新米女子の秘密と動揺する心 の 2
2017年11月21日 シーンを追加しました
PTSDの発作で入院した翌日の午前中、恵は湊のお見舞いのために病院を訪れていた。
が、病室に湊はいなかった。
タイミング悪くリハビリのために、病室を離れていたのだ。
そしてもうひとつタイミングが悪いことがあった。
湊がいつ戻るのか、どういう状況かを尋ねるために、ナースステーションを訪れて、声を掛けようとしたときだった。
「……あの三沢さんが昨日PTSDの発作でまた入院されました。昨夜はちょっとした出来事で眠れてないみたいだし、脚が動かなくなって相当落ち込んでるようなので、気遣ってあげてね」
勤務の交代で申し送りの最中だった。今の言葉を聞いて鈴木と言う看護師がしょげている。
「『院長の娘さん』かわいそうに。また入院なのね」
「そんな言い方して、院長先生の耳に入ったらどうするの? お嬢さんはもう亡くなられたのよ」
報告を受けてつぶやいた若い看護師を、年配の看護師がたしなめた。
恵は混乱する。
湊のことを『院長の娘』と言った。
しかし、その娘は亡くなっていると言った。
亡くなってる人が入院するなんてありえないことだけど、みんなに見えるほどはっきりした幽霊なんていないけど、……。
「湊ってなに?」
恵は震える声で、つぶやいていた。
続いて脚が震えだす。
そんな脚で可能な限り急いで、恵は病院を後にする。
青い顔で何とか自宅にたどり着いた恵は、ネットで調べることを思いついた。
検索サイトで、病院名と事故の時期を入れると、情報はすぐに得られた。
個人名は出ていなかったが、病院前で院長の娘とその同級生男子中学生が壁と車に挟まれたこと。男子は重体。女子は即死とあった。
看護師は言っていた。院長の娘は亡くなっていると。ネットにも即死と出ている。阪元先生も湊は即死と判断される状態だったと言っていた。
つまり……
恵は結論を得た。
湊は少なくとも、死んだ人なのだと。幽霊なのかゾンビなのかフランケンみたいなものかは分からないが。
その日の午後、明美と兄の裕一郎が一緒に見舞いに来た。翌日からは仕事で、この後すぐに帰るのだそうだ。
忙しい兄に迷惑を掛けたなと湊は感じながらも、うれしかった。落ち込んでいた気持ちが、多少はマシになっていた。
兄は湊の病状には全く触れず、趣味のカメラ、とは言っても、フィギュアやリアルな女の子の撮影方法、或いはアニメの話題とかだけを話していた。
そして、帰り際「元気出せ。浩太郎」それだけを言って、病室を後にした。
いい加減、新しい名前で呼んで欲しい、といつものように湊は思う。
その後、残ってくれた明美の手を借りてシャワーを浴びる。
明美は、髪が伸びたとか、肌がきれいになったとか、そういうことを話していた。
事故に関する話題を、避けようとしているのは明らかだ。
明美の言葉には、湊は相槌を打つだけだった。
シャワーを終え、明美に車椅子を押してもらい、病室に戻ると理沙が待っていた。
戸惑いに溢れた表情をしている。
今の湊にどう接したらいいのか分からない、という雰囲気ではなさそうだ。
「クラスメイトだよ」
と明美に伝えると、
「いつも姉がお世話になってます」
とお辞儀をする。
「気分はどう?」
「昨日よりはマシって程度」
意識してマシという表情を作っていることを理解しながら、湊は答えた。
「これお見舞い」
理沙が手渡したのは、シュークリームだ。
「ありがとう」
「あの、その……浩太郎って誰?」
理沙は戸惑いを言葉にした。
どうしてその名前が理沙の口から出たのか、分からず湊は呆然とする。
「立ち聞きするつもりはなかったんだけど…… さっきの男の人がそう呼んでたから」
明美の表情がつかの間怒りに支配される。それは裕一郎へ向けたものだ。
湊は瞬間的に誤魔化す方法に考えを巡らす。
それより早く、明美がとっさに無理な嘘をつく。
「浩太郎はわたしなの。女装が趣味で……」
湊は明美の腕を掴んで制した。
誤魔化すことが全く意味のないことに、考えがたどり着いていた。
「ベッドへ寝かせてよ」
湊が明美に言う。
明美が車椅子を押すと、いつもなら率先して手伝う理沙は後ずさり湊から距離を置こうとする。
ベッドの横に車椅子を置き、明美は湊を抱きかかえるようにしてベッドの上に移した。
湊はベッドに身体を横たえた。
呼吸を整える。そして、
「浩太郎は僕のことだよ」
と上を向いたまま、湊は言った。理沙の表情を見るのが怖かった。
「あなた男だったの? なんで女装してるのよ」
軽蔑の混じった声が問いかける。
「今その話するの! お姉ちゃんが今どういう状況か分かってるんでしょ!」
明美が怒りの言葉をぶつける。
「いいから、明美。 ……もう僕は男じゃないよ」
「男の部分を取ったっていうこと?」
「僕のお腹から下は事故で潰れて移植が必要だったんだ。それも臓器がひとつとか二つとかでなくて、下半身を丸ごと移植されたんだ。事故のときに僕の隣にいた奏っていう女の子の下半身を」
湊はパジャマの上着をめくり上げ、身体のつなぎ目を理沙に見せた。肌の色の違いから上半身と下半身が同じ身体ではなかったことが容易に思い至る。
短い悲鳴がした。
「僕は奏の身体だけをもらったんじゃない。奏の人生ももらったんだ。女性という性別、やがて結婚して子供を産むかもしれないという人生を。だから僕はもう自分のことを女だと思ってるんだ。けど木村さんの考えまでは強制しないよ。僕を男としか思えないなら仕方がないことだからね」
あえて「木村さん」と呼んだのは、もう下の名前で呼ぶことを許してもらえる仲ではなくなったと思ったからだ。
湊は涙を堪える。真上を向いていなければすぐにも流れ落ちそうだった。
「あ、あの。今日は帰るね」
慌てるように、理沙は病室を出て行った。
理沙が自分をこれからも友達として見てくれるのか、湊はこの場で答えを聞きたかったが、それは叶わなかった。
堪えきれなくなった涙が、目尻からこぼれる。
「お姉ちゃん……」
明美も湊の横で涙を流した。