新米女子はキモイかこわいか の 2
六時間目の授業が終わり、湊は有紀に声を掛ける。話すなら一緒がいいと思ったからだ。
はじめは嫌な素振りを見せていたが、聡美が頼むと、有紀も湊の話に付き合うことになった。
一緒に保健室へ向かう。
「ここは談話室じゃないんだぞ」
阪元先生はそう言いながらも、快く場所を提供した。
「ベッドも使っていいですか?」
「乱交はよくないぞ?」
阪元は真顔を作る。
「な、な、何言ってるんですか! そんな冗談嫌いです」
「恥ずかしがる顔は、いいんだけどな」
普段の湊の表情がまだ女の子らしくないと思いながら、阪元は言う。
「なんなんですかそれ」
先生の言いたいことが分からず、湊は愚痴る。
そして、有紀に向き直る。
「最近、僕のことを避けるのは、僕の秘密を知ってしまったから?」
「そ、そうよ。中里先輩と話しているのを、たまたま聞いてしまって」
有紀は湊から離れたところに立ち、硬い表情のまま答える。
「そうだったんだ。内緒話は気をつけないといけないね。それで、どこから話そうか迷ったんだけど、やっぱり見てもらう方が早いかな」
湊は理沙と聡美の手を借りてベッドに上がる。身体を横たえると、服をめくった。
肋骨の下あたりから腰骨のあたりまでいくつも手術の傷跡が重なり合って、凸凹になっている。
あまりの酷さに、みんなはとっさに目を覆う。
「ひどい……」
恵がつぶやく。
聡美は言葉を失い、涙を流す。
「病院の前で事故に遭ったとき車にはさまれていて、駆けつけたお医者さんたちも即死だって思ったほど、僕の内臓や腰の辺りはほとんど潰されてしまってたんだ」
その時、保健室のドアがガラガラと音を立てる。
その場の全員が、ドアのほうに目を向ける。
より驚きの表情を見せたのは入ってきた千穂のほうだ。
「えっ! みんななんで泣いてるの? あっ! 三沢さん。何! 何か深刻な病気なの?」
横たわる湊を前に泣いているみんなを見て勝手な想像をする。
「違う違う。で、なんの用だ?」
「ナプキン下さい。使い切っちゃって」
阪元は千穂の要求に、一掴み適当な数を渡すと、背中を押して追い出した。
そしてカギを掛ける。
「びっくりした」
「さっき内緒話は気を付けないとっていったばかりじゃない。もういないわよね」
湊の言葉に、外の気配を探りながら理沙が言う。
湊は身体を起して、ベッドの端に座り直した。
そして静かな中、ブラウスの裾をスカートのウエストに入れて、服装を直す。
「あぁ、その前に話しておかなきゃ。
僕はその病院の院長の娘さんの奏と親しくて、というより親公認の恋人同士だったんだ」
「娘さんと恋人同士? 女の子同士で?」
納得できない言葉を聞いて、恵が問い直す。
「まあ聞いてよ。それで親しくなったきっかけは、奏が白血病で僕が骨髄のドナーになったから。事故の直前までお父さんの院長先生と話をしていて、そのとき奏が言ったんだ。僕に臓器移植が必要になったら、なんでもあげるって。
そのすぐ後、僕の隣にいた奏は頭を車に挟まれて死んでしまった。奏があんなことを言ってなければ院長先生も、自分の子供の死を眼の前で見て、すぐに決断なんかできなかったと思う。
駆け付けた院長先生は、わずかでも可能性があるならと、奏の下半身まるごと僕に移植する決断をしたんだ。
僕が意識を取り戻すまで一ヶ月以上掛かったけど、手術は成功して、今僕はこうしてここにいられるんだ」
阪元先生は、目を瞑って湊の話を聞いていた。
理沙は、以前より詳しい内容を聞いて、目を潤ませ、恵と聡美は、衝撃的な内容に言葉を失っている。とくに聡美はぽろぽろとお涙を流し続けている。
「……男だったの?」
有紀は、驚きの表情のままで、そう言った。
