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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第十三話 新米女子とみんなの気持ち
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新米女子とみんなの気持ち の 1

 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


 車椅子にも慣れて、浩太郎はひとりで院内を移動することが多くなった。

 そのために病室を空けることが多くなり、明美と会う時間が少なくなっていた。

 もちろん避けるつもりで、そうしていたわけではなかった。しかし明美は浩太郎が避けていると思ったに違いない。

 着替えを届けたりしてくれたとき、リハビリに行ったりしていても、戻るまで待ってくれていたのが、今は待ってくれない。荷物だけが置かれている。

 そうなると浩太郎も早く戻ろうとは思わなくなって、看護師にお願いして、病院の外に散歩に連れて行ってもらうことが多くなった。


 三月の終わり頃、退院に向けて、自宅での生活の訓練もしてみてはどうかと言われた。いきなり帰っても段差が移動できなかったり、手すりが必要だったりと、困ってしまう場合が多いからだそうだ。

 それなら、始業式に行った帰りに家に寄りたいと浩太郎が主治医に頼むと、卒業式のときとは違って、あっさりとOKがでた。あの時とは違ってだいぶ体調がよいからということだ。


 四月に入り、戸籍の性別変更について両親から相談があったと、院長の高塚は浩太郎に話した。そういう問題に詳しい弁護士を高塚が紹介して、話し合いが始まったとのことだった。

 少しの間性別変更について考えることを忘れていた浩太郎だったが、いよいよカウントダウンが始まったのだというような気持ちになった。

 「そのことで、妹さんと喧嘩したそうだね。退院するまでに仲直りしないと、家で顔を合わす機会が増えるとやり辛くなるんじゃないのかい」

 「仲直りしようにも、もうこの一週間ほど会ってません。こっちからも会いにいけないから、どうしようもないです」

 「そうか、困ったねえ。……いっそのこと、うちに来ないかい? 君の部屋は確か二階だそうだね、その身体じゃ階段の上り下りは無理だろう。うちは私の母が晩年車椅子を使っていたから、それに応じた造りにしてある。部屋もあるしどうかね」

 浩太郎は今の高塚の言葉の理由をすぐにつかめなかった。自分を本当に心配しての言葉なのか、社交辞令的なものなのか。

 そもそも自宅で暮らすことが出来ないなら病院や介護施設で構わないのだ。なのにそう言ってくれるのは、どうしてだろうと浩太郎は思案をめぐらせる。そしてひとつの答えに行き当たる。

 一人娘がいなくなった家は寂しいのだと。それが正しい答えかはどうかなど、浩太郎には分かるはずもなかったが、確信を感じていた。

 「その返事は、一度家に帰ってからにさせてもらってもいいですか? たぶん家で生活するのは大変だと思うので、本当にお願いするかもしれませんけど」

 「もちろん、構わないんだよ」

 高塚院長の表情が、娘に向ける優しさを含んだのを、浩太郎は見ていた。


 その日浩太郎はいつもの散歩を控え、病室にいた。今日が明美の中学の入学式の日だからだ。

 明美の性格からして、制服姿を見せに来ると思っていた。

 だから、できるだけ病室にいて、明美を迎えてあげようと思っていたのに、ついに明美は来なかった。

 そうとう嫌われてしまったんだな。きっともう仲直りはムリだろうなと思う。

 高塚の家にお世話になる場合、どのように両親を説得したらいいだろうかと、ふと考えてしまった。

 病室の窓から見える、星のない夜空をぼんやりと眺めながら。


 そして、始業式の日。

 学校からは身体に障るなら来なくても構わないと言われていたのだが、クラスメイトに挨拶だけはしたかったから登校することにした。

 初日休むとこれから先、教室に行きにくい気がしていたし、こんな人間がクラスメイトにいるのだと知っておいてもらいたかったからだ。

 最初から最後まではまだ体力が続かないと思われたので、全校での始業式は休むことにして、その後のホームルームに合わせて浩太郎は登校した。

 事故で長期間入院していたため、浩太郎は学校ではそれなりに知られた存在だった。

 知らない生徒からも「退院おめでとうございます」とか、気遣いの言葉をたくさん掛けられた。

 しかしどちらかといえば、今の浩太郎のような身体の人との接することに臆病な生徒がほとんどで、彼らは遠巻きに見ているだけだった。

 「実はまだ、退院できてなくて、しばらくはほとんど休む日が続くと思います。退院してもまだまだ普通の生活はできないから、みんなと一緒に学校生活が送れないけど、どうかよろしくお願いします」

