新米女子は新しい生活をスタートする の 4
いよいよ骨髄提供のための入院の日がやってきた。
提供の同意書とかのサインはすでに書いてもらってたから、一人でも大丈夫だったのだがやはり心配だったのか両親もついてきて、一緒に説明を聞いていた。
説明を聞き終えた頃、父よりずいぶん年上の、六十歳くらいの背広姿の男性が入ってきた。
「院長!」
説明をしていた医師が驚いて立ち上がる。
浩太郎もつられて立ち上がった。
その人は名刺を取り出し、父親に渡す。
「院長の高塚豊と申します。この度は骨髄提供の申し出、本当にありがとうございます」
浩太郎の手をとりそう言った男性の表情は、感謝に溢れるものだった。
高塚というこの男性の感謝の様子から、浩太郎は提供する相手が高塚奏だと確信して尋ねる。
「あの、高塚さんの……奏さんのおじいさんですか?」
「いえ、父ですが、どうして……」
驚いた様子で答える。
浩太郎も彼が父親ということに驚いた。なぜなら、自分の祖父と同じくらいの年齢だったから。
「同じクラスなんです」
院長はさらに驚いた表情を見せる。
相手のことを知らないのは提供する側もされる側も同じだ。
今回はたまたま、提供を受ける側が院長の子供で提供する側の名前を知ったとしても、その人間が娘のクラスメイトだということまでは知らなかったようだ。
その後病室に移り、両親が院長と話を続けるのを、浩太郎は聞いていた。
高塚夫妻には子供が出来ず、ずっと不妊治療をしていた。
そして生まれた子供が奏だ。
ようやく授かった我が子は目に入れても痛くないほどかわいく、大切に育ててきた。少し過保護なのは自覚していた。
その宝物に白血病という命の危機が訪れた。
薬での治療がうまくいかず、骨髄移植に希望を託したが、適合するドナーが見つからず、絶望しかけていた。
そこにようやく、希望の光が差し込んで、どんなに喜んだことかと、涙を浮かべながら話していた。
浩太郎は自分がしようとしていたことが、大人の男性でさえ涙を浮かべ喜ぶほどのことなんだと、すごいことなのだと感動していた。
そして骨髄提供の手術が終わり、退院して浩太郎が登校すると、女子たちから大歓声で迎えられた。
「三沢君。カッコいい」
「すごいよ」
「感動したよ」
今までに受けたことのない扱いに、浩太郎はくすぐったい気持ちだった。
さらに奏と親しい女子の一人、曽根香織が、浩太郎の手を握り、涙を浮かべて喜んでくれた。
「奏を助けてくれてありがとう」
改めて自分のしたことが誇れることなのだと自覚をした。
中学二年も終わりが近づいたころ、高塚奏が退院し登校してきた。
一学期からずっと休んでいた彼女は、中学二年をもう一度することが決まっている。
奏が登校して最初にしたことは、浩太郎への告白だった。
しかもほとんどのクラスメイトがそろっている中でだ。
治療のせいで抜けた髪が、まだ十分に伸びておらずボーイッシュに感じられる。病み上がりの顔色はまだ良いとは言えなかった。
浩太郎よりも十センチ以上背が高い奏は、少し膝を折って、目線の高さを揃えていた。
「一日でも早く会って、伝えたかったんです」
そう訴える彼女の瞳の輝きを、浩太郎は一生忘れないと感じた。
患者とドナーは普通出会うことはない。浩太郎はそう知っていたから、骨髄提供に入院した日以来病院には行っていない。もともと親しいという友達関係でもなかったのでお見舞いにも行かなかった。
だから彼女は、クラスメイトだから知っていた浩太郎の顔を思い浮かべ感謝の思いを募らせるうちに、それが恋心へと変わってしまったのかもしれない。
しかし浩太郎には断る理由は何もなかったので、二人は恋人関係になった。
他の恋人たちが何をして、どういうことを話しているのかを二人は知らなかったが、ただ一緒にいるだけということが多かった。
でも幸せそうにしている彼女の笑顔を見ているだけで、浩太郎はうれしかった。
そんな二人をクラスのみんなは、年季の入った夫婦のようだとからかっていた。