をいれ、テーブルを挟んで浩太郎の向かい側に腰を下ろした母親が、心配そうな口調で話しかける。

 「昨日、電話があったんだけど…… 曽根さんていう子から。話がしたいって。まだ入院中だって言ったら申し訳なさそうに謝ってたわ。何かあったの?」

 浩太郎は答えを躊躇った。

 なんでもないと答えたら、きっと何かを隠したと気付かれるだろう。

 ありのままを話せば、心配するのは明らかだ。

 「卒業式のときにちょっとね。曽根さんは奏のとっても親しい友達だったんだ。それで事故の話になったときに、曽根さんが取り乱しちゃって、僕がみんなとあまり話が出来なくなっちゃって。それを申し訳なく思ってるんじゃない? また電話があったら気にしてないって、言っておいて」

 理由としてはちょっと弱いなと思いながらも、浩太郎はそう話した。

 母親はそれで納得したようで、浩太郎は安心する。

 その後は、休んだ日の授業の内容を、リビングで自主学習する。一度は習ったことだから、比較的さらりと復習する程度だ。

 しばらくして、明美が帰ってきた。

 「おかえり」という浩太郎の言葉に、何か言いたげな表情をしつつも無言で通り過ぎていった。

 浩太郎は、ハァとため息を付く。

 そのすぐ後に今度は、早退をした父親が帰ってきた。

 早速父親の手を借りて、少し我慢していたトイレに連れて行ってもらった。

 トイレを出るとき手を貸してくれた父親が恥ずかしそうにしていることに、疑問を持って尋ねる。

 「どうしたの?」

 「水を流した方がいいと思うんだが」

 という父親の言葉に、

 「ちゃんと流したよ。ほら」

 用を足した後の水は流したことを伝える浩太郎。

 父親はそれ以上なにも言わなかった。


 リビングでの勉強を終え、再び父親に抱き上げてもらい、自分の部屋へと連れていってもらう。

 そこで病院にもっていく本などを選ぶ。文庫本や参考書だ。

 ひとりでは本棚から本を取れないので、父親に手伝ってもらう。

 次の一時帰宅までの分だから、浩太郎は五冊だけにした。

 部屋を見回すと、ベッドの上に母親が用意した着替えが並んでいる。

 病院で着るパジャマと、下着類がほとんどだ。

 事故以前と変わったのは、トランクスがブリーフになったことだ。

 前から持っていたトランクスはお尻が大きくなったせいで、もう穿けなくなっていた。

 それで大きいサイズを買ってもらい穿いていたのだが、生理がきたときナプキンをつけることが出来ないとわかって、その時母親が提案したのが、女の子のパンツだった。

 もちろん母親も息子に女装をさせたいわけではなかったが、生理のときは生理用のショーツが便利だろうというただそれだけのことでの提案だった。

 浩太郎はそれを断固拒否して、結果としてブリーフとなったのだ。といっても、トイレの介助を頼めないときのために、オムツを使うことも多く、生理のときはほとんどオムツを使っていたりする。

