新米女子と死の記憶 の 3
浩太郎の中学の頃、買ってきてもらったケーキを食べることはあったが、求めてケーキを食べるほどの甘党ではなかった。
しかし、今は完全に甘党になっていた。
下半身は元々女の子の奏のものだから、皮下脂肪はそれなりについていた。上半身には事故前は男子の平均並に筋肉がついていたが寝たきりになっていた間に、すっかり筋肉はやせ細り、そして退院した後は脂肪がついて元の太さ近くまで戻っていた。
女性ホルモンの影響で体質が変わったせいだと説明を受けたが、自分では運動をしてないために普通の女の子よりもたくさん脂肪がついているのではないかと心配している。かといって甘いものはやめられないのだが。
湊は、理沙、恵、聡美の四人でケーキ屋に向かっていた。
その店は、湊がいつも通る駅への道からそれて、湊の今の歩く速さで十分くらいのところにあった。
基本はお持ち帰りの店らしく、テーブルは少ない。
それぞれの注文したケーキが揃うのを待って、湊たちはそれをほおばった。
「そう言えば、今日は休みが目立ってたわね」
「あれは、きっと旅行だよね」
理沙の言葉に、恵が人差し指を立てて言う。
「そんなズル休みする人いるの!?」
聡美が怒る。
連休に併せて親が有給休暇を取って長い休みにして、子供も学校休んで一緒に旅行に行くという話を聞いたことを、湊は思い出していた。
「まあ、出席日数が足りて、それなりの成績があれば、自己責任でいいんじゃないかな。お勧めはしないけど」
湊の言葉に、聡美は反論する。
「わたしはその考えには賛成できません。学校を休んで遊びに行くなんて……」
「まあまあ、お二人さん。ここでそんなことを議論したって、休む人は休むんだから」
恵が仲裁する。
もともと議論するつもりなんて湊にはなかったので、それ以上の意見は言わなかった。聡美も同じようだ。
「あぁあ、わたしも旅行に行きたい。キャンプでバーベキューもしたいな」
理沙がつぶやく。
「友達同士で行くならテーマパークがいいな」
と恵。
「夏になれば絶対海ね」
聡美がそう言った。
湊はみんなの言葉を聞いていて、そのシーンが奏と家族とで行った旅行と重なり、奏の笑顔やはしゃぐ声が鮮明に思い出された。
三人が湊の顔を見つめる。行きたい場所を言うのを待つ顔ではない。
驚き、戸惑い、そして過ちを悔いるものが入り混じった表情を湊に向ける。
「ごめんなさい。配慮がない話をして」
「湊の身体じゃ、旅行が難しいのに、こんな話してしまって」
みんなが慌てる。
頬を何かが伝う。
それが何なのか湊が気付くのに、わずかな時間が必要だった。
みんなに誤解を与えたことに気付いて、慌てて否定する。
「違うんだ。事故の前に行った楽しかった旅行を思い出して。ちょっと……。夏になればもう少し歩けるだろうから、みんなでどこか行きたいね」
湊は笑みを作ろうとしたけど、うまく作ることができない。
癒えることを知らない心の傷が、今だけは湊に笑顔を許さなかった。
「ひょっとして、事故で誰か……」
尋ねようとした恵を、聡美が制した。