新米女子は新しい生活をスタートする の 5
夏休みがやって来て、奏の体調はだいぶ戻ってきていた。浩太郎は受験生だったにも関わらず二人でいろいろと遊んだし、もちろん一緒に勉強もした。両方の家族一緒に旅行もした。
そして夏休みが終わりに近づいた頃、あの出来事が起きた。
医者である奏の父親から話があって、新型インフルエンザの流行の兆候があるからと、二人一緒に高塚が院長を務める病院へワクチンの接種を受けにきていた。
とても大きな総合病院で病棟がいくつも立ち並ぶ。移植医療もトップクラスの病院で、テレビや雑誌などでも時々取り上げられるそうだ。
終わってから奏が父親に挨拶しに行くといってきかないから、浩太郎は仕方なく一緒について行った。
どうも仲よくしているところを、父親に見せつけたかっただけのようで、本当に挨拶だけして帰ろうとしたのを、奏の父親が慌ててひきとめ、二人にジュースを出した。
「奏がはしゃぎすぎているようで、申し訳ないね。よくないところがあれば、叱ってくださって結構ですから」
そう言って浩太郎に頭を下げる。
いくら感謝をしているからと言っても、そんなことをされては浩太郎は恐縮するしかなかった。
忙しいにもかかわらず、帰りは病院の玄関まで見送ってくれる。
「本当に仲が良くて、父さん妬いてしまいそうだ」
「だって命の恩人だし、同じ血が流れてるんだよ。だからもう他人じゃないもん。もし浩太郎君が病気になって、必要になったら、あげられる臓器はなんでもあげるんだから」
「生体移植は倫理的に、家族しか認められてないから駄目なんじゃなかな」
「そのときまだ結婚してなかったら、すぐ結婚して家族になるから大丈夫。じゃあお父さんありがとう」
奏の父はその場でしばらく二人のことを見送っていた。そして仕事に戻ろうと振り返った時だ。
激しい衝突音がした。
それは、二人が病院の門を出た直後のことだ。
二人の目の前で車が追突事故を起こした。
音は激しかったが、大したことはなさそうで、中を覗くと運転手が降りようとシートベルトをはずすところだった。
しかし、その時だった。
明らかにスピード違反の車が、事故で停止している車をよけようと、ハンドルを切りコントロールを失った。
黄色い塊が浩太郎と奏に迫る。
よける暇などはなく、その黄色い車は二人を巻き込んで、病院のコンクリート製の塀に突っ込んだ。
「うっ!」
と浩太郎は短い息を吐いた途端、もう呼吸はできなくなっていた。
全身がとにかく熱いのを感じていた。
浩太郎が顔を下に向けると、黄色の車体が自分のお腹を押しつぶしている。
そして、しっかりと握り合った手からはぬくもりが伝わるものの、その先には明らかに助からない奏が見えた。
周囲でたくさんの悲鳴がする。
急に寒くなってきたのを、浩太郎は感じた。
『僕ももう死ぬんだ』と、そう思った。
近くでたくさんの人が声を掛けてくれている。
その声がだんだんと遠くなっていく。
眠気のようなものを感じて、浩太郎は意識を失った。