 そして、さらに部屋を見回して、もうひとつ気付く。

 「あの箱がないんだけど、場所変えた?」

 浩太郎は“あの箱”の本来の名前を口にしたくなくて、両手で大きさと形を表して伝える。

 一辺がおよそ三十センチ足らずの白い箱だ。

 別にここになければいけないものではないが、所在が不明なのはとても不安になるものだった。まさかごみに出されたりはしてないだろうが……。

 「触らないけど……」

 父親は首を振る。

 それから、「母さんにも聞いてみる」と言って、部屋を出て行った。

 少しして、浩太郎の部屋の前を通り過ぎる足音がする。

 母親が明美の部屋に入ったようだ。

 少し遅れて父親が浩太郎の部屋に戻ってきた。

 隣の明美の部屋から、言い争う声がして――

 「いやーっ!」

 明美の絶叫が聞こえた。

 浩太郎は父親に頼んで背負ってもらい、明美の部屋の前まで連れて行ってもらう。

 その間も明美は泣き叫んでいる。

 「これは、わたしだけの“お兄ちゃん”なの!」

 白い風呂敷に包まれた箱を抱きかかえて叫ぶ明美。

 「バカなこと言わないで。それは飾りやおもちゃじゃないのよ。浩太郎の大事な物なのよ。いいから早く返しなさい!」

 明美を叱りつける母親。

 「イヤよ!」

 言った明美の頬を、母親はピシッ!と叩いた。

 「ぃぃいい……ぁあーーーーーん」

 母親を睨みつけて、頬の痛みに堪えていた明美だったが、自分の思いを理解してもらえないことに我慢しきれず号泣した。

 「お母さんもういいよ。僕のいない部屋に置いておくだけのものだから、別に明美の部屋に置いても構わないでしょ」

 「けど、こんなこと許したら、明美のためにならないわ!」

 浩太郎の言葉にも、まだ興奮の冷めない様子で返す。

 「ずっとこんなことをするなら困るけど、しばらくだけならいいでしょ。気持ちが落ち着けばきっとしなくなるから」

 「浩ちゃんがそれでいいなら……」

 母親は許していいものか戸惑いながらも、浩太郎との貴重な時間をこれ以上無駄にしたくなく、そう答えた。

 「明美。僕の下半身、大切にしてね」

 部屋の奥で蹲り、白い風呂敷に包まれた箱を抱いて泣いている妹にそう言ったが、泣いているためか返事はなかった。


 少し早いめの夕食。

 ひとりで食べづらそうにしてた先週のことを母親が反省して、全員の食事を用意していた。

 明美も、沈んだ表情ではあるが食卓に着いている。

 「学校は楽しく通えてる?」

 「車椅子が大変だけど、みんな気を遣ってくれて、助かってるよ」

 母親の問いかけに、そう答えて、浩太郎は笑みを浮かべる。

 「心配事があったら何でも相談するんだぞ」

 「うん」

 父親の言葉に、短く答える。

 「そうそう。もうひとつ大事な話があった」

 父親がそう切り出した。

 「先週の話の件だけど、高塚さんからも電話があったよ。ご丁寧にご自宅のバリアフリーの状況とか説明していただいたよ。ぜひ見に来てくださいってね。退院しても、お前が家に居ないってのは寂しいけど、仕方がないな」

 高塚がそれほどの対応をするのは、両親に安心してもらい、浩太郎と一緒に暮らしたい。父親もそう強く感じ取ったようだった。

 「高塚さんのところに行っても、お父さんがいる休みの日は帰ってこようと思うから、お母さんもおいしいご飯作ってね」

 それまで黙って食べていた明美が、その言葉を聞いて箸を落とした。

 驚いた顔で、浩太郎を見つめる。

 「ウソ…… その話前に断ったんじゃ…… お兄ちゃん、高塚さんのところへ行っちゃうの?」

 「そのつもりだけど……?」

 浩太郎の言葉に明美の表情が悲しみに曇っていく。

 しばらくの間、高塚のところでお世話になるだけなのに、浩太郎は明美の反応が大げさすぎるのが理解できずにいた。

 「どうして、そんなのいやだよ。この前は怒ったりしてごめんなさい。口利かなかったことも謝るから。もうダメって言わないから。困らせたりしないから、女の子になってもいいからここにいてよ。だから養子になんかいかないで!」

 席を立ち、自分にすがりついて泣きながら訴える明美に、浩太郎は疑問符を浮かべる。

 「僕って養子に行くことになったの?」

 両親の方を見ると、「いいえ」と首を振る。

 「えっ? だってこの前来た人が、養子の話してたじゃない」

 その人は高塚の紹介できた弁護士で、性別変更に関る手続きの話に来ていた。

 「ああそれは、性別変更だけなら戸籍に男だったことが残るから、養子縁組をして戸籍を移せば男だったことが隠せるということで、もしするなら高塚さんのところが養子にしても構わないとおっしゃっているという話をされただけで、浩太郎はそんなことぜったい嫌がるから、それはしないって断ったよ」

 父親が思い出して話す。

 「じゃ、じゃあ。今のナシ。女の子にならないって言うまで、口利かないんだから」

 明美は慌てて取り消すが、すでに遅かった。

 性別変更を怒って嫌いになったとかではなく、怒っていることをアピールして、考え直させるのが目的だったのだ。

 でもそれで一番寂しかったのは、自分自身だった。大好きな兄と話すことが出来ないのだ。それを紛らわすために、浩太郎の下半身の骨壷を抱いては話しかけていたのだ。

 「口利いてくれないなら、この家に居辛くなるから、養子に行こうかな」

 浩太郎は優しく、意地悪を言う。

 「そんなぁ。……分かったわよ。負けました。女の子になればいいじゃない。その代わり、理想的なお姉ちゃんになるまで、女の子の先輩としてビシビシしごいてあげるんだから」

 「よろしくお願いします」

 そう言って微笑みかけると、明美は久しぶりに満面の笑みを浩太郎に返した。

 「うん」

いつもお読みいただきましてありがとうございます


2016/11/17修正分で、仲直りしないといけない人を増やしてしまいました


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