新米女子と繋がる心 の 5
2016年11月17日 ストーリーに修正を加えました
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三月の中ごろ、中学の卒業式だ。
浩太郎は出席日数が足りないので、卒業はできないのだが、なんとしても卒業式には行きたかった。
クラスの友達に快復した姿を見せることができるのが今しかないような気がしていたからだ。
それで主治医の先生にお願いをした。
ここ数日風邪の初期症状があり、この寒い中の長時間の外出と、人の集まる閉鎖空間はあまりよくないとのことで、反対された。
それでも卒業式の最初から最期までいるわけではなく目的を済ませばすぐに帰ることを話して、どうしても行きたいと訴えて、なんとか許可してもらうことができた。
条件としては、緊急に備えて、医師がついていくことだった。
そして当日。浩太郎の付き添いの医師とは、高塚豊、院長先生で、奏の父親だった。
それと、奏の母親がいた。
「奏が病気もせず、事故にも遭わなければ、今日が卒業式だった。区切りを付けたくてね。わたしたちも行かせてもらうことにした」
久しぶりに会った奏の母親は、ずいぶんとやつれて見えた。
「お久しぶりです」
浩太郎がそう声を掛けると、彼女は彼の顔を見て、それから視線を足先までゆっくりと移していく。
そしてしゃがみこみ、浩太郎の膝に手を置いた。
車椅子の彼に目線を合わせるかのようだったが、浩太郎にはその行動が、奏に寄り添い触れるためだとすぐに分かった。
「久しぶり。大変だったわね」
そう言う彼女の目には涙が溢れていた。
中学校までは、病院の介護用の送迎車で送ってもらう。
校門前には、「卒業証書授与式」と大きく立て看板が出されていた。
薄曇で時々晴れ間が除く程度の天気だった。
浩太郎は寒くて、何枚も重ね着をしている。
時間的にはもう既に卒業式は始まっている。
奏の父に車椅子を押してもらい体育館へ向かう。
卒業証書授与の途中だった。
呼ばれた卒業生が、順番に壇上に上がり、一礼して、校長先生から卒業証書を受け取る。お辞儀をして壇上から降りてくる。
緊張のためか硬い表情のままの者もいれば、友達や両親に手を振る子、ガッツポーズやちょっとしたおふざけをする者もいた。
形式的な儀式の時間が流れていく。
場内は静かなBGMが流れ、担任の先生が名前を呼ぶ声が続いている。
知っている名前がいくつも呼ばれていく。
本来なら自分や奏もそこにいたはずだと思うと、寂しさを感じずにはいられなかった。
「加藤康介」
クラスメイトだったひとりがまた呼ばれた。
壇上で卒業証書を受け取る。
校長先生に一礼する。
回れ右をする。
自分の親の姿を探すために、場内後方へ視線を泳がせる。
壇上から降りる階段へ歩み始める。
その脚が止まった。
康介の眼が、浩太郎の方を向いている。
眼が合う。
「浩太郎? 浩太郎じゃないか!」
「「「!」」」
卒業生の多くが康介の視線を追う。
康介は一気に階段を駆け降りる。
そして、一目散に浩太郎の元へ駆け寄った。
男子も女子も、それに続く者が大勢いる。
浩太郎の周りに人だかりができた。
「浩太郎。もう大丈夫なのか?」
「心配してたんだぞ。いつまでも面会謝絶だから」
「本当に良かった。もう会えないかと思ってたんだから」
心配する声、喜びを伝える声、そして泣き声までもが重なり合う。
「心配かけてごめんね」
浩太郎が話し始めると、その小さな声が聞こえるように、みんな静かにする。
「まだまだ本調子じゃないんだけど、みんな一緒に会えるのは今日しかないと思って。まだ卒業式終わってないよ。先生困ってるから。終わってから話そうよ」
「そうだな。退屈な式なんてすぐ終わらして、後でゆっくり話そう」
「記念写真も撮ろうよ」
名残惜しそうにしながらも、みんな自分の席に戻っていく。
「先生。スピードアップしていこう」
康介の掛け声に、賛成の声が上がる。
