新米女子の秘密と動揺する心 の 1
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浩太郎は、昨日から少し咳が出ていたが、身体は比較的元気だった。
病室には、この日も明美が来ていて、既に差し入れも許可されていたので、ケーキを持ち込んでいた。
さすがにバースデイケーキにロウソクというわけにはいかないので、種類の違うショートケーキが二つだった。
飲み物は、それぞれの好きなものを自動販売機で明美が買ってきていた。浩太郎には微糖のホットコーヒー。明美は炭酸のジュースだ。
部屋の飾り付けが出来ず、明美としては不満の残る誕生パーティだったが、今日兄の誕生日を祝えることは、とてもうれしかった。
その気持ちを込めて明美がハッピーバースデイを歌う。
「お誕生日、おめでとう!」
歌い終わった明美が、手を叩いて盛り上げる。
「ありがとう。うれしいよ。コホ」
浩太郎は、小さな声でお礼を言う。
「じゃ、食べよ!」
対する明美は、元気いっぱいだ。
浩太郎の誕生日を祝うことと同じくらい、ケーキを早く食べたい気分だった。
「いただきます」
「いっただっきまーす!」
明美は浩太郎が一口食べるのを待って、自分のケーキに手をつける。
「甘くて、おいしい!」
「いつものケーキ屋さんのだよ」
自分が買ってきたケーキを喜んでもらえて、明美も笑顔がこぼれる。
「こっちもおいしいよ」
言って、自分の分のケーキを差し出す。
浩太郎はそこからフォークでひと口分とって口へ運ぶ。
「ホント。おいしいね」
何度も食べたことがあるケーキだったけど、久しぶりに食べたせいか数倍もおいしく感じられた。
明美が、浩太郎の分のケーキに目をやっている。
それに気付いて、浩太郎は自分のケーキを半分に切り分ける。
「半分取って」
「わ、わたし、そんなに欲しがってるように見えた?」
誕生会の主役のケーキをおねだりする食い意地のはった子に見られたと思って、明美は恥ずかしそうに尋ねる。
「見えた……って、ウソウソ。今年は僕からホワイトデーにあげられるものがないから、代わりにこれで許して。それにまだこんなにたくさんは食べられなくて」
ホワイトデーが誕生日の浩太郎は、「バレンタインデーのお返しがないなんてありえない」と言われ、妹にプレゼントをしなければいけないという理不尽な誕生日を過ごしてきていた。
誕生日が来るたびに、妹にあげる物でいつも頭を悩ませていた。
今年ばかりは考えても仕方がなかったが、ついついいつもの習慣で、何をあげたら喜んでくれるだろうかと考えてしまっていた。
そして今、もの欲しそうにしている明美を見て、これがいいと思ってしまったのは事実だった。
「でも今年のバレンタインデーに何もしてないのに……」
「いいから」
「じゃぁ、ありがとう!」
明美は浩太郎の皿から半分のケーキを、自分の皿に移した。満面の笑顔だ。
それを見て浩太郎も、笑顔がこぼれる。
それから、コーヒーの缶を取って口をつけた。
思わず顔が歪む。
「ゲホゲホ。このコーヒー苦い」
「それ、お兄ちゃんがいつも飲んでたのだよ。それに、コーヒーって元々苦いじゃん」
「こんなに、苦くはなかったんだけどな」
明美の言葉にも納得がいかない様子で、浩太郎はコーヒーの缶をまじまじと見つめる。
入院している間に商品の改定が行われて、苦くなったのかと疑ってみたが、どこにも『苦さ20%アップ』のようなことは書かれてなかった。
とすれば、変わったと考えられるのはひとつだ。
「僕の味覚が変わってしまったのかな。ケーキだって以前より甘く感じたし」
「コーヒーの苦いのが苦手で、甘いのが好きだなんて、まるで……」
浩太郎のつぶやきに、笑って言いかけた言葉の続きを、明美は言えなかった。
大好きな兄が、「まるで女の子だ」なんて。
なって欲しくない女の子だとは。
もう既に女の子なのだから。
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