新米女子はキモイかこわいか の 1
2017年12月4日 第12話の加筆修正に伴い、途中の区切りが変わっていますのでご注意ください
浩太郎の体調が卒業式に行く前ほどに快復するのに一週間もかかった。
病院の中の衛生的に保たれた場所では、ひどく体調を崩すようなこともなくなってきていたが、病院の外ではそういうわけにはいかないことに気付かされた。
自分の身体がどれだけ弱っているのかを浩太郎は思い知らされた気分だった。
そして、主治医の先生からは四月から学校に行くのは無理だと言われた。
ついでに言われたのが、戸籍の性別を変えるなら、家庭裁判所の手続きとかで時間がかかるから、そろそろ弁護士に相談した方がいいと教えられた。
それまでは、身体は女でも男として生きていこうと決めていたのだが、言われて少し気になりだした。
「明美は、僕が女の子になってしまうのはイヤなんだよね」
見舞いに来た明美に、なんとなく尋ねた。
「そもそも、お兄ちゃんが女の子のカッコするとキモイと思う」
そのストレートな物言いに、兄が姉に変わってしまうということがどれほど嫌なのかを浩太郎は感じた。
「だろうね」
小柄で童顔の浩太郎だが、誰が見ても、女の子でないのは一目瞭然だ。女の子の服を着て化粧で誤魔化したりしても、女装にしか見えないだろう。
そのことを主治医の先生に伝えるとこう言われた。
「女性ホルモンの影響で、顔つきや体つきはだんだんと女性っぽくなっていくよ。成長途中で、身長も低いし、喉仏もまだ出てないし、浩太郎君は第二次性徴が始まったばかりだったみたいだから、十分女性らしくなると思うよ」
「クラス内で背が低いのはずっとです。関係ありません。ほっといてください」
気にしている身長のことを言われて、浩太郎は言い返さずに入られなかった。
「いやいや、思春期の時期に一気に伸びる男の子もいるんだよ。で……何の話をするんだったかな、そうそう、身体がどんどん女性化していくのに、男だって言い張るには限度があるし、それに女性しか受けられない医療や行政サービスを受けられなかったりするし」
先生は性別変更を仕向けるかのように話す。
サービスと聞いて浩太郎は少し気になった。
「それって何ですか?」
「世の中にはレディースデーというのがあって、女性だけが受けられる割引があったりして、常々不公平だって感じてるんだよね。レディースデーを設けている店は、男性割引の日を設けるべきだと思うんだよ。例えば月曜日。マンデーだからね」
熱の入った話にオチがついて、浩太郎は少しムッとする。
「冗談を言いたかっただけですか? 真剣に悩んでるのに」
「申し訳ない。他に大事なことでは、女性特有の病気の検査の費用を出してもらえたり、子供を産むとき出産費用の一部を出してもらったり。それから性別を変更しないと、そもそも男性と結婚できないし」
「男と結婚とか出産とかしませんよ!」
「そうなの? てっきり子供を産んで院長先生に孫の顔を見せてあげるんだと思った」
言われて初めて気付いた。
そのことに思い至らなかった自分がバカだと感じた。
奏のためにしてあげられることが、残っていた。
自分は奏の子供を産んで、奏の両親を喜ばせてあげられる。
奏が生きていた証を、未来に残してあげられる。
それは自分にしかできない、高塚夫妻への感謝の方法だ。
浩太郎は、密かな決意をした。
次の日曜日、浩太郎は両親に来てもらった。
この日に限っては来てほしくなかった明美も一緒に来ていた。
「何だい? 相談って」
「相談って言うか、お願いなんだけど。怒らないで聞いてほしいんだ」
「言ってみなさい」
両親はやさしく微笑みかけてくれる。
「戸籍の性別の変更をしたいんだ。先生も女の身体で生きていくならその方がいいって」
怒るだろうか、悲しむだろうか、心配しながら浩太郎はそのことを口にした。
両親は顔を見合わせる。