その後の式は、先生の名前を呼ぶ間隔が心持ち短くなり、みんなが小走りに卒業証書を受け取りに行く姿が見えた。
校長先生の挨拶も、早く終わらせろという視線に脅迫されたかのように、ずいぶん短く終わった。
式が終わり、記念写真もクラスの順番を入れ替えてもらい最初に撮影してもらう。卒業生ではないけど、奏の遺影を抱いて浩太郎も写真撮影に入った。
他のクラスの友達とも、何人かと一緒に写真を撮ったりしているうちに時間が過ぎてゆく。
そんな時、浩太郎はひとりの女子と目が合った。
少し離れたところから、浩太郎を見詰めている。その目は悲しみの中に、悔しさを宿していた。
奏の親友、曽根香織だ。
彼女の元へ車椅子を進める浩太郎。
すると彼女は顔を背けた。それは、言ってはいけないと分かっている言葉を発しないようにするためだった。
「曽根さん。ごめんなさい。隣にいたのに奏を助けることが出来なくて」
その言葉が、香織のたがを外した。
浩太郎をキッと睨みつける。
もう少し近くて手が届いていたら、平手打ちをしていたかもしれない。
「だったら……、謝るくらいなら、あなたが代わりに死んでくれたらよかったのに!」
周囲の空気が一瞬で凍りついた。
香織自身、仮にでもそんなことが出来なかったことは分かっている。
突然の事故だったのだ。浩太郎にもどうすることも出来なかった。例えば屈強な或いは俊敏な男だったとしても、無理だったに違いない。そんなことは、香織も分かっていたのだ。
しかし感情の暴走を止められなかった。隣にいた浩太郎だけが生きていることがどうしようもなく許せなかった。
そんな香織に対して、浩太郎はもう言葉が出なかった。今はまだ何を言っても伝わらないのだと感じたからだ。
香織の友達が彼女の握り締めた手を掴んで、浩太郎のそばから連れ去る。
男子の間からは、香織に向けた非難がささやかれた。
が、それだけだった。
直接彼女にぶつけるような声は上がらなかった。
事故からのこの半年、彼女を見ていたみんなは、彼女のどうしようもない気持ちがわかるのだ。ここにいなかった浩太郎の苦しみよりも。
ここはもう自分の居場所じゃないんだ。浩太郎はそんな風に感じざるをえなかった。
友達に久しぶりに会えたという喜びが打ち壊された瞬間、浩太郎は身体が鉛のように重くなったのを感じた。
「ごめんなさい。香織には後できつく言っておくから。今日は来てくれてありがとう」
「元気になったら、また話しましょ。文化祭とか運動会とかの楽しい話がいっぱいあるの」
女子たちが話しかける。
「うん、もう帰るよ。主治医の先生には、早く帰ってこいって言われてたんだ。本当はまだ出かけるのは早いって言われてて」
香織のせいで帰るのではないと浩太郎は言い訳をする。
「そっか、無理したら身体に響くもんな。早く元気になれよ」
康介が浩太郎の手を両手で掴んで握る。
「元気になったらまた会おうね」
「リハビリ頑張ってね」
何人かが励ましの言葉を掛けた。
「ありがとう。がんばるよ」
浩太郎は精一杯の笑顔を作ってお別れをした。
それから五日後、卒業式に行った日の夜から続いた発熱がようやく下がり始めた。
といってもまだ三十八度五分あり、念のため面会謝絶状態にある。
浩太郎は自分の免疫力がこんなに落ちているなんて、正直思ってなかった。
これなら素直に先生の言うことを聞いて、あんな卒業式には行かないほうが良かったかもしれないと思っていた。
コンコンとノックがあって、看護師が入ってきた。
「中学のお友達から、お届け物ですよ。それから『ごめんなさい』って言ってたわよ」
手渡されたのは、卒業式の写真だ。記念写真のほかにスナップ写真も入っていた。
スナップ写真はどれも酷い顔をしている。
それからクラス全員で撮った記念写真を取り出した。
最初に撮ったのでまだマシな顔といえた。
右上に円で囲まれた別撮りの写真が挿入されていた。
中里健二だ。
「そういやあいつ、いなかったな」
いなかった理由など特に気にもせず、浩太郎は写真をしまいこんだ。