その言葉に疑問を感じて、湊は尋ねる。
「知ってたんじゃなかったの?」
「今も男だと思ってた」
有紀は健二の言った「男だった」という言葉のニュアンスを取り違えていたのだ。
「つまり男だったけど、今はもう女だってことなのよね?」
未だに信じられない様子で聡美が確認をする。
「そうだよ。だから事故に遭った男女の生き残った方。幽霊じゃないよ」
そう言って、湊は恵を見た。少し安心した顔をしている。
「身体を外見上男にするかどうかって聞かれたんだけど、僕はこれ以上奏の身体を傷つけたくなかったからそのままにしてもらったんだ。それで、身体が女なら性別を女性にした方がいいからと言われて性別を変更することにしたんだ。奏が僕にくれたのは、身体や命だけじゃない。奏の女性としての人生ももらったんだ。だから僕は女性として生きていこうと決めたんだ」
「ひとつだけ分からなかったことがようやく分かったよ。高塚先生がどうして目の前で死んだ娘をドナーにしたのか疑問だった。正気じゃないと思っていた。いくら娘に骨髄を提供した恩人でも、娘の身体を半分そのまま移植なんて、普通思いつかない。けど直前にそんな遺言のようなことを言われていたら、そうするかもしれないな」
阪元先生が、静かな声で話した。
「そ、そう。大変だったわね。でも……あ、あなたはまだ男よ。死んだ彼女のことが忘れられない男じゃない。お、女だなんて認めないんだから。お、男だったくせに女装なんかして気持ち悪い。恥ずかしくないの?」
どもりながら有紀が言う。
グサッと音がしそうなほどの有紀の言葉に、湊は数秒間言葉が出せない衝撃を受ける。
言った後の彼女の表情には複雑なものが混じっている。今でも男だと勘違いしていた恥ずかしさと、男子になんか謝りたくないという思い、加えて男子が相手だと言葉がうまく選べずに言いすぎてしまったという後悔だ。
「は、恥ずかしいに決まってるじゃないか。毎朝、ため息を三回ついてるくらいなんだから」
それはハンガーに吊るされた制服を見て一回と、自分の下着姿を見て一回と、着替えた後の姿を見ての一回だ。
「有紀っ! ひどくない? その言い方」
限度を越えた言葉に我慢が出来ず怒鳴ってしまった理沙を湊が制する。
「もういいよ。確かにそうだから。理沙にも言ったよね。みんながどう思おうとそれぞれだって。女と思ってほしいなんて強制はしないって」
「じゃあ、わたし部活だから」
有紀は引き止める間もなく、逃げ出すように保健室を出て行った。
「有紀があんなに分からず屋だって思わなかったわ。聡美と恵は女の子って認めてあげるよね」
理沙が二人を見る。
「ちょっといい?」
恵が湊の胸へと手を伸ばす。
その胸のわずかなふくらみに手を添えて、持ち上げる。
男の時には感じることがなかったヘンな感覚に、湊は恥ずかしさがこみ上げる。
「よし、女の子と認めよう」
笑いながら恵が言う。
「胸があるからってこと?」
湊は尋ねた。
「ううん。その反対。湊が女の子なら、少なくともわたしが一番じゃなくなるからね」
「僕が一番って何が? 喜んだらいいのかな……?」
「女子なら怒るべきところよ」
怖がらせられた仕返しとばかりの恵の言葉に対して、どう反応したらいいのかわからない湊に理沙が言う。
「だから湊が貧乳ナンバーワンてこと」
聡美が説明をしてくれる。
「貧乳って言うな!」
恵が怒った。
それを見て理沙と聡美が笑う。
「でも幽霊と間違えるなんて、ありえなくない?」
笑い顔の理沙が言う。
「男の子だけが助かったのを知ってるなら、普通その男の子が湊だと思うでしょ」
聡美も恵のことを笑う。
「だって、わたし湊が女の子だって知ってたから。間違いなく女の子だったから」
