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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第七話 新米女子も女子のうち
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新米女子も女子のうち の 4

2017年11月7日 シーンの順番を入れ替え加筆修正しました

 ゴールデンウィークが近づいてきた土曜日の午後。

 明美は母の手伝いで家事をしている。

 湊は部屋着にしているジャージ姿で、リビングで読書をしながら、制服を届けに来る健二を待っていた。

 健二が訪ねてきたのは、三時を回った頃だった。

 中学時代は何度も遊びに来て、明美とも互いに知っている間柄だ。

 湊は健二をリビングから招きいれる。

 通いなれた家だから、健二は勝手に上がってくる。

 制服が入った大きな荷物を持って、リビングに入ってきた健二は、「オッス」と短く挨拶をした。

 「制服なんて、ほんとによかったのに」

 リビングのテーブルの湊の反対側に、荷物を横に置いて健二は胡坐をかいた。

 「けじめっていうか、阪元先生の命令だしな。弁償してないってなったら、俺やバスケ部がなんていわれるか」

 「体面ばかり気にするのはよくないと思うよ。 明美ぃ! ジュースだしてもらってもいいかな」

 「はーい。お姉ちゃん」

 二階の自分の部屋で取り入れた洗濯物の片づけをしている手を止めて、自分の分も含めて三人分のジュースを注いで、リビングのテーブルに出してくれた。

 「どうぞ。お姉ちゃんに怪我させた人」

 うろたえる健二。

 「おい明美、失礼だよ」

 「でも、本当だもん」

 「もう、あっち行ってて」

 湊は明美を追いやると、二人で中学時代の思い出話をした。

 湊が入院中のみんなのことや、卒業後のみんなのことを聞いたりもした。しかし、辛い事故や病院での話を湊の方からはしなかった。健二も尋ねることはしなかった。

 「そうなんだ。みんなは連絡取り合ってるんだね」

 少し寂しかったが、今の湊にはみんなと会ったり、話したりする勇気はなかった。

 「お前や高塚の話をするのはタブーっていうのが、なんか暗黙の了解になってて、……寂しいよな。あんなに仲がよかったクラスなのに」

 「みんなもきっと辛いんだね。でも僕は今は放っておいてくれるのがありがたいよ」

 「お姉ちゃんは、カミングアウトするつもりはないの?」

 明美が戻ってきて、再び割り込んできた。

 「そりゃ、いつかは話さなければならないんだろうなとは思ってるけど、昔の友達に女の子になりましたっていうのは、無茶苦茶はずかしいし、今の友達に本当は男でしたっていうのは嫌われたらどうしようって怖いんだ」

 「そうだよね。こんな奇特な人ばかりじゃないものね」

 明美は健二を指して言う。

 「なんだよ。やけに絡んでくるな」

 「中里さん、お姉ちゃんと結婚しない? 顔に怪我させたら、責任とって結婚するべきじゃないの?」

 明美の言葉に湊と健二は、一気に赤面する。

 「なんだよ突然! 浩太郎と結婚なんかできるか!」

 「何考えてるんだよ。明美は!」

 思わず怒鳴ってしまった湊と健二に対して、明美は真顔だ。

 「だってお姉ちゃんは男だったから、女の子としてみたらモテるかどうかといえば、女子力ゼロでどう見てもモテないほうでしょ。言葉遣いも男だし。万が一誰かと付き合ったとき、男だったことを話してふられたらかわいそうじゃない。その点中里さんなら、秘密を知っても仲良くしてくれているからきっと恋人になっても大丈夫だよ。うまくやっていけるって」