「それは簡単にはできないことだよ。仮にできても嫌になったからって戻すこともできない。よく考えてしなければならない。わかるかい」
頭ごなしの否定でなくて、浩太郎は安心した。
「わかってるよ。性別の変更が一番いい方法かはまだ分からない。けどじっくり考えた後に準備を始めたら、それだけ遅くなっちゃうでしょ。ぎりぎりでやめるかもしれないけど、準備だけは始めてほしいんだ」
「いやよ。そんなことしないで」
それまで黙っていた明美が、口を開いた。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんのままでいてよ。自慢のお兄ちゃんでいてよ。変態兄ィは一人で十分なんだから」
「ごめんね。明美。でももう僕は女の子なんだから」
訴えかける明美に、浩太郎は優しく言う。
「イヤ。他のお願いなら聞くから、そんなのやめてよ」
「決めたんだ。だから許して」
「お兄ちゃんのばかァ!」
涙を浮かべて、明美は病室を出て行った。
「ごめん、お父さんお母さん。明美を慰めてあげて。でも考えは変わらないよ」
浩太郎の性別変更への決意は感じ取れたが、その難問は両親がすぐに認められるものではなかった。
明美のことも含めて、ただ困った顔を見せるだけだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
理沙と仲直りした翌日の昼食、湊は理沙と聡美と、それに恵も一緒に食べていた。有紀だけはいない。
しかし、恵は黙ったままで、時々湊のほうを時々ちらちらと見る。
湊だけでなく聡美も、恵の様子がおかしいことを気にしている。
「恵も、何か誤解してるの? 理沙みたいに」
聡美は恵の沈黙が我慢できなくなって尋ねた。
「へ!?」
恵は驚いて理沙を見る。
「理沙は聞いたの? 事故のこと」
「うん、まあ」
この場で話が出来る内容ではないため、理沙は曖昧な返事をする。
「ネットとかで調べたりしたけど、事故で女の子が亡くなったんだよね」
「ちょっと湊の前でその話は……」
奏のことを話すと湊の精神状態が不安定になるかもしれないと思い、理沙は止めようとする。
しかし抑えきれず、恵は尋ねずにいられなかった。
「じゃあ、湊ってだれ?」
「?」
「?」
「?」
その場にいた恵以外のみんなの頭上に、はてなマークが浮かぶ。
自分は自分だと思う湊。
事故に遭った二人のうちの生き残りだと知る理沙。
そもそも事故に遭ったのが中学生の男女と知らない聡美。
少し考えて最初に恵の質問の意図に気付いたのは湊だった。
「!」
続いて理沙も気付く。
女の子が亡くなって、生き残ったのが男の子なのに、なぜここにいるのが女子である三沢湊なのか。
死んだはずの女の子がどうしてここにいるのかと。
ただひとり、事故に遭ったのが中学生男女ということを知らない聡美は、未だに恵の言いたいことがわからないようだ。
「ちゃんと足はあるよ。今は動かないけどね」
生き残った男の子が女の子になったと考える方が普通じゃないのかなと思いながら、湊は笑みを浮かべる。
「ニーソ脱いだら、空っぽなんじゃないの? 脱げないって言ったのそういうことじゃないの?」
泣きそうな表情で恵が言う。
「恵は、恐い話とかお化け屋敷とか苦手なほう?」
理沙はそう言ってから、我慢できずに笑いがこぼれた。
他人の弱点を笑うものではないと思いながらも、湊もつられて「フフ」と笑ってしまった。
「あんなの好きな人の気が知れないわよ」
恵は怯えながらそう答える。
「その話の展開が全く理解できないんだけど」
聡美は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「恵を恐がらせたままにするのはかわいそうだし、聡美をいつまでも蚊帳の外にしておくのも申し訳ないし、今日の放課後話すよ。まだちょっと整理がついてないんだけど」
湊は真顔に戻ってそう告げた。




