新米女子は撮影される の 4
そんな湊の複雑な気分を吹き飛ばす事態が訪れた。
「お姉ちゃん、おやすみ……って、何やってるのよ!」
湊の部屋の戸を開けた明美が絶句して、それから説教が始まった。
「まさか、そういう趣味に目覚めたんじゃないよね!」
明美が強い口調で、湊に詰め寄る。
「兄さんが、これ着て写真撮らせたら、カメラをくれるって言うから……」
親に叱られる子供のように、伏し目がちに湊は答える。
「そういう趣味ならともかく、女の子がそんなくらいで、プライドを捨てたらダメでしょ!」
「趣味だったらいいんだな!」
裕一郎が口を挟む。
「うるさい! 女の敵! お姉ちゃんをオタクの道に引きずり込むなんて許さないんだから! とっとと出てけっ!」
明美が兄を怒鳴りつけて、部屋から追い出す。
「おお怖。じゃあ、おやすみ」
裕一郎が部屋の外からそう言っている間に、明美は戸を閉めた。
「それ“寿絵梨”の衣装だよね。なんでそんなに似合ってるのよ! じゃなくて、カメラくらいで買収されて、そんな格好したらダメじゃない」
“寿絵梨”とは『魔法少女トレジャー&ステッキ』シリーズの十代目の主人公の名前だ。アニメのタイトルとしては『魔法少女ジュエリwithトレジャー&ステッキ』が正式だ。
「ごめん。でも、このカメラ高いんだよ。僕の小遣い貯めても買えないくらいに」
湊が言い訳をする。
「だから、金額的なことじゃないって言ってるのよ。わたしはお姉ちゃんを、ちゃんとした女の子にするって決めたんだから。こんなことをしているのを人に知られたら、変態とかオタクだって思われちゃうよ。ただでさえお姉ちゃんは男だったんだから、『女装コスプレのために女を選んだのか』って思われたら嫌でしょ。おまけに言い寄って来る人が、あんな男ばっかりになって素敵な彼氏を選べなくなっちゃうでしょ」
“あんな男”は裕一郎がさっき出て行った戸の方を指している。
「女の子は素敵な男の人にめぐり合うためにいっぱい努力しないといけないんだから。その努力を無駄にするようなことはしないで。お願い」
素敵な男とめぐり合いたいとは今のところ思わないが、湊は明美の湊を思う気持ちをとってもうれしく感じた。
「わかった。これからは気を付けるよ」
「カメラ貸して、今の写真消すから」
手を差し出す明美に、湊はカメラを手渡した。
明美はカメラを操作して、湊のコスプレ写真を表示させる。
「かわ……」
ステッキを持つ姿に「かわいい」と言いかけて、明美は口を噤んだ。
コスプレはダメと言った手前、肯定するようなことを言うわけにはいかなかった。
裕一郎の撮影技術はプロ級で、湊がかわいく見える角度から、しかも何気ない表情のなかでもかわいく見える瞬間を狙って撮影している。
消してしまうのがもったいないくらいの写真だった。
“消去”のメニューを表示してから、実行までたっぷりとためらう。
「どうしたの? 操作が分からない?」
躊躇う顔を悩んでいると勘違いして、湊が尋ねた。
「今やるところ」
言ってから、明美はようやく実行ボタンを押した。
ハァとため息を付いてから、カメラを湊に返す。
返してから明美は、まだコスプレ衣装のままの、湊を見つめる。
「そんな怖い顔しないで、もう二度とこんなカッコはしないから」
明美が湊のコスプレ姿を脳裏に焼き付けているとは知らず、湊は明美に謝っていた。
翌日、昼過ぎには家を出るという裕一郎に、湊はカメラの使い方を教わっていた。
基礎は分かっていたので、このカメラ独自の操作や、中レベルの撮影技術などが中心だった。
湊は裕一郎がカメラのことを楽しそうに話す姿が好きだった。自慢するようなことはなく、秘密にするようなこともなく、カメラの知識を全部伝えようとしてくれることがカッコイイと感じていた。
「……でも、結局はセンスの問題だからな。たくさん撮ってみて、検討を重ねるのが、上手になる一番の近道だ。がんばれよ、浩太郎」
「湊って呼んでよ」
そう呼んでくれないのは、故意だと思った湊は、少し困った表情を浮かべてお願いする。
「そうだな、もっと女性らしくならないと無理だな」
言ってから明るく笑う裕一郎を見て、湊は故意だと確信した。
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