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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第十一話 新米女子と繋がる心
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新米女子と繋がる心 の 3

 向かった先は、生徒会室だった。

 高木良美がノックをする。

 「どうぞ」

 すぐに美咲の声がする。

 「何でしょう。大事なお話とは」

 良美が入ったところで、いつもの穏やかな口調で問いかける。

 続いて伊藤由佳に車椅子を押されて湊が入る。

 「何ですの? 湊を連れて!」

 話の内容が想像できたのか、声を荒げる

 最後に入った由佳が、扉を閉める。

 中にいたのは美咲だけで、今は四人になった。

 「こいつのことで大事な話です」

 「ひどい呼び方をすることは許しません」

 「こいつで十分です。わたしたち、いえ、お姉さまを騙していたんですよ」

 「なんですって?」

 どんな内容で脅されるのかと心配していたが、まさかと感じた。

 「こいつ男だったんですよ!」

 「誰がそれを!」

 それを知ってるのは、先生以外では限られる。いったい誰が、と考えを巡らせる。

 「部活の新入りが教えてくれたよ。入試の時、松葉杖は目立ってたからね。あのときは男だったって」

 そんなはずはない。湊は心の中で叫んでいた。

 なぜなら、女子として通うことは決めていたから、男子の制服は着ずに中性的な私服で受験していた。だから確信を持って男だなんて思われてはいないはずだ。

 そう考えていて湊は気付いた。受験票だ。あの時はまだ、家庭裁判所の裁定が下りてなかったので、“浩太郎”として受けていた。それを覗き見られたんだ。そうに違いないと。

 「そのことを秘密にして、お姉さまに取入ったんだよね。三沢君」

 自分から取入ったわけではないが、秘密のまま仲良くなったのは間違いない。そう思うと湊は反論できなかった。

 美咲に迷惑をかけて申し訳ないと思いながら、彼女に視線を向ける。

 明らかに驚いた表情をしている。

 しかし、湊を責める表情はしない。

 少しばかり時間が流れた。

 「知ってましたわ」

 美咲の言葉に湊も含めた三人が驚く。

 「阪元先生から伺って知ってました。ですから騙されたとかそういうことは全くありません。分かったら、湊を置いて帰ってください。それからそのようなセンシティブなことを口外などしたら許しませんから」

 美咲は毅然と言い切った。

 美咲と争うことが目的でない二人は、釈然としない様子ながらも、部屋を出て行く。

 そして、美咲は部屋に鍵を掛けた。

 「後になってしまいましたが、お身体は大丈夫ですの?」

 硬い表情のまま美咲が尋ねる。

 「身体は至って元気なんですが、足が動かないんです。心理的な要因だと診断されました」

 「そう。ホントにお気の毒で、お見舞い申し上げます」

 「ありがとうございます。……それで、さっきのこと、知ってたなんて本当なんですか?」

 「まさか、阪元先生がそんな秘密を暴露するようなことをするわけがないでしょう」

 「じゃあ、なんで?」

 「わたしは、阪元先生からあなたのことを護って欲しいと頼まれました。だからです。ですが、正直驚きました。あなたが男だなんて」

 頼まれたからといって、そこまでするなんて、よほど強い信頼関係がないとできないことだろう。湊は二人の関係が少し気になった。

 「いつかは話さなければと思ってました。いい機会ですから聞いていただいてよろしいですか」

 美咲は二人分の紅茶を入れながら答える。

 「もちろん」

 湊は話し始めた。

 白血病の奏との出会い。それから心を通じ合う間柄になったこと。そして事故と奏の死。移植された奏の下半身。長い入院生活とリハビリ、拒絶反応、PTSD。さらには自分を支えてくれた家族や病院の先生方と高塚院長のこと。

 美咲は話が進むにつれ、目頭を熱くして、身を乗り出して聞き入った。

 「でもそれならば、あなたはもう女性ですのに、先ほどはどうして否定をされなかったんですか? 否定していただいていたなら、知っていたなどと嘘をつかず、隠し通せましたのに」

 「男だったのは事実ですし、どうせそう遠くないうちに、話すつもりでいましたから」

 そこで予鈴が鳴る。午後の授業開始五分前だ。

 「もうこんな時間。教室まで送っていきますわ」

 「そんな悪いですよ」

 「もともと彼女たちがあなたに意地悪をするのは、わたしに対する想いからです。ですから責任はわたしにあります。そのお詫びです」

 恐らくはこれ以上断ったところで、美咲が引き下がることはないだろうから、湊は折れることにした。

 上級生に車椅子を押させるなんて、恐縮の極みだ。しかもこれじゃ、美咲の推薦を断っていじめられる原因になったことの再現になるかもしれない。つまり、美咲に車椅子を押させる生意気な一年生ということでだ。

 「そういえば、湊。茶話会のことはまだ話していませんでしたわね」

 美咲は、仲良しの友達が話をしているような調子で、話しかけてくる。まるで、見せびらかしているようだ。あえて、人の多いところで話しているようにも思える。

 「ええ、まだ聞いてないです」

 「行事のない火曜日の放課後、月に一回か二回ほど、生徒会主催の茶話会を開いてますの。多くの生徒と交流を深め、校内のいろいろなことに耳を傾けるというのが建前なんですが、ちょうど今日ありますから、ぜひ来てくださいませんか?」

 「はい、もちろん」

 車椅子を押してもらっている状況で、断るのは精神的に無理だった。

 「ちょっと、寄り道しますわよ」

 と言って向かった先は二年の教室。あの二人のところだ。

 「高木さん、伊藤さん。先ほど言い忘れましたが、わたしの親友の湊が困るようなことは今後謹んでくださいね」

 それだけ言うと、相手の返事も確かめることなく、その場を後にする。

 明らかに教室が騒がしくなっていた。美咲を慕う生徒から二人が非難を受けているのかもしれない。

 「今のは逆効果になりませんか」

 「自分で言うのもなんですが、結構みなさんに慕われていますから、わたしのお友達によからぬことを企てれば、自然とわたしの耳に届くようになります。それに彼女たちも、わたしに嫌われるようなことはするつもりもないでしょうから、きっと大丈夫だと思います」

 それが目的で、車椅子を押してくれたのだと湊は気付く。

 「ありがとうございます」

 湊の教室に着くと、本鈴が鳴った。

 「では放課後お待ちしております。もちろん、お身体の具合が悪いようでしたら、遠慮いただいて構いませんよ」

 自分の教室に足早に向かう美咲を、湊は自分の席から見送った。

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