新米女子は撮影される の 2
そろそろ寝ようかと思っていた湊に、裕一郎が声を掛けてきた。
「浩太郎。ちょっといいか?」
元々裕一郎と浩太郎の二人の部屋だったここは、今は湊だけの部屋だ。
ただ、部屋の隅とタンスの上には、裕一郎のアパートに運びきれない荷物が、段ボール八箱に詰められて置かれている。
「うん。入って」
湊の言葉に、裕一郎は変わり果てた自分たちの部屋の有様を、見回しながら入ってきた。
「女の子の部屋に入るようでなんか緊張するなぁ…… ところで、カメラのことだけど」
少し前に湊が部活で使うカメラについて、裕一郎に電話で相談をし、その時に予算と性能から、五機種の推薦を聞いていた。
「中古でよかったら、これをやってもいいぞ」
裕一郎は部屋の隅のダンボールをあさって、黒いボディをした一眼のデジタルカメラを取り出した。
「それって、兄さんがバイト代貯めて買ったカメラでしょ。結構高かったはずじゃぁ……」
湊が想定していた予算の五倍を越えるモデルだ。
「まあ三年もすれば性能や機能が随分といい新機種が出てたんで、ついつい良いのを買ってしまったんだ。だからこっちのはもういいんだ」
言いながら裕一郎はカメラを充電器に繋ぐ。
「無駄遣いしたらダメだよ」
湊はそう言ってから、カメラを自分に譲る口実なのではと思った。なぜなら、このカメラが既に要らないものになっていたなら、電話のときにそういう話が出ていたはずだ。このカメラを譲るために、電話の後に新しいカメラを買ったのか、或いは買ったことにしているのかもしれない。
「で、貰ってくれるなら、おまけがあるんだが」
「なに?」
裕一郎の誘いに、湊が喰らいつく。
「ちょっと待ってろ」
言って部屋を出て行った裕一郎は、届いていた荷物の箱を持ってきた。
明美が怪しいと言っていた荷物だが、箱自体は怪しくはない。配送のラベルに書かれていることが怪しいのだろうかと、湊は目を凝らしてみるが、座っている場所からは良く見えない。
裕一郎が箱を開けて、ビニールに包まれたそれを取り出した。
「あぁ……」
湊が兄を残念に思う声がこぼれた。
大事なカメラを譲るという、誇れる兄の姿を見せたばかりなのに、ここでこういうものが出てくるとは。
コスプレ衣装らしいものを持つ裕一郎が、ニヤニヤと笑っている。
明美が変態兄と呼ぶ要因のひとつだ。
基本男性キャラのコスプレをしているのだが、交流した女性コスプレイヤーの写真を集めたり、気に入ったものはポスターにしたりしているのが、明美は許せないらしい。
湊が兄を尊敬してるとはいえ、ここだけは尊敬できなかった。
「兄さん。僕はコスプレしないから、そんなの貰ったってしょうがないよ」
「妹が出来た記念にコスプレ写真を撮らせて欲しいなと思ってだな……」
「嫌だ!」
裕一郎の言葉が終わる前に、湊は拒否をした。
「カメラ要らないのか?」
「ずるい。そんなだから明美に嫌われるんだよ」
答えて、カメラとコスプレを天秤にかける湊。
「絶対に人に見せないなら……いいよ。それと、顔は隠すよ」
高価なカメラの誘惑に負けて、恥ずかしがりながら、小声で答えた。
「オッケー」
「ところで、何の衣装?」
「『魔法少女 トレジャー&ステッキ』だ」
「ちょっと待ってよ。それって女装しろってこと!」
予想外のことに慌てる湊は、恥ずかしさに顔が真っ赤だ。
「妹だからな。女装というか女の子のコスプレだな」
「いつも兄さんがやってるような、男性キャラのコスプレだと思ったんだ。ちょっと待ってよ」
「男が一度決めたことを撤回するな」
「都合よく、男だとか女だとか変えないでよ。一体どっちだと思ってるんだよ」
「身体は女。心は男」
きっぱり言い切った。
確かにそうだった。
身体は女だから女のコスプレは当然だったし、思考が男だから男らしく覚悟を決めるのは当然だった。
「うぅ、これっきりだからね」
言い返す言葉がなく、カメラが欲しかった湊は恥ずかしさに震える声で了承すると、衣装を受け取った。
多忙だったもので、遅くなってすみません
次回もちょっとお時間をいただきます