 「ムリムリムリムリ」

 と湊が拒絶する。

 「男とは結婚できないって」

 は健二。

 「お姉ちゃんは女の子だよ。もう胸だってあるし」

 「胸はないよ」

 明美の言葉を湊は否定する。

 「そうかなぁ」

 湊の胸に手を当てて確かめる明美。

 「どう思います?」

 明美は健二に「どうぞ」という具合にして聞いた。

 健二が湊の平らな胸に手を伸ばし触れる。

 男の胸だと思って油断したのだろう。

 もし女子の制服を着ているときだったら、こんなことに引っかかりはしなかったはずだ。

 しかし、今はジャージ姿だ。

 中学のときとあまり変わらない“浩太郎”だった。

 「あー。お姉ちゃんの胸に触ったぁ」

 冷やかしの言葉に、健二は自分のしてしまったことを理解して、慌てて手を引っ込める。

 顔は真っ赤だ。

 健全な高校生男子が触れることを許されないものに触れた感触に戸惑い、健二はその感触の残る手を凝視する。

 「ねぇ。フニってしたでしょ」

 「ただの皮下脂肪だよ」

 否定する言葉とは裏腹に、湊は両腕で胸のあたりを隠す。

 その仕草に、健二の持つ目の前の“浩太郎”のイメージが、女子の“湊”に変わる。

 「今のはなかったことにしてくれ。だって、浩太郎だと思ってたから。すまん」

 「っていうことは、あるんだね。やっぱり膨らんでるんだね。どうしよう。胸なんていらないのに。どうしたらいい?」

 自分の胸に付いた脂肪が、女性特有の膨らみだと認めたくなかった湊は衝撃に混乱した。

 「素直に喜んだらいいんじゃない? お姉ちゃんはもう女の子なんだから」

 「本当にそう思ってくれてる? 前に言ったじゃないか『キモイ』って」

 男が胸にパッドを入れて女装しているように見られているのではないかと湊が疑いの言葉をぶつけると、明美はシュンとする。

 「ごめんなさい。あの時は『お兄ちゃん』でいて欲しかったから」

 「別に責めてる訳じゃないよ。キモイ状態になってるんじゃないかって、いつも心配なんだ」

 「それはないよ。絶対にない! ちゃんと女の子だよ。美人じゃないけどね」

 明美は断言して、冗談めかして付け加える。

 「健二はどう? 僕は女の子に見えてる? さっきも僕を男だと見てたから胸を触ったんだろ」

 湊の追求する視線の鋭さに、健二はわずかに萎縮するが、気を取り直した。

 「浩太郎だっていう先入観で見ると、男に見えるけど…… ボールぶつけたとき、お前の顔を見ただけじゃあ、浩太郎だって気づかなかっただろ。それくらい女だって。自信持て」

 健二の言葉にも、湊はまだ納得がいかない様子でため息をひとつついた。

 納得がいかない訳、それは女の子らしくなりたいわけではないが女の子に見られないと困るという葛藤に、自分の中でも決着がついていないからだ。しかもそんな思いとは関係なく近しい人から女に見られるのは、なんだか嫌だった。

 そんな身勝手な悩みなど相談しても仕方がない相談できずに抱え込んでいるのだ。

 健二はそれ以上の掛ける言葉が見つからなくて、しばらく黙り込む。

 そして思い出したように話を変える。

 「そうだった。数学の宿題教えてくれ」

 健二がこの家に通った一番の理由、それがこれだった。自分の家で勉強するより、三沢家で勉強する時間の方が長かったくらいだ。

 「下級生に聞かないでよ」

 「中学レベルだって先生が言うんだが、さっぱり分からん」

 健二が持って来たプリントをテーブルに出す。

 「この問題なら、中二でやったよ。教科書見直した?」

 「いや…… 引越しで捨てちまったから」

 ポリポリと頭をかきながら応える。

 「じゃあ僕の教科書見る? 本棚の一番下の段に中学の教科書があるから」

 「おう。ちょっくら行って借りてくる。ついでにこれも部屋に置いてくる」

 健二は持って来た湊の新しい制服の箱を持って、通いなれた『浩太郎の部屋』へ向かった。

 少しして、二階から降りてきた健二の顔は、真っ赤になっていた。

 「俺は何も見てないから」

 教科書を手に持った健二が、目を逸らし上ずった声で、誰も尋ねていないのに否定した。

 その言葉で、自分の部屋がどういう状態だったか、湊はようやく思い出した。

 「わわわ忘れてくれー!」

 健二が見た光景は、『浩太郎の部屋』ではなく、明美によって女の子の部屋のように模様替えされた『湊の部屋』だ。

 そこには脱いだ制服がベッドの上にほったらかしになっていて、洗濯後に片づけていない下着、ショーツやらが散らかったままのはずだ。

 「忘れた」

 健二は応えたが、忘れることなどできるはずがない。

 「もういいよ」

 うっかりしていた自分が悪いのだ。湊はそう言うしかなかった。

 その後、湊に宿題の数学を教わる健二だったが、初めて見た女子の部屋の映像が脳裏から離れず、教わった内容など頭に入らなかった。

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