「ど、どういう関係だったの? あなたたち」
聡美がへんな妄想を広げようとしたので、湊は慌てる。
「ち、違うって。急な生理のときに助けてもらったんだ」
「なんだ」
聡美は安心したようにつぶやく。
「それに、病院にお見舞いに行ったとき、湊がいなくて、ナースステーションで尋ねようとしたら、若い看護師さんと年配の看護師さんが話してるのを聞いたんだ。『院長の娘さんかわいそうに。また病院に戻ってきたのね』『院長先生の耳に入ったらどうするの? お嬢さんはもう亡くなられたのよ』って。それを聞いて湊が院長の娘さんで、もう死んでるんだって勘違いしてしまったのよ。でもそのとき本当に怖かったんだから。お見舞いどころじゃなくなって、慌てて飛んで帰って、ネットで事故のこと調べたら、事故に会ったのは中学生の男女で、名前までは分からなかったけど、女の子の方が亡くなってて、院長の娘さんだって書いてあったから。ホントに湊は幽霊かなにかなんだって思ったんだから」
そのときの恐怖の顔を再現しながら、恵が力説する。
みんなはそれでも幽霊とは思わないだろうって目で恵を見る。
湊もそう思いながらも、恵がどれほど怖かったのかを感じとれた。
「ごめんね怖がらせちゃって。院長先生が僕のことを特別扱いにするから、看護師さんの間では、『院長の娘さん』て言われてるみたいなんだ。実際下半身は『院長の娘』だしね」
「だいたい、男だって思うほうがおかしいわよ。そもそも、こんな安産タイプのお尻してるんだもん。こんな男子がいるわけないじゃない」
恵は言いながら、湊の腰をペシペシと叩く。
「そうよね。顔だって男の子っぽい顔だとは思ってたけど、男の子には見えなかったしね」
聡美はまじまじと湊の顔を見つめている。
「女性ホルモンの影響で、自分でもわかるくらい、顔つきが変わったから」
正確にはコスプレ写真を撮られてたときに、兄に見せられた写真で分かったのだが。
「あぁ、わたしこんな重大な秘密聞かされて、気が重いわ。うっかり話しちゃったらどうしようって」
聡美が心配顔でつぶやく。
「それなら大丈夫だよ。近いうちにみんなにも話すつもりだから」
湊の言葉に理沙も恵も聡美も、耳を疑った。
「話しちゃうの!? ダメよ。みんながみんな受け入れてくれるってことはないんだから」
「そうよ。やめるべきよ」
「女の子だって思ってる人たちに、わざわざ言う必要はないよ」
みんなの言葉に、湊は答える。
「もう一部の人には知られてるんだ。すぐに広まってしまうよ。男だったことを知られたときに、隠してたって思われるのは印象悪いでしょ。だから近いうちに話すよ。そのときは応援してね」
三人は湊の言葉を理解したが、素直に賛同はできず黙り込んでいた。
「しかし、三沢にはまだまだ女の子らしい笑顔が足りないな。三沢の境遇で常に笑顔でいろというのは酷だが、男子だったことを話して、もう女子になったと説得するには、女子らしい笑顔をもっとたくさん見せなければダメだ」
「それは先生が真剣な場面にしか立ち会ってなくて、普段の湊を見てないからです。たくさん笑ってますよ。それに泣いたりも。男子があんなふうに泣いているところなんて見たことないです」
理沙はそう抗議したが、湊には阪元の言いたいことが分かった。女子は会話が弾んで楽しくなってくると、キャッキャと裏返った声で笑うが、自分にはそんなことはないと湊は分かっていた。
「わたしよりも、三沢のことをよく知っているようだな。だったら大丈夫だろ。お前たちが三沢の味方になってやれば、きっとみんな理解してくれるはずだ」
阪元先生は笑顔を三人に向けて、勇気付けた。
たいへんお待たせして申し訳ございません。
多忙のため今後も、スローペースになります。