 ホームルームで一番最初にそう挨拶をして、みんなの自己紹介を聞く。

 中には学校行事とかで知り合った子もいた。

 浩太郎はみんなの様子を見ていて、少し心配もあるが、なんとかやっていけそうだと感じていた。


 介護の送迎車で送ってもらい、久しぶりの我が家を眺めてしばらく感慨にふける。

 車椅子に座っているので視線が低くなったせいか、家が大きく感じられた。

 介護師が浩太郎の車椅子を押し、同行のケアマネージャーが呼び鈴を押すと、母親だけでなく、父親も出迎えに現れた。

 母親だけでは息子の身体を支えられないとの考えと、久しぶりに帰る息子を迎えたいという気持ちから仕事を休んだらしかった。

 門扉を入ると、狭い庭があり、玄関へとゆるいスロープがある。

 結果からいって、全く一人では玄関までもたどり着けなかった。

 自分の足で歩いていたときは全く気にならなかった小さな段差が、自分で車椅子を進めると大きな障壁であることに気付く。

 しかし送迎してもらう場合は玄関の中まで、お願いすることで何とかなるだろう。と思っていた。

 玄関で車椅子を降りると、後は這って家の中を移動するしかない。

 仮に車椅子を上げてもらったとしても、段差無しに移動できるのは、リビングだけだ。ひとりで他の部屋や二階の自分の部屋に行くなんて全く不可能だった。

 ケアマネージャーが家の中を見て回り、手すりとかの改善点をリストアップして、両親に説明をする。

 介護師たちはそこまでで帰っていった。

 リストアップしたことのすべてを改善したとしても、今の浩太郎にはほとんど何もできないことには変わりはなかった。

 それで浩太郎は、高塚院長から提案のあったことを両親に話した。

 「高塚さんが、バリアフリーにしているからしばらく家に来ないかって言ってくれたんだけど、どう思う?」

 「いくらなんでも、それは迷惑の掛けすぎだろう」

 「それはそうなんだけど、寂しいんじゃないかと思って」

 浩太郎はそう思うように至った理由を話した。

 父親は理解はしてくれたが、それでもそこまでの迷惑を掛けることはできないと言う考えだったが、母親は違った。

 「あなたがそう感じているなら、そうしなさい。ちゃんとご挨拶に行ってあげるから」

 浩太郎が話した、高塚夫妻の寂しさと、娘の半身を近くに感じていたいと思っているだろうことを、母親は分かってくれた。

 「ありがとう。そうさせてもらうね」

 その話が終わってからしばらくリビングでのんびりテレビを見ていると、明美が帰ってきた。

 こっそりとリビングの横を通り過ぎて、自分の部屋へと向かうような仕草だった。

 浩太郎が初めて見る明美のセーラー服姿だ。

 明美は浩太郎を見て何か言いたそうな口元をするが、言い留まる。

 「おかえり。よく似合ってるね」

 浩太郎の言葉に明美は急に顔を赤らめて、しかし無言で自分の部屋へと階段を駆け上がっていった。

 「相当怒ってるよね。どうしたらいいと思う?」

 「お母さんにも分からないわ」

 二人で困った顔を見合うだけだった。


 その後父親に抱き上げてもらい、浩太郎は半年以上ぶりに自分の部屋へと入った。

 長い間放置されていたにもかかわらず、ホコリとかはなくて、掃除をしてくれたことが分かる。

 机の上には、快復を願うお見舞いの手紙が積まれていた。病院で一度は目を通して、お礼状も書いたものだ。

 しかし、一緒に置いてある手紙に目が留まった。

 浩太郎が書いたお礼状の一通だ。送ったお礼状が、転居先不明で戻ってきていた。

 「あいつ引っ越したから、卒業式休んだのか。お礼言えてないけど、まあ仕方ないか」

 手紙の宛名を見ながら浩太郎はつぶやいた。

 その宛名は中里健二だった。


 浩太郎はこの後病院に戻らないといけないので、夕食をずいぶんと早めに用意してもらった。

 用意された食事は浩太郎の分だけで、量は少なめだ。

 普通に食事はできるようになっていたが、食べられる量は以前の半分ほどもないからだ。

 「今日はあなたの為に頑張ったのよ。しっかり食べて、元気になってね」

 「ありがとう。おいしいよ」

 「また今度も、がんばるからね」

 「でもそんなに見つめられると食べにくいな」

 向かいに座る両親が、じっと浩太郎のことを見ている。

 「すまない。でもこうやって家で一緒に過ごせることを諦めていたから、本当に嬉しくて」

 父親が涙をにじませる。

 「やめてよ、父さん。食べにくいじゃないか」

 そう言ったがその後も浩太郎の食事姿を、両親は見つめていた。

 目を逸らした途端消える幻を恐れているような両親に、それ以上言えずに浩太郎はそのままで食事を続けた。

 事故以来初めての幸せな満腹を感じた食事だった。


たいへんお待たせしました

いつもお読みいただきましてありがとうございます

スローペースですがこれからもよろしくお願いします

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