新米女子とホントの気持ち の 2
2018年1月19日 修正しました
ガラッと部室の入口の扉が開いた。
クラブ活動の途中だったのだろう、体操服姿の有紀が息を切らして、立っていた。
「やっと来たわね」
美咲が小さくつぶやいたのを、湊は聞いた。
入口の外で立ち尽くしたままの有紀の側に行き、彼女を部屋に入れると、扉を閉め、美咲は優しくささやく。
「ここにいる人は、湊のことを分かってるから大丈夫よ」
「湊……」
有紀は言いかけるが、後の言葉が続かない。
顔を真っ赤にして、俯く。
十秒ちょっとの時間が静かに流れた。
「ご、ごめんなさい。わ、わたし、男の子と話すのが苦手で、その、うまく言葉にできないんだけど……」
「知ってるよ」
顔を赤らめ身体を強張らせている有紀に、湊は優しく言う。
有紀は少しばかり驚く。
湊は気付いていた。部活を見て回ったとき、喫茶部で男子部員が有紀のすぐ横に立ったとき、距離を取ろうとしたこと。それからも有紀の行動や仕草を見ていて、男子が苦手なことを、湊は徐々に確信に変えていた。
有紀は続ける。
「昨日は助けてくれてありがとう。それにホントにごめんなさい。突き飛ばすつもりじゃなかったんだけど、結果的にそうなっちゃって。男の人に抱きつかれたと思ったら何も考えられなくなっちゃって、お礼を言うのが先か、謝るのが先とか、頭が混乱しちゃって逃げ出しちゃったの。後で冷静になって考えたら、助けてくれた人を突き飛ばしてそのまま逃げ出すなんて、もう謝っても許してもらえないと思って自己嫌悪に陥ってたら、今朝聡美がわたしのことを許さないって言ってるのが聞こえて、きっと湊もそうなんだって思って落ち込んでしまって」
有紀は強く目を閉じたまま一気に話した。
「そんなことないよ」
「うん。聡美と理沙が阪元先生に相談してたみたいで、先生から春日先輩に伝わって、悪いことしたなら謝っておけって先輩に言われたんだけど、教室のみんなのいるところじゃ恥ずかしかったから、放課後にって思ってたんだけど、声かけられないままでいたら、さっき阪元先生に呼び出されて、湊は怒ってないから早く謝りに行けって。でも時間がたてばたつほど合わせる顔がなくって。なんて言えばいいのかわからなくて」
そのまとまりのない言葉を、優しく受け止める。
「ちゃんと伝わってるよ」
「わたしがうじうじしてたら、阪元先生が、早く仲直りしないと後悔するかもしれないぞって。喧嘩したまま湊がまた入院してそのままになったらどうするんだって。一生後悔を引きずりたくなかったらすぐに仲直りしたほうがいいぞって言われて……」
「まるで僕が近々死にそうな言い方だなぁ」
湊は苦笑する。
「移植を受けた人も、五年生存率ってあるんだね。五割ほどしかないなんて……」
有紀の言葉に、湊は慌てる。
「ちょっと待って! 阪元先生がそんなこと言ったの? 嘘だよそれ。主治医の先生には七割くらいって聞いたんだから」
「どっちだって同じよ! わたしのいとこはガンになって手術は成功したけど、五年生存率は八割だって言われてたけど…… だけど、三年前に死んじゃったのよ。そうなって欲しくないけど、そんなことがあったから、あなたが五年以上生きるなんて思うことが出来ないの。あぁわたし何言ってんの。ごめんなさい、今の言い方はないよね」
有紀は慌てて謝る。
「わかるよ。拒絶反応で吐血して倒れたとき、もうだめだって思った。みんなにお礼が言えてない、伝えたいことが言えてないと思った。五年生存率を聞いて十人中三人も、たった五年が生きられないんだって思った。数字で七割って十分大きいと思うけど、当事者にとったらすごく頼りない数字だなって」
「だから、わたし、湊の残りの時間が、わたしより長くても短くても関係ない、後悔しないような友達に、ううん、親友になりたいって思ったの。だから、親友になってもらえますか?」
「呼び捨ての関係になったときから親友で、これからもずっと親友のつもりだったんだけど。有紀は違ったの?」
「あんなことしておいて、親友だったなんて言えないから。だから改めて親友になってください」
そう言って深々と頭を下げる有紀。
「わかった。じゃあ今から親友だよ。それから親友ならタメだからね。そんなお願いの仕方は今ので最後だから」
頭を上げた後、有紀は小さく頷いた。
湊は机を杖代わりに立ち上がる。
そして握手を求めて、右手を伸ばす。
有紀が恐る恐るといった感じで、湊の手に触れる。
湊は有紀の中にある、“男である湊への恐れ”が治まるのを待っていた。
ゆっくりと湊の手が握られようとしたときだった。
「じれったいなぁ」
友香が湊の背中を押した。
ふらついた湊は有紀に向かって倒れていく。
有紀はその湊を一度は受け止めるが、自分が湊を抱きしめているという事実を認識したとき、パニックを起こして、思わず湊を突き飛ばす。
仰向けに倒れていく湊は、後ろにいた友香を下敷きにして、かろうじて衝撃を和らげた。
代わりに「うぎゃ」という友香の潰れる音が聞こえた。
「キャー。ごめんなさい」
自分のしでかしたことに、有紀は慌てる。たった今謝ったのに再び突き飛ばしてしまって、普通なら思いっきり怒られるようなことだ。
そしてパニックのために助けの手を差し出せない有紀に美咲は呆れて言う。
「まずは湊のことを女の子と思うところから始めないと」
美咲に助けてもらい、身体を起こした湊は優しく言う。
「ゆっくりでいいんだからね」
「ごめんなさい。ホントにごめんなさい。出来るだけ早く、慣れるようにするから」
繰り返し深々と頭を下げる有紀。
「それまでは、今みたいなことがないように近づかないようにするよ」
一瞬拒絶されたのかと不安に思った有紀だが、笑っている湊の顔を見て、冗談だと気付いた。
「いっそのこと男の子に戻ったら? 美人の恋人が出来るよ」
床に座ったまま後頭部をさすりながら、友香が冷やかす。
「何言うんだよ。そんなこと出来ないよ」
恥ずかしがりながら言う湊。
さらに恥ずかしがって顔を真っ赤にしているのは有紀だ。
優しい男の人が理想の有紀にとって、姿以外は湊が理想の恋人像なのだ。湊と恋人同士である未来を少しばかり想像してしまったことは、誰にも言えないことだ。
「はーい、ごちそうさまでした」
笑いながら席を立つ新聞部の二人だった。
いつもお読みいただきありがとうございます
期待させておいて、この程度ですみません
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